人を呪った話

 茉莉は八霞神社で、佐野から源東市一家殺傷事件とその後の佐野の話を聞いていた。


「俺が変な能力を持ってるって気がついたのは、事件から一年後くらいだった。向こうの弁護士がどうしても被害者の俺に会いたいって言ってきたんだ」

「向こうっていうのは、あの」

「もちろん……加害者側、の」


 佐野が犯人の名前を言うことはなかった。茉莉も彼の心情を思って、加害者の名前は口にしなかった。


「後で知ったんだが、死刑廃止運動とかを積極的にやってたお偉い弁護士さんだったらしくてよ。俺はただでさえ誰にも会いたくない時期だったのに、しつこく叔父さんのところに来て俺の顔を見たいって言うわけだ」


「あんまりにもしつこかったから、俺は裁判関係者ってことで一度だけ会おうって決めた。そんで腹くくってそいつに会った。怖くて怖くて仕方がなかった。だって、俺を殺した奴の味方に会うんだ。また俺は殺されるんじゃないかって不安でたまらなかった」


「顔合わせは裁判所の会議室だった。向こうは三人、えらくニコニコしたおばちゃんとじいさんたちだった。俺ひとりに話したいことがあるからって、付き添いできた叔父さんと別に俺は会議室に入った」


「それからすぐにあいつらは俺を囲んで死刑なんてただの殺人だ、君が被告の死刑を望むことも殺人と変わりがないって言い始めた。それで、被告にも事情があったから死刑は可哀想だって裁判で証言しろって詰めてきた」


「ふざけるな、何の権利があって俺のことを利用しようとするんだって気分が悪くなって吐いて寒気が止まらなくなって、気がついたら病院にいて、数日経っていた。俺は裁判所から真っ直ぐ精神科にぶち込まれてたんだ」


「それからしばらく、俺は入院を余儀なくされた。急に事件のことが蘇ってきて動けなくなる、震えと痺れが止まらなくなる、過呼吸になって吐く、一度発作が起こると数日全く動けなくなる。飯も食えないから点滴につながれて、ただ大量の薬を飲んでた。すごく辛くて惨めで助けてほしかったけど、俺のことを心配してくれる家族がもういないんだって思うと、余計辛くなった」


「だから死にたい、死なせてくれって毎日医者に頼んで、死にたくなくなる薬ってのをもらってた。俺も自分に関係ない人を殺せば死刑になるかなって看護師を殺せないか試したりもした。できるわけがないんだけどな」


「それでも医者ってのは偉いもので、俺にPTSDだの解離性健忘だの名前をつけて適切な薬をくれるんだよ。これ飲んで寝てれば症状はいくらか良くなる、でも治すのに時間がかかるから焦っちゃだめだよなんて優しく言うわけだ」


「そこで、もう俺は二度と元の暮らしには戻れないんだって諦めがついた。体も心もガタガタで完全に病人で、更にあの事件の生き残りだと知られたら世間的にも行くところがない。命は助かったかも知れないけど、俺は世間的に殺されたも一緒だと思った」


「そしてここまで俺の人生をぐちゃぐちゃにした奴らが不幸になればいいって、強く願った。奴の死刑は覆らないだろうから、俺はとりあえず奴の味方の弁護士たちを呪うことにした。自分の主張のためなら未成年の被害者だって法廷に引きずり出そうとする魂胆がとにかく気持ち悪かった。入院中やることもないから、あいつらが不幸になるようだけ俺は祈り続けた」


「そしたらさ、奴らの一番偉い弁護士の家が火事になって、奥さんと子供が焼け死んだ。他の奴らも交通事故や水難事故で次々と家族を亡くしたって」


「俺は最初ざまあみろ、他人の不幸で商売したバチが当たったんだって思ったんだけど、あまりにも立て続けに事件が起きたから偶然とは思えなかった。だから叔父さんに相談したら、おそらくそれは俺が呪ったからだろうって言われた」


「つまり俺は人を殺したのか、って聞いたら叔父さんは違うって言ってくれた。それは姉さんが奴に優しくしたから俺の家族が殺された、だから姉さんが俺たちを殺したという理屈と一緒になるって。ひとつひとつの話は、単に運が悪かっただけなんだとさ」


「だけど、俺は他人の運命を操れる力があるんじゃないかって教えてくれた。だからよくわからないけど、いろいろ試してみようかって自己流でやっているうちにどんどん勘だけはよくなっていった」


「軽いところだと、大学のとき、何かと俺にケチつけてきた奴に軽い不幸が訪れますようにって願ったら次の日、そいつが包帯巻いて大学に来た。自転車で転けたって」


「もちろん俺に無神経なこと言った教授も呪っておいた。そいつは他にも無遠慮なこと言ってたから、差別発言とかでSNSで大炎上して大学側が懲戒処分にしたって」


「でも、立て続けに他人の不幸を見てきて俺は疑問に思った。他人の不幸は見ている分にはスカっとするけどさ、不幸の塊みたいな俺を見てスカっとしてる奴もいるんだろうって思うと無性にむかついて、今度は誰かを幸せに出来ないかって思うようになった」


「それで、手始めに叔父さんとか俺に優しくしてくれる人の幸せも願うようにしてみた。そうしたら、そっちもいい感じに幸せになってくれることがわかった。幸せは不幸よりも願うのが難しかった。でも難関だったライブのチケット抽選に当選したとか、マッチングアプリで運命の人に出会えたとかそういう報告を聞くのは嬉しかった。入院してたときの看護師で『順番待ちの親の介護施設が何故か急に空いた』っていうのはちょっと笑えなかったけど」


「そうやっているうちに、俺が操れるのは運勢の分かれ道なんだってわかった。人には幸の入り口と不幸の入り口があって、その入り口を確定させることが俺の能力。あと、この能力を使っているうちにやたらと勘が良くなって叔父さんみたいに霊視も出来るようになった」


「この霊視ってのも胡散臭いけど、どうも俺の一族は使える奴がいるって叔父さんから聞いてちょっとショックだった。ついでに、俺の母さんと姉さんも出来たって話を聞いたときは本当にびっくりした。そんな話聞いたことなかったから」


「でも、話をしたところで信じてもらえないから話さなかったんだろうって今ならわかる。現に、信じられないだろう? ああ、でも能力があって良かったって思ったこともあったから、その話もしようか」


 茉莉は、佐野の話を全て受け止めたわけではなかった。それでも、彼の話を聞くことが今の茉莉に唯一出来ることだと思った。

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