世界の滅亡

 自身に常人にはない力があるということを身をもって実感した茉莉は、放心状態になっていた。


「それで、私が外れを引かない能力と世界の滅亡と、何の関係があるんですか?」

「その説明の前に、まずはシキについてもう少し深くお話ししましょう」


 吉川は改めて茉莉に語り出した。


「先ほどもお話したとおり、シキは強い呪術の結果生み出されるものです。そもそもシキとは、貴女のように特別な能力を得るために臨死体験をするというところから始まった呪術です。つまり、基本的にシキには何らかの能力が備わっているのです」

「それじゃあ、佐野さんと壮一君にも……?」

「そうです。祥悟と貴女の能力は放っておいても他人には影響を及ぼしませんが……壮一君、でしたかね。彼の能力は祥悟から聞いた限りですと放っておいてよいものか判別がつきません」

「私も以前聞いたんですけど、運勢を悪くするとかそういうものですか?」

「その通りです。その力は、貴女が身をもって知っていると祥悟は言っていました」


 茉莉はここ数ヶ月、あまりにも不運であったことを思い出す。それは壮一のせいだと佐野も吉川も言う。


「もっと具体的に言いますと、関わった人を著しく不幸にする力を彼は持っています」

「何ですか、それ」


 また飛び出してきた突拍子もない話に、茉莉は思考が追いつかなくなってきた。


「これは祥悟が調べてきたものですが……彼は中学三年まで不登校気味だったそうです。欠席はもちろん、遅刻や早退も多かったとか。それが夏休み明けから急に一生懸命学校へ通い出して、進学に向けて頑張りだしたようですね」


 その事情は元担当である茉莉も知っていた。その時は環境が変わって受験に向けてやる気が出たのだろう、と茉莉は捉えていた。


「祥悟の調べた限り、夏休み明けから数ヶ月で壮一君のクラスで大きな怪我をした生徒が三人、家族が突然亡くなったと思われる生徒が四人だそうです。そして学校の先生も二人が不祥事を起こしている」


 佐野が壮一のクラスメイトと思われる生徒と何か話をしていたのを茉莉は思い出した。今思えば、ただの雑談ではなく壮一についての情報収集であったようだった。


「祥悟が調べただけでこの数です。もしかしたら他にも不幸に見舞われている生徒がいるかもしれませんね。そして鳴海茉莉さん、あなたもよく無事でいました。貴女の能力がなければ、今頃どうなっていたかわかったものではありません」


 ふと茉莉は「立て続けに嫌な保護者が来る」とぼやいていた柴崎塾長を思い出す。これも壮一の力によるものだったのではと思うと、茉莉の背筋が冷たくなっていく。


「そこで、ここからが問題なのですが……彼の場合、関わった人に何らかの影響を与えてしまいます。もし彼が、今後国防を司る人や国民に影響力のあるアーティストと繋がりを持った場合、最悪多くの人が死ぬことになります」

「ちょっと待ってください。そんなこと起こるわけないじゃないですか」


 急に大げさになったと茉莉は思ったが、吉川の目は真剣そのものであった。


「わからないですよ。今の世の中、インターネットで様々な人が人種や国籍、年齢や性別を問わず関われるようになっています。例えば壮一君がアイドルの動画に何かコメントを書き込んで、アイドルがそのコメントを動画内で読み上げる。これだけでも関わり合いになることがあります」

「そうすると、そのアイドルは不幸になるってことですか?」

「今の状況からですと、そうなる可能性は高いです。祥悟の話では、今現在壮一君はインターネットでの書き込みはほとんどしていないようなのでどうなるかはわからないのですが……今後を考えると何とかしないといけないのではというところですかね」


 不幸が伝播する。


 茉莉はかつて流行した「神様メッセ」を思い出した。不幸になりたくないので不幸を押しつけ合う浅ましい遊びだと茉莉は思った。


 もし、不幸を押しつけるのではなく知らないうちに自分の存在が他人を不幸にしているとしたら?


 茉莉は壮一の顔を思い出す。同世代に比べて覇気がなく、どこか小さくなっている壮一をなんとかしたいと茉莉はかつて思っていた。その気持ちは、今も変わりがない。


「さて、私が今話せることはこれで終わりです。何か質問はございますか?」


 佐野や壮一について気になることはたくさんあったが、茉莉は肝心なことを再度尋ねることにした。


「その、えーと……私が一度死んでいるって言うのは、本当なんですよね……? その状態を戻すと、やっぱり私は死んでしまうんですか? それとも、ずっと死なないとかなんですか?」

「シキは一度死んで呪術の力で蘇った存在ですが、能力が備わるだけで基本的に普通の人間と変わりません。不死の体になったりとか、そういうものではないですよ」


 茉莉は胸を撫で下ろした。しかし、吉川は不安げに続ける。


「ただ、先ほどもお話したようにシキを生み出すには強い呪いの力が必要です。現在この辺りにシキを生み出せるほど強い力を持つ呪術師が他にいるという話を私は知りません。ですから、貴女がどうやってシキになったのかをはっきりさせたほうがよいと思います」

「私がシキになった、理由ですか?」

「何か思い当たることはありますか? どなたかに恨まれているですとか、そういう話になりますが……」


 改めて、茉莉は自分が死にかけた事故のことを思い出す。


「わかりません……私の場合、交通事故で病院に運び込まれて、一度心肺停止になったけど奇跡的に息を吹き返したって……?」


 茉莉の体に悪寒が走った。その過程は、先ほどの佐野の事例と同じであった。


「その相手方のドライバーはどんな方ですか?」

「知らない人です。夜勤続きで居眠り運転だったと聞いているので、私を狙って殺そうとしたとかそういうのはないはずです……多分」


 まさかそのドライバーがわざと茉莉をシキにするために車で突っ込んできたのだとしたらと思うと、茉莉は寒気が止まらなかった。警察の捜査でも本人の話でも事故は完全な過失であると断定されていた。


「それについては、これから調べていった方がいいかもしれませんね。何かわかったら、また相談に来てください。そして、出来ればこれからも祥悟のことをよろしくお願いします」

「……わかりました」


 茉莉は吉川に頭を下げ、礼を言って立ち上がった。膝ががくがく震えているのは、長時間座っていたからだけではないと茉莉は思った。

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