塾講師のアルバイト
夜道で会った占い師に「過去に死にかけたことがある」とピタリと言い当てられ、茉莉は驚いていた。
茉莉は中学の時に交通事故で生死の境を彷徨ったことがあった。何とか一命を取り留めて今は無事に暮らしているが、ぴたりと言い当てられたことに茉莉は動揺を隠せない。
「俺は占い師だからな。そのくらいわかるんだよ」
「じゃあ他に、何がわかるんですか?」
おそるおそる茉莉が尋ねると、占い師は茉莉を見つめながら続けた。
「そうだな……最近何か新しいことを始めたか?」
「最近ってほどじゃないですけど、アルバイトを始めました」
「どんな?」
「個別指導学習塾の講師ですけど」
そこで占い師の表情が大きく変わったことに茉莉は気がついた。
「不特定多数の奴と関係を結んでいるのか……もしかして、生徒と何かトラブルがあるんじゃないか?」
占い師の物言いに多少の引っかかりを感じたが、更に茉莉の心臓が高鳴る。
「実は、今日生徒の保護者から担当を変えてくれってクレームがあったって聞いて」
「そのクレームってどんな奴だ?」
「それが、教えてもらえないんです。ただ担当を変えてくれの一点張りだそうで」
その生徒は茉莉が初めて担当した生徒だった。塾長から「難しい生徒」と言われていたが茉莉は真摯に生徒と向き合ったつもりだった。それが急に何の前触れもなく担当を替わってほしいと言われたことで、茉莉はすっかり落ち込んでいたのだった。
「へぇ……ますます面白い。おそらくそのクレームはあんたにとっては運がいい方に入るぞ」
「そうなんですか!?」
今までの話で、茉莉はすっかり占い師のペースに乗せられていた。
「一見悪いことのように見えるが、後から見ると実は良いことだった。禍福はあざなえる縄のごとし、って言うだろう? 今はこれが何を意味するのかわからないが、きっと後でその生徒と離れてよかったと思う何かがあるに違いない」
占い師は手を擦り合わせ、縄をなうような仕草をする。
「何でそこまでわかるんですか?」
ふと茉莉は占い師の言葉を信用し始めていることに気がついて、慌てて彼を疑う姿勢を取り戻そうとする。
「おそらくなんだが、あんたのその急激な運勢の悪さはそのバイトに関係しているぞ」
「え!?」
再度茉莉は驚いた。アルバイトを始めたのは小中学生の夏休みが終わるタイミングに合わせた九月からで、思い返せばその頃から運の悪い出来事が立て続けに起きていた。
「ちなみに、バイトを辞めればいいかっていうとそういう簡単な話でもないかもしれない。縁と縁が絡み合って、どうにもこの状況を元に戻すのは難しそうだ」
困ったように言う占い師に、茉莉も困ってしまった。アルバイトと運の悪さが関係しているのであればすぐにでも辞めたほうがいいかと尋ねようと思ったのを先回りされたようで、
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
茉莉の質問に占い師は虚空を見上げ、何かを考え込んだ。
「……よし、俺がそのクレームの生徒を見てやる。どこの学習塾だ?」
あまりにも乱暴な解決策に茉莉は度肝を抜かれた。
「え、ちょっと待ってくださいよ。いきなりなんでそういう話に」
「人生において何らかの悪影響となる存在がいるんだぞ。お前はそのまんまでいいのか?」
「いいわけないですけど、そもそもあなたを巻き込んでいいのかどうかっていうのか、どうやってその生徒を見るんですか?」
「俺がそこでバイトすればいいだろう?」
にやりと笑う占い師に、茉莉は言葉も出ないほど呆れてしまった。
「あのー……学習塾の講師、できるんですか?」
「馬鹿にするな。俺だって一応人並みに大学受験はしたんだぞ。中学生までくらいの奴なら面倒見れるわ」
「高校生はどうなんですか?」
「それは、まあ、それよ……センター試験くらいなら、文系科目くらいならきっと、あるいは」
「今はセンター試験って言わないんですよ」
「わかってるわ!!」
急に胡散臭くなってきた黒ずくめに、茉莉は更に畳みかける。
「……それ以前に、そんなに急にアルバイトとか出来るんですか? 他にお仕事とかされてるでしょう?」
「俺無職だし、絶賛職探し中だし、ちょうどいいんだ」
「ちょうどいい、で学習塾は務まらないんですけど!」
先ほどまで真摯に相談に乗ってもらっていたような気がしたが、茉莉は急に不安になってきた。
「まあまあ、なるようになるさ。この世の中はそうやって運のいい奴と悪い奴が持ちつ持たれつしてるんだから。それに、俺はどっちかというと不幸サイドの人間だから俺と関わると運勢が上がるかもしれないぞ」
黒ずくめはヘラヘラ笑っているが、茉莉の中で「怪しい占い師」に加えて「無職」のレッテルがしっかりと占い師の顔に貼られた。
「じゃあ、この占いは仕事じゃないんですか?」
「仕事だぞ、先週から始めたばかりだけどな」
「今まで何人くらいお客さんが来たんですか?」
「十人くらいかな。この前来たお客さんに見たままを言ったら、水筒のお茶ぶっかけられたけどな」
「そもそも何で占いなんかしようと思ったんですか?」
「占い師には免許とかいらないらしいからな。それで一発逆転してーって思ってさ」
急に頼りがいがなくなった占い師に、茉莉はがっくりと肩を降ろした。
「とりあえずさ、見るだけでも見てみるからどこで働いてるのか教えてよ」
「……駅前の
茉莉は正直に勤め先を教えた。そのくらいは教えても問題にならないと茉莉は考える。先ほどまでの話の通りなら、いざとなったときにアルバイトを辞めることも視野にいれないといけない。
「あー星翔ね、大手のとこじゃん。わかったわ」
占い師は卓の下を探ると、一枚の名刺を取り出した。
「これはハッタリ用の名刺だ。また会おうぜ、まつりちゃん」
「わ、私名前名乗りましたっけ?」
「キーホルダーに書いてあるぞ」
茉莉はぎょっとして握りしめていた鍵を落としそうになった。そして名刺を一応受け取ると、一礼して逃げるように自宅へ戻った。転がり込むように自宅に駆け込むと、帰宅が遅いことで両親が心配していた。「少し知り合いに会って立ち話しちゃって」と誤魔化して、茉莉は自分の部屋へ向かった。まだ高鳴っている心臓を宥めるように、茉莉は貰った名刺を眺める。
そこには「相談屋
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