縛りシバラレ

自殺配信のススメ

　勉強系Vtuberの島村マナブの「十二月二十四日の夜九時にみんなで空を飛ぶ」という発言で、ネット全体がざわついていた。

『空を飛ぶ方法？　いろいろあるよ。要は足が宙に浮きさえすればいいんだ。高いところから飛び降りたり、何かにぶら下がればいい。その様子を是非君たちも配信してほしい。君たちの勇気ある配信が伝播して、ボクらの救済が勇気なき者に伝わる。救済なんだよこれは』

『配信は長ければ長いほどいい。たとえ命を失っても大丈夫、翼の伝道師は死なないから。再び蘇って、その時ボクらは勝者になるんだ。わかるかい？』

『ボクは天使だからねえ、もう空を飛べるよ。高いところから飛び降りても死なないし、首だけで二十分は吊られていることもできる。君らもやってみればできるさ。それが翼の伝道師になる楽な方法だ』

『実際問題さ、君たちこのまま生きていて一体何になるっていうんだ？　くだらない勉強、社会の訳わかんないルール、好き勝手に生きられない友達関係、あれこれうるさい親。それでも自分の人生を大切にしたいと思うのか？　思わないだろう。だったらやり直せばいい。翼の伝道師は君たちに新しい未来と生きる希望を与えるよ』

『ガワ被ってVtuberなんてやってるよりもずっと楽しいよ。なんなら、翼の伝道師になればこっち側に来れる。天使になりさえすれば、ボクらはどこでだって生きていける』

　更に過激になる発言に、同接数は更に高まっていく。

『えーと、どうすれば一番楽に空を飛べますか、だって？　よし、ここで一日一学、今日は自殺の方法についても学習しよう』

『最新の統計によると、日本人が自殺の手段で最も多く使うのが男女ともに首吊りだ。次いでガスや練炭、薬物の摂取、溺死に飛び降りに飛び込み。まあそんなところだ。つまり、首吊りが最も成功確率が高い自殺方法と言えるわけだ』

『その理由は、迷惑をかけずにスピーディー、発見も容易というところかな。確実に死ねそうな電車への飛び込みや飛び降り自殺は後のことを考えると嫌だよね。あとめっちゃ痛そうだし。服毒や練炭系は薬が効くまでに時間がかかるから苦しみも大きそうだし準備も大変だ。その点首吊りはスマートな自殺方法と言える』

『首吊りに必要なものは、ロープやひも状になるものならなんでもいい。あとはせいぜい数十センチくらいの高さの猶予があればいい。これでお手軽、あとは数分でみんな天使になれるんだ』

『それに自殺っていうのはいいもんだ。自分を見下してる相手に復讐する一番嫌な方法だから、おまえのせいで自殺したんだ、って残しておけば相手の心には一生モンの傷がつく。問題点があるとするなら、実行できるのがたったの一回だという点だ』

『実際首吊りなんて大して苦しくないって言うからな。大した苦労がない上に相手に与えるダメージだけはものすごく高い。それをクリスマスの夜、一斉に行うっていうんだからこれは君たちを縛り付けている社会に対する反乱なんだ。君たちを見下してる社会に対しての反乱。クリスマスにセックスしようとしているカップルたちに目にものを見せてやれ、そして』

　そこで配信は途切れた。島村マナブのアカウントが運営から削除されたようだった。

「ちょっと、流石にやりすぎでしょ……」

　配信を監視していた茉莉の顔が青ざめた。そしてアクリルキーホルダーを無邪気につけている中学生たちの姿を思い浮かべる。彼女たちが先ほどの妄言に感化されて自殺をしないとも限らない、と茉莉は更に青ざめる。

「一体どうなっちゃうの……？」

　茉莉が戦慄している間に、ネットでは島村マナブの配信が話題となっていた。本人のアカウントこそ削除されたようだったが、公開された配信の録画がすぐに編集され「十二月二四日にみんなで首を吊ろう」というメッセージが大量に出回っていた。

　切り抜き動画は拡散され、それぞれが削除されても他の誰かが別の切り抜き動画を出すことで注目度が高まり、島村マナブの発言は延々とネットの海に漂い続けた。

『これマジ？　やべえｗ』

『ちょうど死にたかったから死んでみようかな』

『自殺はいけないと思います。お母さんが悲しみます』

『うちは毒親だし、死んでもいいなら死んでみよう』

『陽キャどもを嫌な目に遭わせろ』

『アタシの自殺垢フォローよろ！』

　一斉自殺の是非について、様々な反応がネットで飛び交っていた。茉莉はこれ以上この騒ぎを見たくなくてスマホを閉じた。

＊＊＊

　それからしばらく、自殺配信の話でもちきりだった。「命は大切」という広告がテレビやネットで延々と繰り返され、特にテレビでは「悩んでいないで相談を」というテロップがどの番組を見ても表示され続けるようになった。

　更に「島村マナブは何者なのか」という論争が巻き起こり、中身は無職の四十代男性であるという説が有力視された。しかし他の四十代無職男性たちから差別であるという論争が勃発し、当の自殺配信の是非はあまり注目されなくなっていった。

　ネットには意外と島村マナブのファンアートが溢れていた。中には既に彼の首に縄をかけているものもあったが、多くの不謹慎という声を受けてすぐに削除された。

　自殺配信の後、茉莉は授業で美奈子と話す機会があった。「ママがね、翼の伝道師になりたいからロープ買って来ちゃったって」と無邪気に話す美奈子に、茉莉は「先生は美奈子ちゃんもお母様も死んでしまったら悲しい」と言うより他になかった。