第19話 幸せは永遠に
「先生! 今日は僕が一緒に寝てあげる!」
「違うよ、今日は僕の番だ!」
ルドマン家で教育係として暮らすプリムローズの寝室は、チャスとデニーの部屋に挟まれた場所にある。そのため自然と二人が寝る前には彼女の部屋に集まってくるのだった。
「やれやれ、困った子たちね。私はずっとここにいられるわけじゃないのよ。レストン伯爵家を継ぐ立場として、いずれあなたたちの教育係を辞めなければならないわ」
そう言い聞かせるプリムローズに、チャスとデニーは眉をひそめる。
「どうして? エリザベス伯母様だって、ルドマン女侯爵だけど学園長をしているよ。それなら先生だって、レストン女伯爵になっても僕たちの教育係を続けられるはずだ!」
「伯爵の仕事が大変なら、僕たちが手伝うよ。すぐに大人になって先生を支えるから!」
子供たちの真剣な眼差しに、プリムローズは胸が詰まる。この双子たちにとって、今や彼女は母親代わりであり、大切な存在になっていたのだ。
そんな折、エリザベスから縁談の話が持ち込まれる。
「良いご縁よ。フォート伯爵家の次男で、優しく誠実な青年だわ。婿入り希望というのもポイントね。レストン女伯爵になるあなたを支えてくれるに違いないわ」
「ですが、結婚はまだ考えていません……」
「あなたも年頃ですもの。ずっと、独身のままというわけにはいかないわ。頼れる夫と子供たちに囲まれた幸せな人生を送ってほしいのよ。私は自慢の教え子の幸せは最後まで見届けたいの」
エリザベスの言葉を受け、プリムローズはふとある考えを思いつく。
――頼れる男性と可愛い子供たち?……もうすでにここにいるんじゃないかしら?
プリムローズは悩んだ末に、ある結論に至る。そして、早速それを行動に移した。
「アルバータス様、少しお話があるのですが」
双子たちの受業の前に、プリムローズはアルバータスの執務室を訪ねた。
「なんだい?」
アルバータスは相変わらず書類を見ながらプリムローズに返事をかえすが、その声はとても優しい。
「エリザベス様から縁談を勧められました。でも、どうにも乗り気になれません。それで、取引を提案したいのです」
「取引だって?」
アルバータスは澄んだ青い瞳をプリムローズに向けて、興味深げに次の言葉を待った。
「ええ。アルバータス様はエリザベス様に後添えを勧められて困っていると伺いました。そこで、私がアルバータス様の妻になることで、お互いの悩みを解消できると思うのですわ」
彼女の大胆な提案に、アルバータスは目を細めて笑みを浮かべた。
「つまり、君が私と結婚して偽装夫婦になるということか?」
「そうですわ。ただの契約結婚です。お互い必要以上に干渉しないことを条件として……!」
しかし、彼の腕が突然彼女の腰を引き寄せた。軽々と抱き上げられたプリムローズは驚いて声を上げる。
「ちょ、ちょっと! 何をなさるんですか!」
「息子たちに報告するんだよ。君が私の妻になるってね」
庭で遊んでいたチャスとデニーは、父親がプリムローズをお姫様抱っこしている姿に唖然とした。
「お父様、それは僕が将来先生にする予定だったのに!」
チャスの抗議に、アルバータスは朗らかに笑った。
「先生はお前たちの母親になるんだ。これからずっと一緒にいられるぞ」
「本当に!? やったぁ!」
デニーが歓声を上げる一方で、チャスは腕を組んでため息をつく。
「お父様がライバルじゃ勝てませんね。でも……悪くないかもしれません」
「アルバータス様、これは契約結婚のはずです!」
双子たちに聞こえないように、小さな声でプリムローズが抗議をするが、アルバータスはクスクスと笑いながら答えた。
「契約でも偽装でもないよ。本当に結婚したいと思っているんだ。君は私にとって理想の女性だ。強く、優しく、そして何より家族を大切にする。その破天荒な提案まで含めて、とても魅力的だよ」
彼の真剣な眼差しに、プリムローズは言葉を失った。
「……けれど、家族を失う辛さはもう二度と味わいたくありません」
「大丈夫だ。私が必ず君を守るし、私は決して自分も含めて家族には誰にも手出しはさせない。チャスとデニーと一緒に、幸せな家庭を築こう」
***
結婚後、プリムローズは双子の母親となり、さらに二人の娘にも恵まれる。アルバータスは彼女を宝物のように大切にし、ルドマン家には安らぎと幸福が溶け合った日常が流れていた。
一方で、かつて彼女を苦しめた伯父一家はまだ生きていた。この世の地獄を狩猟奴隷として味わっていたのだ。オラールのほうは、あの仕事について5日目でワニの腹の中におさまった。
「両親を亡くした時は、本当に悲しくて……もう幸せなんて二度と感じられないと思っていました。でも、今は――最高に幸せですわ」
穏やかな微笑みを浮かべるプリムローズを、優しく抱きしめるアルバータス。その足元では、ふたりの娘たちが我先にと母親に抱きつこうと手を伸ばしていた。
「おかーたま、あたちがだっこー!」
「やだ! おかーたまはあたちのだもん! あたちがいちばんよ!」
小さな手で競り合う二人に、プリムローズは困ったように微笑む。それを見たチャスが大人びた表情で割って入った。
「こら、こら、プリムローズお母様が困ってるだろう? お母様はみんなのものなんだから、順番だよ。ブリジット、後ろに並んで!」
その間にデニーが妹たちに近づき、優しく手を差し伸べる。
「ねえ、ブリジット、フローラ。一緒にお花を摘みに行こうよ。大好きなお母様にきれいなお花をプレゼントするんだ。さ、こっちへおいで」
「あぁ、それは良い案だな。さぁ、ふたりとも一緒に行こう。可愛い花輪を編んだら、お母様はきっと喜んでくださるよ」
兄たちの優しい誘いに、ふたりの娘は小さな手をつないで庭に走っていく。その後ろ姿を見守るプリムローズとアルバータスは顔を見合わせ、どちらともなく笑みをこぼした。
チャスとデニーは、立派に面倒見の良い兄へと成長し、妹たちを大切に可愛がっていた。今日も、そして明日も――ルドマン家では笑い声が絶えることはけっしてないのだった。
おしまい
全てを失った伯爵令嬢は…… 青空一夏 @sachimaru
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