第17話 クリントたちの末路

「おい、外に出ろ!  やっとお前たちの本来の仕事をするときがきた」


 どん、と小屋の扉が荒々しく開け放たれる。叩きつけられるような怒声に、クリントとスライ、ディアナは反射的に身を縮めた。ルドマン侯爵家の敷地外れの小屋に連行されて以来、まともな説明も与えられぬまま、猟犬の世話で日々をやり過ごしていた彼らには、何が起こるのか予想する術はなかった。


 外へ引きずり出されるようにして姿を現した彼らの目に飛び込んできたのは、きらびやかな狩猟服に身を包んだ貴族たちの一団だった。馬上の貴族たちが気ままに談笑する中、クリントたちは猟犬と同じ列に立たされる。


「お前たちの役目は簡単だ。犬と一緒に獲物を追い立て、仕留める手伝いをするだけだ」

「追い立てろって……」

 クリントが思わず反論しかけるも、その言葉を最後まで言い切る前に、屈強な男が犬たちを一斉に放った。容赦ない鞭が振り下ろされ、彼らは否応なく森の中へと駆り出される。


 草むらをかき分け、獲物を追うクリントたち。息を荒げながら走る音と、犬たちの吠え声が耳を刺す。地面はぬかるみ、イバラやタチアザミの棘が彼らの腕や顔を引き裂いていく。それでも立ち止まることは許されなかった。


 突然、低い唸り声とともに、血走った目のイノシシが草陰から飛び出してきた。


「危ない!」


 クリントが叫んだその瞬間、イノシシの巨体が突進してくる。鋭い牙が迫り、スライは慌てて脇へ飛びのいたが、足元をぬかるみに取られて転倒した。


「スライ!」


 クリントは叫び、息子を助けようとしたが、イノシシの進路を逸らすことはできない。今にも牙がスライを貫こうとしたその瞬間、猟犬の一匹が勇敢にも飛びかかり、イノシシの動きを一瞬だけ止めた。


 だが、それは長くは続かなかった。イノシシは犬を振り払うと、怒りに燃える目で次の標的を探す。そして、獲物を追っていたディアナへと突進を始めた。


「ディアナ、動け!  逃げろ!」


 クリントが必死に叫ぶが、ディアナはその場で凍りついていた。倒木が背後に迫り、行く手を阻まれる彼女の足は動かない。クリントはその危機を悟り、反射的にイノシシに向かって飛びかかった。


「くっ……!」


 クリントの身体に鋭い痛みが走る。イノシシの牙が脇腹を掠め、血が滴り落ちた。それでもクリントは歯を食いしばり、なんとか獲物の動きを押さえ込もうと必死だった。


 やがて、貴族たちの馬蹄の音が近づく。森の奥から楽しげな笑い声を響かせながら現れた一団は、泥と血にまみれたクリントたちを見下ろしながら口々に嘲笑した。


「ふん、ようやく役に立ったようだな。罪人らしい滑稽な姿だ」


 アルバータスの声が響き渡る。傍らにはエリザベス女侯爵の姿もある。アルバータスは悠然と馬上から弓を引き絞り、仕留めの矢を放った。血飛沫が舞い、イノシシは地面に崩れ落ちる。


「さあ、次の仕事だ。そこのお前、この獲物を担げ」


 アルバータスの命令に、スライが怯えたように口を開く。

「こ、こんな血まみれの獲物を担ぐんですか……?」

「当然だ。できないというなら、その命も不要だ」


 アルバータスが冷酷に告げると、スライは慌てて頷いた。

「やります!  やりますから、どうか命だけは……」


 こうして、スライは重い獲物を肩に担ぎ、再びアルバータスたちの後を追った。血の匂いと重さに耐えながら、スライの身体はさらに疲弊していく。クリントは脇腹を押さえながら必死で後に続く。ディアナは恐怖で身体を震わせながらむせび泣いていた。





 クリントたちの後ろからゆっくりと近づいてくる馬上の貴婦人が涼やかな声をかけてきた。彼女は満足そうな笑みを浮かべて、密やかな声でクリントたちに言葉を紡ぐ。


「伯父様たちにぴったりの仕事ですわね? 私、毎週ここに狩りをしに来ますわ」


 ――あぁ、そうか。これは私が犯した罪の報いなのか? プリムローズは前レストン伯爵夫人譲りで狩りの達人だ。今度射られるのは私の心臓かもしれない……

 

 クリントは絶望し天を仰いだ。スライもディアナも自らの行いを後悔したものの、彼らは死ぬまで狩猟奴隷の仕事を続けるしかないのだった。






 


 プリムローズ Side

 

「気晴らしに、と言われて来てみれば……普通の狩猟大会なのよね。特に変わったことはない……えっ? あれって……」


 狩猟大会に招かれたプリムローズは、途中からこの狩猟に参加していた。馬上から弓を構えながら周囲を見渡す。しかし、ふと視界の端に妙な光景が映り込んだ。


 草むらを駆ける猟犬に混じって、泥まみれの人間たちが獲物を追っているのだ。


「あれは……伯父様たち……?」


 信じられない光景に、プリムローズは目を凝らした。そこにいたのは、国外追放になったはずのクリント、スライ、そしてディアナだった。


「なぜ彼らがここに? ……」


 隣にいたアルバータスが冷笑を浮かべる。

 

「彼らは国外追放の道中で崖から落ちた、と国王に報告した。 だが、それは形だけの話さ。あの者たちにはもっと相応しい地獄を、ここに用意しておいたのさ」


 ――お父様とお母様を奪った伯父家族。その報いを受けさせる日が、ようやく来たのね。


「素晴らしい案ですわ。長く苦しんでいただく方が、きっと両親も望むでしょうから、国王の名のもとで斬首刑になるより理想的な罰だと思います」

 プリムローズは静かに言い放つ。


 「あの者たちは、君の獲物だよ。好きな時に追い詰めて狩ればいい」

 アルバータスはプリムローズに、優しく囁いたのだった。



 •───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•


 しばらく更新ができずに、申し訳ありませんでした。最近、眼瞼下垂の手術をしまして……これがですね、今のところ大失敗な気が💦 まぁ、いろいろ目の不調もありまして、今も万全ではありませんが、ようやく更新できるようになりました。

 皆様、目の手術はデリケートな部分ですので、よほどの覚悟がなければ、安易にしないほうがいいかもしれません。まだ術後経過途中ですが、今の心境は「後悔」ですかね(..;)










 

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