最悪と最高の運勢

 紛失した鍵を先ほどの占い師が持っていたことで、茉莉はほっとする反面怒りがこみ上げてきた。


「やっぱり、アンタが盗んだんでしょ! 警察に連絡するからね!」

「待てよ、これはアンタが席を立ったときに落として行ったんだ。俺は盗ってない」

「証拠は?」

「ない」


 鍵はまだ占い師の手の中にある。


「でも当たっただろう、また戻ってくるって」

「そうだけど……」


 占い師は黒いマスクを外したが、ぱっとしない男の顔が現れただけだった。それから先ほどのようにじっと茉莉を覗き込んで、ひとりで首を傾げる。


「いやいや、これは……」

「何よ、はっきり言いなさいよ。っていうか私の鍵返して!」


 茉莉が鍵を取ろうと手を伸ばすが、占い師は手をひいて鍵を引っ込める。


「お前、すごいな。今すぐ死んでもおかしくない運勢してるぞ」

「何言ってるのよ、訳分からないこと言ってると本当に警察呼ぶわよ!」

「まあまあ座れって。即金じゃなくてもいいから占ってやるよ」


 占い師に促されて、茉莉は渋々椅子に座った。


「始めに言うが、俺は普通の奴相手だったら適当にカードだのサイコロだのでそれっぽい目が出たらそれらしいことを言うようにしている。だけど、お前は別だ。そんな小道具はいらないからそのまま言わせてもらうぞ」


 占い師は再度茉莉を舐めるように見ていく。それから目を細めて、語り出した。


「まず、さっきも言ったがお前の運勢は最悪だ。今すぐ死んでもおかしくないくらい、どん底の最悪だ」


 情け容赦の無い占い師の言葉に、茉莉は怒りを通り越して呆れてしまった。そこへ占い師が更に続けた。


「しかし、お前はそこを間一髪で切り抜けてきている。つまり、逆に運がとてつもなくいいってわけだ」


 褒められたのか貶されたのかわからない茉莉は混乱した。


「何言ってるの、結局運が悪かったら意味ないじゃない」

「例えば今日、どんな嫌なことがあった?」


 茉莉は雰囲気に飲まれ、正直に今日の出来事を話す。


「えっと、忘れ物して、注文したのに忘れられて、駅の改札で男の人にぶつかられましたけど」

「多分な、その忘れ物と忘れられたことには意味がある。さっきも言ったとおり、あんたはいつ死んでもおかしくない。むしろ何で生きているんだ?」


 その言葉に茉莉は腹を立てたが、占い師は茉莉の言葉を待たずに続ける。


「だからここからは推測になるが、つまり今日は相当落ち込んでいただろう?」

「それがどうかしたんですか?」


 茉莉は憮然と応える。


「そうすると、足取りも重くなって歩くスピードが遅くなる。だからぶつかられる程度で済んだのかもしれない」

「じゃあ、運が悪かったせいでぶつかられたって言いたいんですか?」

「いや、きっと普通に歩いていれば改札じゃなくてホームでぶつかられていた。そこに電車が来て、あとは電車が止まったぞふざけんなってSNSで皆に怒られて、それでおしまいだ」


 それを聞いて、茉莉の血の気が引いていく。全ては占い師の推測に過ぎないが、やけに具体的に想像できる内容に生きた心地がしない。


「この運の悪さだと誰か落とされる瞬間を撮影していて、SNSで人が死ぬ瞬間って拡散されてあんたの死に様が永遠にネットの海に流され続ける、みたいな出来事まで起こっていたぞ」


 荒唐無稽であるが、生々しい憶測にいよいよ茉莉は声を荒げる。


「デタラメ言わないでください!」

「デタラメじゃない。今ここに走って鍵を取りにきただろう? あれは何故だ?」


 また話が急に変わったので、茉莉は混乱したまま正直に答える。


「そんなの、鍵を落としたら探しに来るに決まってるじゃないですか!」

「女の夜道は危ない。ご両親や友達を呼んで一緒に探すとか、やり方はいろいろあるだろう。それに今、君の運勢は最悪だ。変な男に追いかけられでもしたらどうするつもりだったんだ?」

「そんなの、あなたに関係ないじゃないですか」

「そうなんだけどさ」


 占い師はようやく卓に茉莉の鍵を置いた。


「さっき話しかけてきたから俺はこの鍵を拾えたし、今こうやってあんたは無事に鍵を手に入れることができた。もしさっき俺を素通りして行ったら間違いなく俺は鍵を拾わなかっただろうし、あんたは道をどこまでも引き返して暴漢に襲われていた可能性が高い」


 想像と呼ぶにはあまりにも具体的すぎる話だった。そういう詐欺師なのではないかと茉莉は勘ぐってここで席を立とうかという考えも過ったが、この占い師の話を最後まで聞いてみたいという欲求に耐えられなかった。


「何が言いたいのよ」

「運が悪すぎる代わりに良すぎるんだ、そんな奴に適当なこと言えるか」


 少し強い風が吹いてきた。占い師は寒さから身を守るように腕を組んで、話を続ける。

「ついでに言わせてもらうと、あんた一度死にかけているだろう? 事故か何かで生死の境を彷徨ったけど生還した、って奴をやってるはずだ」

「何でわかるんですか!?」


 今度こそ茉莉は驚いた。彼の言うことは一言一句、外れていなかった。それに、今回の予想は抽象的な意見ではなく、実際に茉莉が遭遇した出来事であった。過去を見通されたようで背筋が寒くなった茉莉は、再度占い師の顔を見る。黒ずくめの男は黙って茉莉を見つめていた。

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