第8話 首吊り配信

天使の翼会

 茉莉は柴崎塾長から島村マナブのキーホルダーの出所を突き止め、塾へやってきた生徒たちからキーホルダーについて尋ねた。


『友達からもらった』

『その友達も隣の学校の友達からもらったって』

『その子が言うには、夕方駅に行くといっぱい配ってるんだって』


 不確かな情報であったが、茉莉は真相を確かめるために島村マナブのキーホルダーを探すことにした。


「でも、駅でVtuberのキーホルダーを配るってどういうこと……?」


 茉莉にはその状況が想像できなかった。配るにしても、誰が一体何のために配るのだろうか。推しを広めるためにそんなことをするファンがいるのだろうかと茉莉は首を傾げながら島村マナブのキーホルダーを探した。


 夕方の駅前は、帰宅時間ということで人で溢れていた。学生、会社員、遊びに行って帰ってくる人。もうすぐ冬至ということで既に日は落ちていて、茉莉はマフラーに顔を埋めながら人の波を無駄にかきわけていた。


「コンタクトレンズキャンペーンやってます」

「二時間三千円です」

「俺の歌を聴けー」


 帰宅する人の波に混ざって、彼らに様々な訴えを起こす者もいた。茉莉はキーホルダーを探すため、ポケットティッシュ、エステ店のチラシ、今度のライブのフライヤーなど様々なものを手にとっていた。もし本当に駅で配っているなら、こういった配布物の中に紛れているのかも知れないと茉莉は考えた。


「救済よろしくお願いします」


 何も考えず、茉莉は手渡されたパンフレットを受け取った。少し離れてからそのパンフレットを見て、ぎょっとする。セロファンの袋に入ったパンフレットの中に、例のアクリルキーホルダーが同封されていた。


「何これ……?」


 茉莉はパンフレットの表紙を見ると、そこには『天使の翼会』と書かれていた。そして表紙には翼を生やして宙に浮かぶ人のイラストが描かれていた。


***


 茉莉は家に帰ると、早速島村マナブの配信動画にアクセスした。ちょうど中高生が帰宅してくる時間で、同時接続者数がどんどん伸びていた。


『さて、今日もひとつ学習して賢くなろう。賢さは君たちの武器になる。世の中の敗者たちは何故負けたのか、今日はこれを学習しよう。知識を蓄える、全てこれ武器になりうることたがわず、だ』


 画面の中の島村マナブはどういうわけか、宙に浮いてくるくると回っている。茉莉は美奈子から聞いた「ショート動画と配信は違う」という見解が間違いではないと思った。


 このVtuberの向こう側にいる人物は、「天使の翼会」とやらの関係者だろう。この配信でそのうち宗教の勧誘が始まるのかも知れない、と茉莉は身構える。


『まず、みんなも知ってる元寇げんこうだ。当時の元という国が1274年と1281年に日本を侵略しようと船で大陸からやってきた。しかし結果はみんな知っているとおり、二回とも大嵐にあって元軍は引き返さなければならなくなった。これを神風、と日本では呼んでいる』


『ここからの教訓は何かと言うと、勝因を探してはダメで敗因を徹底的に洗えということが言えるんだ。日本からすれば神風が吹いた、すなわち神様が守ってくれるから勝てたんだって思っていたんだろう。そんな非科学的なことを大真面目に信じていたのかって言えば、残念ながら日本は第二次大戦で敗戦に追い込まれるまでこの神風を信じちゃっていたんだ』


『神風が吹けば外敵は帰っていく、そんな甘っちょろい成功体験があったから日本は慢心して戦争に負けたんだ。じゃあ、今度は敗因から元寇について考えてみよう。まず神風と呼ばれるのは台風で、日本では夏から秋にかけて台風がよく発生するのは明らかだ。これは奇跡ではなく、単に日本では嵐が起こりやすかったというだけなんだ』


『次に、元の創始者チンギス・ハンは遊牧民族だった。広い草原で馬を操って戦争をするスキルはあったかもしれないけど、海を渡って戦争するだけの備えはなかったのかもしれないね。実際日本にやってきた船も海洋民族からするとお粗末なものだったと言うよ』


『そしてこれが大事なんだけど、元は大帝国になって領土を広げた。だから兵隊も現地の兵隊を使うことになる。いくら総本山の元の軍隊が強くても、辺境の下っ端兵隊が強いわけではない。もちろん忠誠心も薄いだろうね。実際元寇に参加したのは当時の中国や朝鮮半島出身者だった、なんていう話もあるくらいだ。彼らは命令されたから出撃したんだもの、モチベーションがあんまりない』


『それに比べて、日本の方は守らないと国が乗っ取られてしまう。戦いに強いモチベーションが働いた。これは非常に大事なことだよ』


『つまり、敗者というのはただ負けただけではなくそこから様々な情報をボクたちに教えてくれる素晴らしい存在なんだ。ボクは歴史上の勝者にも称賛を送るけれど、やはり輝くべきは敗者だ。みんなの周りにも敗者はいないかい?』


『誰かを助けるということは非常に美しいことだ。ボクは敗者が大好きだ。敗者をよく分析することで敗者はその敗北をもって救われ、次世代の勝者となり得る。ゆえに、とるべき行動は敗者の救済にある』


『具体的には、クラスでいじめられている子がいたらボクの配信へ誘ってくれ。全ての敗者こそ救われるべき存在だ。ボクが君たちを救済する。知識をつけて、明日の勝者にする。約束しよう。ボクたちは敗者になんかならない』


『コメントはどうかな? おお、そうだよー文永の役と弘安の役だね。よく学習しているね! 知識の積み重ねが明日の救済に繋がるんだ。ナポレオンの解説をお願いします、か。ナポレオンはフランス革命から話をしないといけないからどうかなー、でもフランス革命もおもしろそうだね、触れてみようか』


 茉莉は合成音声の演説を聴いて、少し気分が悪くなってきた。


「くだらな……」


 茉莉とすれば、Vtuberの演説には論理の飛躍があり自説に巧みに誘導するだけの踏み台として元寇が用いられているとしか思えなかった。第二次世界大戦で日本が敗戦となったのも、ここの解説以外の要因がたくさんあるはずだ。しかし「その通りだと思う」「いい話を聞いた」「勉強になった」など島村マナブを称えるコメントが次々と浮かび上がってくる。


『そこの君、コメントもしないで何で見てるの?』


 ドキリ、と茉莉は心臓を捕まれたような気分になった。急に画面を超えて島村マナブの姿をした得体のしれない何者かに話しかけられた気がした。


『救済の足りない人、ボクはいつも君の後ろで見ているからね。さて次のコメントはー……』


 茉莉は背中に氷を入れられたような気分になり、島村マナブの配信動画の視聴をやめた。


「なんなの、あれ……」


 茉莉はもらってきた天使の翼会のパンフレットを開いた。そこには「救済の翼は、常にあなたの後ろに存在しています」という文言が大きく記されていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る