地獄の高官、現世に行く。

【1】長話には要点がねぇ


 □地獄某所。

 長く美しい黒髪を靡かせた一人の剣士が戦場で舞っている。

 その姿を見た者は皆が口を揃えてこう言うだろう。

 

「「地獄で天女の舞を見た」」と。


 

 切る。

 赤い鮮血が宙を舞う。

 

 切る。

 切った奴が唸って倒れる。

 

 切る。

 私を恨めしく睨む目玉が飛び出る。

 

 切る。

 ついでに切り捨てた奴天界からの刺客の羽を喰らう。

 

 切る。

 血の雨が辺一帯に降り注ぐ。


 切る。

 魂を引き抜く。

 

 

 あ……またやって来た。切らなきゃ……


 

 □数日後

 


 「もう……無理……です……」


 

 主に日本の死者を管理する地獄。通称、『和製地獄』

 その中心、第六審判廷、閻魔御殿の中。

 一兵卒の官では入ることのできない閻魔大王の自室にて、一人の高官の声は途切れかけ……暴発した。


 

「閻魔大王……いえ、父上!私はもうこれ以上、戦いとう御座いません!

 私は!残りの有給全てを消化してでも!長期間のお休みを頂きたく存じます!」


 (とか言ってみても無駄なんだろうなぁ……)


 

「……そうか、了解したわかった

 人事部には一年ほどの休みを取らせた。とでも伝えておこう……」


 

 (やっぱり……え?『了解したわかった』?)


「ほ……本当にお休みを頂けるのですか……?

 一年間も……?」


 

「やると言っているだろう。

 それともなんだ、まだ働き足りないとでも言うか?

 いいぞ?和製地獄ウチはどこも常に慢性的な人材不足なのだ。働きたいならそれこそ、無間地獄の官達の様に十年単位での労働も……」


 

「けっ……結構です!ありがとうございます!」


 

 やった!お休みだ!

 

 お休み!何をしよう!

 

 お休み……あれ?

 

 私って普段のお休みは何してたっけ……

 

 ……

 

 ……

 

 ……あれ?


 私って……お休み貰った事……今まで無かった?


 この十と数年間?


 あれ? え? 嘘?


 私って、戦う以外の事あまり気にしてなかった?


 お休み……何すれば良いんだろう……


 

「……あっ!隊長、こんな所に居た!」


 

 一人の角を生やした官が小走りで近づいて来た。


 

 「たいちょ〜

 ……隊長?どうかされました?」


 

 「……ん?ああ、小鬼か。どうしたんだ?

 またヘマでもやらかしたのか?それとも、他所の奴等バカどもが攻め込んできたのか?」


 

「ちょ、自分がいつもやらかしてるみたいに言わないでくださいよ〜

 そ、れ、に、自分の名前はオオキっす。いつになったらちゃんと覚えてくれるんすか……」


 

「悪いな。上司と優秀な奴以外の名前は覚える予定は今は無い。おまえは他の鬼より小さいし小鬼でいいだろ。」


 

「隊長酷っ!自分、泣くっすよ?泣いちゃうっすよ?」


 

「勝手に泣いてろ」


 

「……ってこんな雑談してる場合じゃなかったんでした。

 単刀直入に聞きますけど……

 

 ……隊長、仕事辞めるってマジすか?」


 

「あーそうなのよ。ついさっき大王サマから休暇の許可貰ったんだよ。羨ましいだろ。

 で、だ。

 小鬼よ。私、休暇の使い方わからんのだが……」


 

「……マジすか」


 

「マジマジ」


 

「あの『仕事中毒』『ワーカーホリック究極形態』とまで言われたあの隊長が仕事辞めるのも驚きっすけど……

 

  「ちょ、ソレ言った奴誰だ」

 

 それ以上に隊長、お休みの使い方わかッッブフォッんっないんっブハッすかッッ」


 

「おい。笑うなって最後何言ってんだかわかんねーよ。

 とゆーかさ、真面目な話、お前らって『お休み』どう使ってんの?」


 

