第6話 源東市一家殺傷事件

検索してはいけない言葉

 茉莉は佐野が巻き込まれたという「源東げんとう市一家殺傷事件」についての概要を知ろうと、検索窓に入力したところだった。


「……検索してはいけないだって」


 即座に、検索候補に不吉な文字が浮かび上がった。「検索してはいけない」という文字列が一緒に表示されたということは、今から調べる言葉は不快感や恐怖を煽るような事柄であることを暗示していた。


 茉莉は「源東市一家殺傷事件」について、十五年前に発生した一家四人が殺された事件というくらいの認識しかなかった。さらにその事件の報道について母親がしきりに「気持ち悪い」と言っていたことくらいしか覚えていなかった。


 この事件について、やはり詳細を知るのはよくないことなのではないか。


 茉莉は躊躇ったが、この事件のことを知らなければ佐野のことも自身のことも理解ができないかもしれないと意を決して事件について書いてあるページを開いた。


***


【源東市一家殺傷事件】


 概要


 会社員Aさん(50)の自宅でAを含めた家族四人が殺害され、一人が重傷を負った殺人および傷害事件。警察の捜査の結果、現場近くを逃走していた男S(25)を逮捕。Sは大学生だったAの長女B(21)にストーカー行為をしたとして厳重注意がされていたところだった。


 事件の経緯


 事件に至るまで


 Sは大学で同じ学科であったBを好きになり、何度も話しかけるなど交際を迫ったがBは交際を拒否。度重なるストーカー行為を大学へ相談し、Bは休学をして実家へ避難していた。大学はSへもストーカー行為を諫めるなど対策をとっていたが、SはそれをBを自身から遠ざける陰謀であると逆上し、犯行を決意する。


 Bの居場所がわからないSは、Bと親しくしていた友人Xの携帯電話を盗み、XになりすましてBの実家の住所を得る。それと同時に通販サイトで伐採用の斧と解体工事用の大きなハンマーを購入。ホームセンターで鉈とナイフ、ロープを購入する。更にインターネットオークションで使い古された宅配業者の制服も落札する。


 Sは凶器を携えBの実家へと向かったが、数日Bの家の様子を見ているうちに自身のことを忘れて家族で仲良く暮らしているBに憎悪を燃やし、Bの家族諸共殺害することを決意する。


 事件当日


 事件当日、Bの家族全員が帰宅している時間を狙ってSは予め準備していた宅配業者の制服を着てインターホンを鳴らした。まず玄関に出たAの長男D(17)の頭部に隠し持っていた斧を振り下ろし殺害する。異変に気がついて玄関へやってきたAの頭部をハンマーで殴打。それから駆けつけたAの妻C(49)の胸部と腹部をハンマーで殴打し、2階へ向かって在宅していたBを発見。逃げようとするBを素手で殴りつけ、ロープで拘束。1階へBを引きずり下ろす。


 Sは母親の命が惜しければ交際するようにとBへ迫った。パニックに陥ったBの前で、まだ息のあったAとCの首を鉈で切断し殺害。次はBの首を刎ねると脅すとBはSとの交際を認める。SはBとの性交の同意を得たと血まみれの1階を避けて再度2階へBを連れて行く。その際、逃走しやすいように玄関にあったDの遺体を脇の洗面所に押し込んだ。その後ナイフでBの衣服を剥ぎ取り、Bのベッドで暴行を加える。


 しかし、最中Bにより激しい抵抗にあったために再び拒絶されたと思ったSは行為後にロープでBを絞殺し、事切れたBに暴行を加え続けた。しかし、Aの二男E(14)が帰宅したためにSはEの腹部を切りつけて逃走する。


 このとき、BはSが襲撃する直前まで高校時代の友人と電話をしていた。異変に気がついた友人が通報したため、Sが逃走した直後に警察が駆けつけた。倒れていたEの意識があったことから犯人がすぐ近くにいると判断した警察は即座に非常線を張り、逃走中のSを確保。その場で逮捕した。


***


「……何これ」


 現れた事件の詳細に、茉莉は胸の奥を殴られたような衝撃を受けた。特に「二男E」が文中に登場した時に佐野の顔が浮かび、今までアルファベットでしかなかった人々の生活の様子がありありと見えてくるようであった。


 茉莉は自分の家族を思い浮かべた。事故で自分が死にかけたとき、泣いて生還を喜んでくれた父母や妹の姿を茉莉は忘れることができなかった。それは茉莉にとって嬉しい思い出になっていたが、一方の佐野は家族についてどう思っているのかというのを考えただけで恐ろしくて仕方なくなった。


 頭を割られた兄、首を切断された両親、そして暴行を加えられて絞殺された姉。

 自身も腹部に大きな怪我を負っている。


 吉川から聞いた話では、腹部の傷は致命傷であり佐野も既にこの世にいないはずの魂であるとのことだった。そして、それは自身も同じであると告げられた茉莉は深くため息をついた。


「これを信じろって言われても、急には無理だよ……」


 自分が一度死んだことになっている、というのは茉莉にとってあまり実感のないものだった。それ以上に、今までただの無職でふらふらしているだけだと思っていた佐野が抱えていたものの重さを考えると吐き気がこみ上げてくる。


 事件を解説する記事はまだ続いていた。茉莉は既に気分が悪くなっていたが、その後の佐野がどうなったのか知りたくて再度記事に目を通した。

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