第18話 オラールの末路

「えっ? ボスが俺を見込んで、大きな仕事を任せてくれる? すごいや」


 オラールはアルバータスの護衛隊隊長であるガードナーに、満面の笑みを向けた。


「お前のような狡猾で身のこなしが早い者が適任だと、主がおっしゃった。三年間しっかり成果を上げれば、死ぬまで高価な服を着、旨いものを食べ、豪華な屋敷に住ませてくださるとのことだ」

「ほんとに? 確かに、今でもかなり好待遇でボスにはよくしてもらっているなぁ。俺、頑張るぜ。あぁ、みみっちい前の雇い主とは大違いだ」


 ガードナーは口元を歪めて笑う。

「だろう? 俺らの主は破格の大金持ちなうえに、爵位こそないが高貴な貴族の血がその身体に流れている方だ。お前は主に見込まれた幸運な男なんだよ」


「あぁ、ありがたい。しかし、ずいぶん遠いんだなぁ。もう、かれこれ三日は馬を走らせている。こんなところに敵なんて住んでるのか? 人家も見当たらないが……」


 馬蹄の音が途切れると、大きな建物が姿を現した。しかしそれは、どこか牢獄のような雰囲気を漂わせていた。窓には鉄格子が張り巡らされ、重々しい扉が冷たく存在感を放っている。

 

「三年ここでお前の役目を果たせ。生きて戻れたらまた会おう! じゃあな!」

 ガードナーと護衛たちが去ると、建物からいかつい男たちがぞろぞろと現れた。


「さて、早速仕事を始めてもらおうか……沼に向かうぞ」

「そこに敵が潜んでいるんだな? そいつらを片付けたら、俺は褒美をたんまりもらえるんだよな?」

「お前はなにもしなくていい。仕事はとても簡単なことだ」

 男たちのひとりが冷たい笑みを浮かべた。



 太陽が沈みかけた沼の辺りは、霞のような湿気に包まれていた。生臭い匂いが鼻を突き、ぬめった泥が足を取る。巨大な木の根が不気味に張り出し、暗い水面には風もないのにさざ波が立つ。何かが潜んでいる気配を醸し出し、水底からは低いうなり声がかすかに響いていた。


「なんの音だ? ここにはいったいなにがいるんだ?」

「静かにしろ。お前はそこにいるだけでいい」


 ――ここにいるだけでいい? いったいどういうことだ?


 オラールは腰まで沼泥に沈みながら佇んでいた。男たちはひび割れた手で動物の肉片を針金に固定し、沼の水面から少しだけ突き出た木に罠をかける。腐肉の臭いはすぐに水辺に漂い始めた。


 突然、音が止んだ。沼地特有の蛙の鳴き声も、風に揺れる木々のざわめきも消えた。次の瞬間、音もなく水が盛り上がり、巨大なワニの頭が水面から現れた。ぬらぬらと光る目がオラールを見据え、むき出しの牙が異様に輝いている。


「来たぞ!」

 見張りの声に、男たちは縄を握りしめワニを捕らえようとする。だが、ワニは水中に潜り、泥を激しくかき回す。オラールの視界が揺れ、足元が滑る。巨大な尾が鞭のように振り回され、オラールは叩きつけられた。泥にまみれ、手探りで木の根をつかむが、ついに意識を失いかける。


 目を覚ましたオラールは、簡素なベッドに横たわっていた。男たちが彼を見下ろして言う。

「よく助かったな。どこも食いちぎられていないなんて、奇跡だぜ。今日のところはこれで終わりだ。明日からまた頼むよ」

「ちょっと待ってくれ! これはどういう状況なんだよ? 俺はボスに大事な仕事を任されたはずだ」

「これがその大事な仕事さ。ワニがどれだけ高価か知らないのか? 貴婦人たちが夢中になるバッグになるんだぞ。お前の命なんかより、何万倍もの価値がある。それをおびき寄せる生きたエサがお前だよ」


 オラールの頭に、アルバータスの声がよみがえる。

 

 ――お前は私が見込んだ男だ。チャンスは自らつかみ取れ。


 ここに連れて来られる前、彼は貴族が着るような上質な服を纏い、豪華な食事と快適な部屋を与えられていた。それは、まさに天国だった。しかし今、オラールの目の前には地獄の扉が開いていた。アルバータスは意図的に、オラールに一度天国を味わわせた上で、奈落の底に突き落としたのだ。


「三年……三年耐えたら、なんでも手に入るって……」

「三年? 無理だな。10日もてばいいほうだろう。ワニを舐めるなよ。これは罰なんだよ。お前は前レストン伯爵夫妻を殺めたんだろう? ここはアルバータス・ルドマン商会長の土地だ。そして前レストン伯爵のご令嬢はアルバータス様の庇護下にある。とても大切になさっておられるそうだ。あの方の逆鱗に触れた者は、根こそぎ潰されるんだよ」


 オラールは、自分が騙されたことに気づいた。しかし、その事実に気づくには、あまりにも遅すぎたのだった。


 

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