「っっっふははは……はぁ笑った笑った。

 で、なんでしたっけ?あっすみませんって!もう笑いませんから刀下ろしてくださいっす!」


 

 ――数分後


 

「『お休みの使い方』っすか。

 お休みと言えば地獄ツアーだったり食べ歩きだったり部屋でゴロゴロしたりっすけど……

 やっぱり一番は『現世旅行』じゃないすかねぇ。」


 

「『現世旅行』?」


 

「隊長、現世旅行も知らないんすか……」


 

「そっソレぐらい知ってるぞ。現世を旅行?するんだろ。」


 

「知らなそうっすねぇ

 まあ、普段から隊長にはお世話になってますし今回だけ特別に教えてあげるっす。」


 

(偉そうなの腹立つなぁ)


 

「『現世旅行』ってモノはすね、今から数年前に現世と地獄が直通の門、『地獄門』を公式に開いたのが始まりっす。


 数十年前までは現世と地獄っていう二つの世界は魂の状態でしか行き来できなかったっす。

 

 でも十年ちょっと前に現世側の大幅な技術進歩と人口の増加を受けた事で地獄側もそれまでの体制を大幅に変える事を迫られたっす。

 そして作られた新型地獄制度、『戦闘地獄』が始動したっす。


 それも最初は良かったっす。

 自分みたいな戦闘種族の戦闘欲求を解消できないっていう問題はどこの地獄でも大きかった問題っす。それを解消しつつ、罪人達に戦という形で罰を与えて魂の浄化を高速化するシステムは当時はすごく持て囃されたっす。


 でも、どんなシステムにも問題は付きものっす。

 今回の地獄のシステムは直接的な問題は齎さなかったっす。


 まあ、それも地獄に一才のデメリットが存在しないとまで言われた完璧システムだったから当然っちゃ当然っす。


 でも、問題は起こったっす。

 そして問題は最悪の形、魂の供給源である現世に問題を齎したっす。


 地獄で戦闘を行い、地獄の種族を倒して浄化された人間の一部が現世で異能力に目覚めてしまったんっすよ。


 当時は現世も地獄もてんやわんやだったって訳っす。」


 

「ん?

 その事件と現世旅行っていうのはどう繋がるんだ?」


 

「もう少しで終わるから待ってくださいっす。


 要は発生した能力者の対応に現世側はずっと追われていたっす。

 そして対応がある程度済んだ頃になって誰かが『この現象の原因は何なんだ』と、考えたっす。


 ――以下中略――


 そして地獄という現世とは別の世界が見つかり、現世と地獄を繋ぐ『地獄門』が開かれて、地獄から現世への旅行が可能となったっす。」


 

「ぜ、全然少しじゃなかったな……」「しゃーないっす」



「で?『現世旅行』ってのはどうするんだ?」



「あっ……」



 □



 小鬼の長い話を更に追加で聴いた翌日。

 私は異界への通行ゲート、通称『地獄門』にやって来ていた。


 

「予想以上に大きいな……」


 

「現世への通行第六門開きまーす」「現世楽しみだねぇ」「ちょっと押さないでよ!」『こちらは地獄門管理センターです。ご来場のお客様は通行カウンター前にてお並びください』


 様々な地獄の種族や霊達の声がそこら中から飛び交い、騒いでいる。

 きっと、これから現世へと旅立つ、休暇に行くモノ達だろう。

 私も彼ら彼女らと同じ列に並び、カウンターで監査される事を待っていた。


 正直言ってここの存在やサービスなど全く持って知らなかった。いつもの私がここに来ていたら何をされるかわからずにとりあえず刀を抜いていた事だろう。

 

 しかし、昨日、小鬼から地獄門で行われる事や注意事項などをしっかりと聞き出して来た。やはり、奴の情報収集能力は本当に万能である。


「次の方どうぞー」


 係のモノが次の客を呼ぶ。

 私は言われた通りに手荷物と身分証を係に預けて……


「えっ!もしや杞幽様ではございませんか!?」


 ……面倒事の予感がする。

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2024年12月13日 16:00
2024年12月15日 16:00

霊冷現世 404-フグ @404-fugu

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