死んだ魂
茉莉は佐野に連れられて、彼の家であるという八霞神社に連れてこられて、玄関でこの神社の宮司である吉川と対面した。
「それじゃあ、後は任せる」
それだけ言うと佐野は茉莉を吉川に預けて、すぐに外へ出て行ってしまった。
「え、ちょっと、あの」
「いいんです。さあ、お話は大体伺っていますのでどうぞ」
茉莉はこれから聞かされる話に加えて寒空の下外へ行った佐野が少し心配だったが、自分ができることはひとまず吉川の話を聞くことだろうと思い直す。
「失礼します」
茉莉は玄関から住居と兼用になっている社務所へ通された。広い畳の部屋に石油ストーブの匂いが広がっている。
「今日はしばらく誰も来る用事はないはずだから、聞きたいことがあったら遠慮なく聞いてください」
吉川はいくつか並ぶ長机に茉莉を案内して座布団を勧め、自身も茉莉の側に座った。
「ええと、すみません。私も何がわからないのか、よくわかっていないので……佐野せ、佐野さんからは受け持っている生徒の話があるということしか聞いていません」
吉川は茉莉の言葉に頷いた。
「そうですか、それなら……まずはじめに、貴女の今の状況をもう一度確認させていただいてよろしいですか?」
「え、ええ」
吉川の目が更に鋭くなった気がした。それから茉莉は何か質問があるのかと身構えたが、じっと吉川が茉莉を見つめ続けるだけだった。
「間違いない。しかし、どこから話せばいいのか……」
茉莉を前に、かつて佐野が路上で悩んだようにひとりで吉川も悩んでしまった。
「ええと、これってそれほど重要な話なんですか?」
当初、茉莉は「野崎壮一について話がある」と呼び出されていた。しかし、その後壮一の話はしないで佐野も吉川も茉莉に注目してばかりいる。茉莉はそのことが気になっていた。
「とても重要な話です。最悪、世界が滅びる要因になるかもしれないくらいですね」
吉川の話に、茉莉はアニメか漫画の見過ぎではないかと拍子抜けをする。
「それなら、さっさと私をここへ呼んだ理由を教えてください」
「それもそうですね。それでは、先に結論から申し上げましょう。驚かないでくださいね」
吉川は一度茉莉から視線を反らし、それからもう一度茉莉を見据えて続けた。
「実際に会って確信しました。貴女は既に死んでいます。そして、祥悟の見立てではおそらく野崎壮一という中学生も、貴女と同じく死んでいるはずなのです」
その言葉を、茉莉はそのまま受け止めることが出来なかった。
「え、でも私今生きてますよね?」
「いいえ、死んでいます。死んでいるけれども、ほとんど生きていると言っても差し支えない死体の状態が、今の貴女です。我々はこの状態を死んだ魂の器、
すぐには飲み込めない話に、茉莉はこれ以上この話を聞きたくないと思った。
「そんな、非科学的なことを言わないでください。私帰ります」
「何故あの子が貴女を気にかけるのかと言えば、あの子、佐野祥悟も既に死んでいるからです」
立ち上がりかけた茉莉は、吉川の言葉にもう一度座り直すことにした。
「佐野……さんも死んでるってことですか?」
死んでいるが生きている。吉川の不思議な言葉に茉莉は混乱していた。茉莉の顔色を見て、吉川は話を進める。
「順を追って説明しましょう。私の一族は呪術的素養を持つ家系です。だから代々この神社を継いで来たのですが、特に素養を持つのは女性とされました。最近では、私の姉とその娘もかなり強い呪術を使えたようです。私の方は、直接術をかけたりすることまでは出来ませんで、多少の霊視のようなものくらいしか行えません」
吉川の始めたオカルティックな説明に、茉莉はまた混乱の最中に落ち込んでいった。
「それで、そのお姉さんと娘さんはどこにいるんですか?」
「十五年前に亡くなりました。貴女も名前くらいは聞いたことがある事件に巻き込まれまして」
「事件、ですか?」
暖かだった社務所の空気が一段ひやりとしたのを、茉莉は感じる。
「
その事件を茉莉も知っていた。
幼い頃、連日テレビでこの事件が報道されていて「近所でこんな気持ち悪い事件なんて嫌ね」と母親が言っていたのをよく覚えていた。しかし、詳しい事件の内容までは覚えていなかった。ただある家族が急に変な人に殺されてしまった、ということだけであった。
「ちょっと待ってください。つまり、あの、佐野さんは」
茉莉は言葉に詰まる。脳裏に、佐野の捉えどころのない顔が思い出された。
「生き残った五人家族の二男、それが貴女をここまで連れてきた佐野祥悟なんです」
「でも、生き残ったって、ことは、死んでないって、ことですよね?」
震える声で茉莉が尋ねると、吉川はかぶりを振る。
「いいえ、発見されたときは手の施しようのない怪我を負っていました。救急隊員の話だと、一時心肺停止状態だったと聞いています。しかし、病院に着いた途端息を吹き返して……生き返ったとしか言いようのないことだったと聞いています」
「でも、それだけでその、何ですか? シキっていうものだって決めつけるのはできないじゃないですか?」
「残念ですけれども、霊視をすればシキは明確に他の方と区別がつきます。詳しくは省きますが……シキを生み出すのは強い呪いの力です。そして、祥悟の場合は状況としてシキになることができました。そこに何の疑問もありません」
茉莉は吉川の話を思い出す。佐野の母親か姉はシキを生み出すことが出来た、という前提があるため彼がシキになったことに疑問の余地はなかった。
「問題は貴女と、例の中学生です。私から見ても貴女は紛れもないシキです。一度貴女は事故で死にかけたということですが、一体誰がどうやって貴女をシキに仕立て上げたのか、私はとても気になります」
吉川から疑問を投げかけられ、茉莉は心の底に氷の塊を落とされたような気分になった。そして自分も佐野と同じく死んだはずの魂の器――シキであると告げられたことがじわじわと体中に染みこみ始めていた。
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