カードめくり
茉莉は佐野の叔父である吉川から、死んだ魂の器であるシキという存在と佐野の境遇について聞いていた。
「あの、その死んだ魂の話についてもう少し聞いてもよろしいですか?」
「もちろん、そのために貴女は来ているので」
茉莉は、この話を何故佐野が直接しないのかをようやく理解した。何を言っても信じてもらえそうにない荒唐無稽な話に加えて、佐野の生い立ちについて触れざるを得なくなるからだと推測する。
「あの……佐野さんはその、大丈夫なんですか?」
いろいろ尋ねたいことはあったが、真っ先に気になって仕方が無かったのは佐野のことだった。家族を全員惨殺されたという境遇を彼が背負っているという事実が、自分は実は死んでいるという信じがたい話よりも先に茉莉の中に染みこんできた。
「大丈夫とは、全く言えませんね」
吉川はため息をついた。
「あの事件からこうして十五年経って、ようやく歩き出したような奴なんです。怪我の程度もそうでしたが、何しろ事件が事件だったもので精神的なものがかなり後を引いて……事件の話はやめましょう。これは貴女には直接関わりのないことなので」
吉川は事件に関する話を打ち切って、佐野の話を続けた。
「それまでは本当に病院とここを行ったり来たりさせてしまい、彼には申し訳ないことをしたと思っています。一番酷いときで、一年近くも入院させてしまっていた」
「行ったり来たりって、その事件の傷の影響ですか?」
「いえ、心の方です。ここ数年くらいで、ようやく外出も出来るようになって一人で通院できるようになったんですよ。だから塾講師の仕事を持ってきたときは正直驚きましたし、今も勤務時間が少ないところで続いているようで私としては嬉しい限りなんですけどね」
吉川の声には涙が混じっていた。吉川にとって、佐野は姉一家の忘れ形見であることは茉莉にもすぐにわかった。
「でも、私から見てそんなことを抱えているなんてわかりませんでした」
「それは、精一杯普通の人であるよう装っているからですね。事件のことを知らない人と話すのは気が楽でいい、と最近零していました」
ふと、茉莉は佐野が今まで自分にどんな気持ちで話しかけてきたのかというところに思い当たった。そして、佐野が抱えているものを知ってしまった今、これからどういう顔で接すればいいのか考え直す必要があった。
「あの、それで急にこんなことを言われても信じられないというか……その、シキっていうのは本当にあるんですか?」
佐野のことも心配だったが、茉莉は自身もシキであると言われたことを思い出す。やはり自分が死んでいるはずだと言われても、すぐに受け入れることができない。
「そう仰られると思って、祥悟と二人でどうすれば貴女が信じるか考えておきました」
吉川は長机の上に同じ大きさに切られた画用紙を五枚並べた。
「このカードの中に当たりがあります。好きなものを一枚選んでください」
茉莉は言われたとおり、一番左のカードを選んだ。
「それでは、裏返してください」
茉莉が選んだカードを裏返すと、白紙であった。
「あの、これってはずれですか?」
「それでは、当たりが出るまで続けましょう」
吉川はカードを集めて順番を変え、再度茉莉に選ばせた。
「それでは、これで」
今度は右から二番目を茉莉は選んだ。しかし、やはり裏側は白紙であった。三回目、四回目とやはり茉莉は白紙のカードを選び続けた。
「本当にこの中に当たりはあるんですか?」
「ありますよ、それでは選んでください」
それから数回、茉莉が選ぶカードはことごとく裏が白紙であった。八回目のカードも白紙であったことから、茉莉はついに嫌気がさした。
「この実験、何の意味があるんですか?」
「それでは、そろそろ種明かしをしましょう。驚かないでくださいね」
吉川は五枚のカードのうち、選ばれなかった四枚を裏返した。
「ひっ」
吉川からの前置きがあっても、思わず茉莉は声を出してしまった。四枚のカードの裏側には白目を剥いた女の顔や、血まみれの女の子などの怖い絵がそれぞれプリントされていた。
「怖がらせてしまってすみません。ですが、これらを知らされずに見てしまったら、大変驚きますよね。特に、今この場でこんな絵を見せられるとは思わなかったでしょう? つまり、貴女は無意識に当たりを引き続けていたわけです」
茉莉は高鳴る心臓を押さえて、頷いた。
「カードは五枚、当たりを引く確率は五分の一です。当たりを八回引き続ける確率は五分の一の八乗……計算しましょうか」
吉川は用意してあった電卓を置いて、茉莉の前で叩いてみせる。
「五を八回かけると……三十九万六百二十五。つまり、約四十万分の一の確率で貴女は当たりをひいた。言い換えれば、外れを回避し続けたわけです」
青ざめた茉莉は、改めてカードを眺めた。
「もう一度、挑戦させてください。きっとただの偶然ですよ」
「それでは、選んでください」
再度吉川によって机に伏せられたカードから、茉莉は今度こそ外れを選ぼうとした。
「それでは、これです。ただの偶然ですよ」
「これが白紙なら、今度は約二百万分の一になりますよ。いいですね?」
吉川は茉莉が選んだカードを裏返す。カードの裏には、何も描かれていなかった。
「……だから、何だって言うんですか?」
「祥悟からも説明があったと思います。貴女は無意識に危機を回避する力を持っています。そうでなければ、ここまで当たりを引き続けることはありませんよね?」
茉莉は初めて佐野に会ったとき、そのようなことを言われたのを思い出した。
「でも私、クジ運とかそんなにないはずなんですけど……」
「貴女の力は、当たりを引く力ではありません。あくまでも外れを引かない力なんです。ですから、気がつかなければずっと気がつかない能力なのです」
吉川はカードと電卓をしまう。
「さて、話の続きをしましょうか。祥悟と貴女、そしてその例の中学生がシキであるということが世界の滅亡に関係するということまで一気に説明しましょう」
吉川が座り直した。茉莉はもう頭の中が真っ白で、吉川の話をそのまま受け入れることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます