今後の話

 茉莉は、佐野から運勢が見えるようになった話を聞いていた。


「知ってるかもしれないけど、この事件で死んだのは俺の家族だけじゃない。奴の父親と、あと姉さんの友達も自殺してる。奴の父親の方は知ったことじゃないけど、姉さんの友達のほうは本当にとばっちりだった」

「あの、携帯電話を盗まれたって方ですか……?」


 佐野は頷き、再度語り始めた。


「そう。実家に帰った姉さんの住所を知るために、その子の携帯電話を盗み出して今度会いに行きたいみたいに成りすましのメールを送って、それでうちの住所がバレたんだ。その子は携帯電話がなくなったってあちこち探して、警察に落とし物として提出してたんだ。まさか盗まれたって思わなかったって」


「それで、その子は自分が携帯電話を盗まれたから事件が起きたって気に病んで病んで、それで自殺しちゃったって。確かそっちのほうも窃盗含めて民事で奴に賠償金を請求してたけど、どうなったかな」


「それからしばらくして、何故か俺に会いたいってその子の母親が尋ねてきたんだ。その頃俺は激しく病んでいたから叔父さんが絶対会わせるわけにはいかないって突っぱねてたんだけど、三年くらい前かな。ふらっとその人がやってきた」


「俺は何か嫌味を言われるのか、最悪あんたのせいで娘は死んだんだって殺されかけるかもなあって漠然と思ってたんだけど、全然違った。俺の前で頭を地面につけて、取り返しのつかないことをした、どうか娘を許してほしいって泣いてたんだ」


「その子のお母さんは、俺のことを恨んでなんかいなかった。逆に、生き残った俺のことをずっと気にかけていて娘の代わりに謝りにいかなければって思っていたんだって。だから俺も、その子には何の恨みもないから謝らないでほしいってお母さんと泣いたんだ」


「それで、お母さんがこれ以上不幸にならないよう精一杯祈った。俺はあいつからも家族からも謝罪は一切されていないっていうのに、何も悪くないお母さんがあんなに追い詰められるなんて、俺には耐えがたかった」


 謝罪がなかった、という言葉に茉莉はどきりとする。加害者の父親は事件の直後に自殺したと聞いている。それでは、母親は何をしていたのだろうか。息子が殺人鬼になって、一体どんな顔をしていたのだろうか。そんなことを想像すると、ますます佐野に謝罪に来た女性が全うに思えた。


「そのお母さんは、幸せになったんですか?」

「さあ。でも、俺が真剣に祈っておいたからきっと悪いことにはなってないと思う。もう二度と悪いことは起こらないと思うよ」


 少しだけ佐野の声が明るくなった。ようやく茉莉も胸の奥まで息を吸い込めた気がした。


「それで、今後の具体的なことをいくつか考えた」


 佐野は座り直して、改めて今後の話をする。


「まず、野崎壮一のことだ。最初に君を見たとき、ものすごい不幸の塊が取り憑いていてあまりの不気味さについ追い払ってしまった。だけど、落としていった鍵を見てこれを取りに来たらその不幸の原因を見てやろうって思っているうちに、戻ってきたんだ。あとは大体、説明通りだ」


 茉莉は佐野に初めて会った時のことを思い出す。「即金で十万」というのも、とにかく追い払うために適当なことを言ったのだと今なら理解する。


「とりあえず、野崎壮一は本当に危険だ。俺は何故野崎壮一がシキになって、あんなろくでもない能力を持っているのかを探る。それで、君にもわかったことを共有するから適宜アドバイスを欲しい。今は君の直感が頼りだ」


 真っ直ぐ佐野に言われて、茉莉は少し困惑する。


「私の直感、ですか?」

「あの野崎壮一の負の能力に立ち向かうには、君の負を蹴散らす力がないと無理だ。俺もそのうち、君と同じくこれ以上ない不運に見舞われるかもしれない」

「でも、壮一君の何を具体的に調べるんですか?」

「ひとつ、手がかりはある」


 佐野はポケットから島村マナブのキーホルダーを取り出して、茉莉に見せた。


「何の気なしにこれを見せたら、異様に動揺していた。他の生徒たちは流行ってるだの、自分も推しだの言ってるのに、おかしいだろう? そこに何かあるに違いない」


 茉莉も、このキーホルダーには不審な点があると思っていた。口コミだけで流行るならともかく、気がつけばその辺の中高生は皆キーホルダーを所有していた。


「確かに、どうしていきなりみんなこのキーホルダーを持ち始めたのかずっと気になってました」

「それに、裏にQRコードがあって動画が視聴できるようになっているのも気になる。つまり、誰かが何らかの意図でこのキーホルダーをばらまいている可能性が高い」


 佐野の指摘に、茉莉も同感の意を表す。


「実は少しこの島村マナブについて調べたんだが……奴が今の芸風に変わって流行り始めたのがちょうど夏休み明けくらいからなんだ。茉莉センセや他の奴らが不幸になったタイミング、野崎壮一が母親と別れて学校と塾に通い始めた時期、全部一緒って言うのは妙だろう。ただの偶然、ってことも十分ありえるけれども、ここにシキが集結するってことはそこに何か意味があるって考えた方が自然だ」


 佐野の並べたことを踏まえて、茉莉は改めて島村マナブのキーホルダーを見る。キーホルダーのキャラクターの顔は穏やかに笑っていたが、その裏にどす黒い何者かの悪意を感じずにはいられなかった。


「もし手伝えるなら、茉莉センセは島村マナブの配信を見てくれないか? 茉莉センセがこいつを見ておかしいって思うなら、この状況だとそれにもきっと何か意味があるに違いない。きっとろくでもない奴が絡んでいて、それに野崎壮一が何らかの形で関わっていると考えられる」


 キーホルダーは佐野によってゆらゆらと揺らされていた。それを佐野はポケットにしまうと、小さくため息をつく。その姿は以前よりもずっと小さく見えると茉莉は感じた。


「わかりました。私の直感で良ければ、いつでもお貸ししますよ」


 茉莉は出来るだけの笑顔で佐野に答えた。佐野は小さく頷いたが、すぐにうつむいてしまってその表情を茉莉が見ることは出来なかった。

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