第3話 アクリルキーホルダー

謎のVtuber

 佐野が塾へ潜入して、数週間が過ぎた。間もなく十二月になるという季節で街はすっかりクリスマス一色になった。少し気が早いイルミネーションとクリスマスソングが街を彩り、少しずつ年が押し迫るのを感じるようになってきた。


一日一学いちにちいちがくこんにちは。いつでもあなたに小さな学びを。どうも島村マナブです』


 その日、授業を終えて帰宅した茉莉のスマホ画面に青い髪のVtuberが表示された。眼鏡に魔法使い風のローブ、そして背中の大きくて白い翼がキャラクターを天使のように思わせる。


「これが噂のアレ、ね」


 茉莉の手には今話題のVtuber、島村しまむらマナブのアクリルキーホルダーが握られていた。裏側のQRコードにアクセスすることで、島村マナブのショート動画が流れるようになっていた。


『それじゃあ早速、今日も一学いちがく!』


 どどん、という効果音に合わせて例のVtuberはくるくると画面の中を回っている。


『みんなは赤ちゃんってどうやって生まれてくるか知っているかい? お父さんとお母さんがセックスしたから生まれてきた、なんていうのは常識だよね? それじゃあ、そのお父さんとお母さんが出会う確率って何%だと思う?』


 セックス、という言葉に被って「あ~ん」というお約束の脱力した効果音が流される。


『全世界の人口は、現在約80億人。男女比は、少しだけ男性が多いみたいだけど大体半々だから計算しやすく40億人ずつとしよう。40億人と40億人の中から、ひと組のカップルが成立する確率は、簡単に言えば一京六千兆分の一』


 ざっと確率を計算してるような黒板の映像が流れるが、黒板に書かれた文字は「E=mc²」であり、相対性理論を説明しているようであった。数字が表示されるたびに「どん」「ばん」「きゅいん!」と効果音が派手に打ち鳴らされる。


『これは銀河系を構成する星の数二千億個よりずっとずっと大きな数だ。星の数よりも君たちが生まれてきた確率はずっとずっと低いんだ、それだけ尊い所業なんだっていうのは心に残していきたいね!』


 画面の中の島村マナブは、宇宙を背景に目をきらきらさせていた。


『詳しい計算方法は本動画で紹介中。是非チャンネル登録と高評価を押して、明日も一学しに来てください待ってます!』


 ここでショート動画は終わっていた。次のショート動画が再生される前に、茉莉はスマホの画面を閉じた。


「くだらな……」


 一応中高生に流行っているなら確認しておこう、と茉莉はQRコードでアクセスを試みたが、動画を視聴したことを少し後悔した。


「何でこれが流行ってるんだろう……キャラも特別にかっこいいとは思えないし、その辺にいるVtuberと何が違うのかっていうか……動画もちょっと雑だし」


 生徒から「一日一学」の話を聞いたときは少し興味がわいたが、茉莉の視点から見ればこれは勉強ではなく、どちらかと言えばスピリチュアルや陰謀論に近い話だと思った。それまでは特に何の偏見も持っていなかった島村マナブに対して、何か汚いものがついているような感覚に陥り手にしているキーホルダーを所有しているのも嫌になった。


 このアクリルキーホルダーは、茉莉が授業後に生徒から押しつけられたものだった。「後ろのQRコードで動画見て!」とのことだったが、そんなキャラグッズなんかもらっても困ると茉莉も返そうとしたが「なんかいっぱい配ってる人いて、布教してって言ってた! だから鳴海先生も違う人にあげて!」と押し切られてしまった。


「全く、神様メッセじゃあるまいし」


 茉莉は中学生のときのことを思い出していた。「神様メッセ」とは、当時大流行したチェーンメールだった。


  これから

 ︎︎ ︎︎神様はあなたを監視しています

  その証拠に

 ︎︎ ︎︎あなたの死後の裁きは確定しています


  人に勝とうとすれば

 ︎︎ ︎︎傲慢の罪で目に無数の針を突き刺され

  人よりいいものが欲しくなれば

 ︎︎ ︎︎貪欲の罪で焼けた鉄を飲まされ

  人を許せなくなれば

 ︎︎ ︎︎憤怒の罪で手足を無限に切り刻まれ

  人を妬んだら

 ︎︎ ︎︎嫉妬の罪で全身の皮を剥ぎ取られ

  人より多く休んだら

 ︎︎ ︎︎怠惰の罪で穴掘りを繰り返し

  人から食事を分けてもらえば

 ︎︎ ︎︎大食の罪で死後は飢え苦しみ

  人を好きになったら

 ︎︎ ︎︎淫乱の罪で世界の終わりまで火で炙られます


  これらの罪は

 ︎︎ ︎︎到底許されるものではありません

  神様からの監視を逃れる方法はひとつ

  このメッセージを

 ︎︎ ︎︎7人に送信してください

  7つの罪を許されるために

 ︎︎ ︎︎7人の生け贄に捧げてください

  神様はメッセージをずっと監視しています

  メッセージを消しても

 ︎︎ ︎︎神様はあなたを監視しています


  神様はあなたを監視しています

  神様はあなたを監視しています

  神様はあなたを監視しています

  神様はあなたを監視しています

  神様はあなたを監視しています

  神様はあなたを監視しています

  神様はあなたを監視しています

    

 そして神様のような白髪に髭の男性が微笑んでいる画像が添付されていた。その辿々しくておどろおどろしい文面からこのメッセージは「神様メッセ」と呼ばれ、茉莉の友人たちを震え上がらせた。


 これ自体は他愛のないいたずらのようなものだったが、茉莉の中学校では大いに盛り上がった。その理由は、「メッセージをいたずらだと断定した茉莉が事故にあったから」というものであった。「メッセージは本当だったんだ!」と大騒ぎになり、全校集会の後に「インターネットの使い方について」という内容で臨時の保護者会に発展するなど大きな波紋を残していた。


 茉莉は島村マナブのキーホルダーを捨てようと思ったが、そのときのことを思い出してゴミ箱に投げ入れるのを躊躇する。


「……別に、他の人が処分してくれればいいんだよね」


 そう思い直すと、茉莉はゴミ箱ではなく鞄に島村マナブを滑り込ませた。このまま島村マナブを捨てると、またよくないことが起こりそうだという直感を茉莉は信じることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る