第11話 不幸な少年

ウェルテル効果

 突然現れた野崎壮一を八霞神社の社務所に通して、佐野と茉莉はじっくり壮一の島村マナブに関する話を聞いた。途中から佐野の叔父にあたる吉川も加わり、壮一から語られた「天使の翼会」の概要に三人はただ驚くばかりだった。


「ごめんなさい。こんな話、嫌ですよね?」

「別に嫌じゃないぞ。世の中もっと苦労している奴もいっぱいいるから、まあそういう奴もいるか、くらいのもんだ」


 佐野があっけらかんと告げたことで、壮一の肩の力が少し抜けたようだった。


「ここに来ていることは誰かに言ってあるの?」

「いいえ、今日は一人で来ました」


 茉莉の問いに、壮一ははっきりと答えた。


「いい心がけだ。誰にも相談したくないよな、こんな話」

「はい。どこに相談していいのかわからなかったので、この名刺に……」


 そう言って壮一は佐野の名刺を机の上に置いた。いつの間に、と茉莉は名刺と佐野の顔を見比べる。


「本題に入るぞ。そのVtuberの件だが、アレの正体はお前でもわからないってことでいいんだな?」

「はい。確かにデザインをしたのは俺で、アバターを作ったのは友人です。でも、俺の友人はあんなしゃべり方しないと思うんです。俺はそう信じてます」

「そのお友達とは連絡が取れないの?」


 茉莉の質問に、壮一は下を向く。


「ごめんなさい、本当にわからないんです……俺、スマホ持ったのこっちに来てからなんで」

「そんなに謝らないで、ね?」

「でも、俺があんなVtuberを遊びで作ってしまったから、きっと悪用されてしまって……本当にごめんなさい」

「別に壮一君が謝ることじゃないよ?」


 どこまでも小さくなっていく壮一に、佐野が声をかけた。


「その友人も、話だけ聞くと今高一だろ? そいつって、勉強よくしていたか?」

「少なくとも、天使の家にいる間は熱心に勉強しているところは見ていません。テスト勉強とか言って少し何かやっているのを見たくらいです。成績は……あんまり話したことないけど、赤点がどうとか話をしていたこともありました」


 壮一は島村マナブを一緒に作った若林瑛人について思い出せる限りのことを思い出しして話した。


「それなら、やっぱり島村マナブの中身は違うだろうな。配信を聞く限り、少なくともかなりしっかりした高卒レベルの知識は持っているだろう。それに、使っている言葉も若者のものとは思えない。少なくとも、俺より年上で間違いないと思う」

「そうですよね……」


 佐野の言葉に、壮一は少し安心したようだった。


「そうなると、余計誰が何のためにあんな配信をしたのか気になるよな」

「そうですね。その天使の翼会は自殺教唆なんかして、何のメリットがあるんでしょう……?」


 茉莉は天使の翼会のパンフレットに同封されていたアクリルキーホルダーを思い出し、これまでの出来事を思い返す。


 母から勉強をするなと言われ続けた壮一。

 中高生に突然流行し始めた勉強系Vtuberの島村マナブ。

 自殺教唆配信の後から、メディアに対して頑なに沈黙を続けている天使の翼会。

 それに反して、現在も配信アプリやサイトをあちこち渡り歩いている島村マナブ。

 

 全てがちぐはぐで全てのことがどう繋がるのか、茉莉にはさっぱり理解できなかった。

「問題が複雑すぎるな。少し整理しよう」


 事態が混乱する中で、佐野が口を開いた。


「まず、解決したい問題が自殺配信とVtuberの関係だ。島村マナブの出所はわかった。後は天使の翼会の中でどんな考えがあってあんな配信をしたのか、っていうところか。それなら……俺たちに出来ることはその天使の翼会へ行ってVtuberの中身を引きずり出すことか」

「正気ですか!?」


 急に飛躍した佐野の考えに、茉莉は思わず大きな声を出してしまった。


「でも、こいつの悩みを解決するなら実際俺たちが現地に行くしかないぞ」

「そう、ですけど……」

「それに俺の経験上、このままだと確実に例の配信の影響が出る。本当に死ぬ気がなくても、流行ってるからってオーバードーズくらいはファッション感覚でする奴が多発する可能性があるしな」


 佐野の提案に、壮一も困惑したようだった。


「でも、たかが配信で煽られただけで本当に自殺する人っているんですか?」


 壮一の疑問に、重い顔をして頷いたのは吉川だった。


「自殺に関する物語や報道で自殺が相次ぐというのは、昔からよくあることです。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』は最後に主人公が自殺する結末であることで、読者が主人公と同じ方法でたくさん自殺してしまったことから『ウェルテル効果』と呼ばれている現象ですね。日本でも近松門左衛門の浄瑠璃や著名人の自殺報道の後は後追い自殺がかなり起きているんですよ。それに……」


 吉川はそっと佐野を見て、続けた。


「死にたいと思っている人は、死ねる口実を見つけると飛びつきます。死ねと言われたから死ぬ、あの人が死んだから自分も死のう。常に生きようと思っている人間には思わない論理の飛躍をして死に向かっていくんですよ」


 吉川の話に、佐野は大きく頷いた。


「まったくその通り。死ぬ理由なんか何だっていいんだ。ただの罵倒で『死ね』って言われただけでも『じゃあ死んでやるよ!』って謎の行動力を発揮するのが死にたい人間だからな。一緒に死のう、なんて言われたら喜んで死ぬし、死ぬ真似をする奴も現れる」


 佐野の言葉に、壮一は信じられないという顔をする。


「だからクリスマスの夜に救急車があちこちで走ることになるし、その影響で救急にかかれない人も出るかもしれない。そうなると、関係ないところで助かる人も助からない。まさに悪夢のクリスマスになるぞ」


 茉莉は以前「壮一を放置すると世界滅亡の危機に陥る」という言葉を聞いて、大げさだと思ったことを思い出す。それが別の形であるが本当になってしまったことに背筋が冷たくなっていく。


 そして話題には出ていないが、島村マナブと天使の翼会の他に壮一には大きな問題があった。佐野は壮一にシキの話をするかどうか、吉川に視線を送って確かめる。


「野崎壮一君、だね? いくつか君に聞きたいことがあるんだけれど、いいかな?」


 佐野に変わって、吉川が壮一にシキになった状況を尋ねることになった。

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