クリスマスをぶっ壊せ

 茉莉は野崎壮一と島村マナブについてわかったことを佐野と共有していた。そこで浮かび上がったのはやはり「天使の翼会」の存在であった。


 結局、壮一は年内で塾を辞めることになった。その理由は壮一の学習意欲がなくなったというわけではなく、また母親が乗り込んでくることを避けるためであった。柴崎塾長はこの話に関して「胃がいくつあっても足りない」と零していた。


 茉莉は島村マナブのファンだという斉藤美奈子の授業で、彼の魅力について尋ねてみることにした。


「あの、美奈子ちゃんの好きなVtuberの配信、見てみたよ」

「本当ですか!? しまむいいですよね!?」


 急に目を輝かせた美奈子に、茉莉は慎重に言葉を選ぶ。


「うん、よく動いていてコメントも返していて、すごかったね」

「ですよねですよね! この前の敗者の回、私感動したんですよ! 普通負けたものからなんて得るものがないのに、そこに活路を見いだすなんて愛ですよ、愛!」

「はは……そうかもね」


 急に熱く語り出した美奈子に、茉莉は内心ぐっと距離を置いた。


「私ですね、もっと人の役に立ちたいって思うんですよ。それでいつも人に寄り添いたい、あったかい関係を築きたいって考えるんですけど翼の伝道師になれば全ての人を救うことが出来るんじゃないかってちょっと考えるんです」

「何、その翼の伝道師って……」

「しまむに選ばれた人は、翼の伝道師って言って一緒にライブ配信してもらったりめっちゃリアルなファンアートもらえたりするんです。だから私もライブ配信始めようかなって思ってるんです!」

「ほうほう……」


 饒舌になった美奈子に、茉莉は驚く。それから美奈子はしばらく島村マナブの語る世界について熱く語り続けた。授業の後、いつもより彼女はキラキラと輝いているような気がした。


「これが推し活、って奴なのかな……」


 茉莉は小さく呟いた。その日は美奈子の母が迎えにきたということで、茉莉は美奈子の母に挨拶することになった。


「いつも娘がお世話になっています」

「いえいえ、美奈子さんいつも頑張っていますよ」


 茉莉は美奈子の母を眺める。きっちりしたスーツ、気合いの入った化粧、セットされた髪。全てが完璧のキャリアウーマンに見えた。


「ねえねえママ、鳴海先生もしまむ好きなんだって」

「本当ですか! 私も翼の伝道師目指してるんです!」

「は、はあ……そうですか……」


 茉莉は精一杯の笑顔で答えた。


「だけど、今うちの子も伸び悩んでいるでしょう? 一体どうすればいいでしょうか? いつも動画ばっかり見て勉強なんてやっていないんですよ、この子」

「そ、そうですね……」


 茉莉はこの前の報告書のコメントを思い出す。そこで感じたことをそのまま話すことにした。


「あの、美奈子さん一生懸命やってるんで、その頑張りを褒めてみてはいかがでしょうか。褒められると伸びるお子さん、結構多いんで」

「褒める……?」


 美奈子の母はきょとんと茉莉の顔を見た後、そっと「褒める」と復唱する。


「そうか、褒めればいいんですね……なるほど、わかりました」


 そうして、美奈子の母は美奈子を連れて帰った。茉莉は、本当に褒められたいのは美奈子の母親なのではないかと、胸が締め付けられるような気がした。


***


 天使の翼会と島村マナブは繋がっていることは明らかであった。茉莉はそっと生徒たちに「天使の翼会」について尋ねてみたが、概ね「そういうのもあるよね、ネタでしょ」と軽く考えているようであった。それと勉強系Vtuber島村マナブは切り離して考えているようで、茉莉は何か不穏なものを感じていた。


『さて、今日もひとつ学習して賢くなろう。賢さは君たちを裏切らない。裏切り者ってなんだかみんな知ってるかい? 信じるものを裏切る行為だ。え、説明になってないって?』


 今日もコメント欄は賑わっていた。茉莉は横目で島村マナブを見る。翼の生えた男性アバターににこやかな表情が「天使の翼会」のパンフレットを思い起こさせる。


『もうすぐクリスマスだね、今日はクリスマスについて賢くなろう。クリスマスはイエス・キリストの誕生日として知られているけど、かつて冬至の記念祭としてキリスト教徒が異教徒の祝日を乗っ取ったという側面があるんだ』


『冬至と言えば、日本ではゆず湯に入ったりカボチャを食べたりするね。カボチャは別名ナンキンとも言い、ンのつく食べ物を食べると健康に過ごせるっていうからそうしているんだって。だからカボチャでなくてもウドンやニンジン、最近だとタンタンメンなんかを食べるんだってさ。時代だね』


『そういう素朴な祭りだったのが、キリスト教徒もとい西洋の価値観によって資本主義が蔓延してチキンだのケーキだの食べる祭りになってしまった。挙げ句の果てには恋人たちがイチャイチャセックスする汚らわしい日だ。神の名を語ってやることがセックスだ、ふざけているだろう?』


『ボクらがこうやって一生懸命学習しているっていうのに、何が性の六時間だ? ふざけるな。資本主義が日本人を愚かにしたんだ。戦って持つ者が持たざる者を嘲り笑う。資産も学力も家柄も、持たざる者は指を咥えて持つ者に搾取されていく一方だ。何がオープンハートはダサいだ、4℃のアクセは非モテだ? サイゼリヤで喜べよクソ女どもが』


『どれもこれも相手から搾取することしか考えていない愚か者の考えだ。大学がどこだっていいじゃねえか、ボクたちが学んでいるのはより良き明るい未来のためだ。てめえらの体面気にしてアクセサリーつけてねえんだよ。男に求めるのは経済力、女に求めるのは愛嬌だって? 違う、ボクらは求められるために学習しない。ボクらはボクらのためだけに学習するんだ』


 先ほどの過激な発言がSNSで拡散されたのか、急に同接数が跳ね上がった。


『今は同接数が一万二千か。そろそろ頃合いかな……今日の配信を聴いた人にだけお得な情報。今なら誰でも翼の伝道師になる方法があるんだ』


 コメント欄が一斉に賑わう。流れるようなコメントの横で、Vtuberの合成音声は発言する。


『十二月二十四日の夜九時、いっせいにみんなで空を飛ぶんだ。そうすれば翼の伝道師として認められる。君の背後には救済の翼が生えている』


 その瞬間、様々なSNSにこの配信動画が共有された。一気に同接数は倍以上に増え、各SNSのトレンドに「翼の伝道師」というワードが躍り出た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る