終わらない日々
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事件の余波
Sが逮捕されて犯行が明らかになり、数日後にSの父が自殺をしている。遺書には「私の命で息子の罪を償ってください」という文言があった。また、Sに携帯電話を盗まれた友人Xも自責の念に駆られて自殺をしている。
Sについて
Sは取り調べに対して一貫して「Bが悪い」「父が悪い」「Bをかくまった家族が悪い」と繰り返し、自身の非を認めなかった。
Sは幼い頃より父親の期待に添うことだけを考えるよう教育を受けてきた。父親と同じ医者になることを強制され、父親が卒業した大学の医学部を受験するも二度失敗。薬学部に進学することになるが期待通りの進学ができなかったことで「出来損ない」「今までの投資が無駄になった」と暴言を吐かれていたという。休学を何度か繰り返し、せめて卒業はしてほしいというSの母親の希望により、Sは大学へ通い始めた矢先の出来事であった。
裁判において一番の争点はSの責任能力の有無であった。父親からの過度な精神的虐待で心身喪失状態であったと弁護側は主張したが、繰り返し行われた精神鑑定の結果「責任能力がある」と判断され、一審二審ともに求刑通り死刑判決が言い渡される。弁護側は上告したが棄却され、死刑が確定となった。
事件後の影響
この事件はストーカー殺人として世間の注目を集め、適切な対応を取らなかった大学側へ批難が殺到した。特にSを逆上させたのが大学職員であることが週刊誌で報道され、名誉毀損で大学側が週刊誌を相手取り裁判になったことでも知られている。
また、BのSNSアカウントが特定され根拠のない誹謗中傷が相次いだことで遺族側がSNS運営側にアカウントの削除を要請したが本人ではないから削除はできないという運営の判断も問題とされ、両者の間で裁判が行われた。
本事件はストーカー殺人の側面が強いが、一方でSが「父親への復讐だった」という供述を繰り返したことにより過度の教育虐待が事件の要因であるとの説も浮上した。これについてSNS上では「無敵の人が勝ち組に復讐した」とSを称賛するコメントも見られ、それがBへの誹謗中傷を加速させた面もあった。専門家は「インターネットの普及によりそれまで交流が行われていなかった層との衝突が見られる」と語っている。
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他にも解説記事には参考文献や当時の新聞のコメントなどをまとめたものが続いていた。茉莉は検索して出てきた他の記事も覗いてみたが、どれも同じようなことが書いてあった。そしてある程度記事を見比べて、世間的にこの事件は犯人と佐野の姉の痴情のもつれとして見なしているところが大きいと茉莉は感じた。
「でも、これで好きになられたらどうしようもないじゃない……」
とある記事では、犯人が佐野の姉に好意を寄せるに至った経緯が書かれていた。それによると、たまたま講義で犯人の隣に座った佐野の姉が、犯人の落としたテキストを拾ってあげたことが全ての始まりのようであった。その次の講義で佐野の姉が犯人の隣に座ったことで、「この女は俺に惚れている」と犯人は勘違いしたということだった。
『一見悪いことのように見えるが、後から見ると実は良いことだった。禍福はあざなえる縄のごとし、って言うだろう?』
かつて佐野がこんなことを言っていた。佐野の姉は落ちたテキストを拾ってあげるという一見善い行いをしたように見えるが、後々それが家族全員への凶行n繋がるなどと考えが及ばなかっただろう。
「また、しっかり話を聞きに行かないといけないかな」
茉莉はスマホをベッドに投げ出した。それから罪もなく殺されていった四人と理不尽に家族を奪われた少年のことを思って、少しだけ泣いた。
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古い携帯電話に残された、古い動画が再生されていた。画質も音質も今のスマホに比べてとても悪く、撮影された当時の記憶がなければ見られたものではなかった。
『何だよ、動画撮ってんのか? 映ってやるよ、ホラ、どうだ?』
『姉ちゃんどこにいるか知ってる? 部屋にいないんだけど』
『さあ』
『何やってんだ、祥悟』
『お父さん、姉ちゃん知らない?』
『庭でお母さんと何かやってるぞ』
『本当? ……あ、いたいた』
『ちょっと、なんで動画なんか撮ってるの!?』
『記念だよ、記念』
『いきなりやめてよ、もう』
『へへへ』
目を閉じていても、動画の内容は瞼の裏に焼き付いている。動画を撮影したときに寄ってきた兄、続いて姉を納めようとして探しているときに現れた父、そして庭でチューリップの球根を植えていた姉と母。たった数分間の、何気ない家族の風景だった。この動画のデータはPC、新しいスマホ、クラウド上にもいくつも保存してあったが、この古い携帯電話で見るのが一番好きだった。
「みんな、おやすみ」
動画を見るのは一日に一回と決めている。それなら、寝る前に一度だけがいいと思っていた。眠る前に見たものが夢に出てくると信じて、毎晩寝る前に家族に挨拶をする。夢の中だけでも、家族に会いたかった。
その動画は、源東市一家殺傷事件と呼ばれる事件が起こる一週間前に撮影されたものだった。
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