結局のところ

泥道

第1話

「あーあ…また負けた。これで何回目かな、有り金突っ込んで100円しか帰ってこなかったのって」


会場はきっと大歓声だ。確かに自分も狙った馬が1着だった。もっと言えば3着も当てていた。狙い目は間違ってなかったし、色々な所から情報も集めた。みんなの期待も込めた1着は、堂々と勝ちきったのだ。それを素直に喜べない自分が居る。

賭け事なんて勝ってなんぼのもので、ドラマをそこに見出すことはあっても、やはり心の底では悔しい思いも、苦しい思いもある。

これまでもこれからも、全部自分の選択があるから決まっていく。これが全部先に結果を知れていたら、全て上手くいくのに、このご時世になってもタイムマシンなんて産まれないし、今の自分の親の世代で描かれた想像した未来図なんて欠片も実現されていない。

それどころか産まれた時にはこの国の不景気は始まっていて、少しの緩和が仮にあったとしても、実感できる年齢にはなかっただろう。

本当に、今これまでの結果を持って時を戻せたとしたら自分はどれだけ幸せな生活を送れていたのかと思えてしまう。

今月の給料も仕送りに大半を使い、残った金額は食事と定期、若気の至りで馬鹿みたいに使ってしまった金額の分割払いに消えていく。僅かなお金を増やそうとしても、自分の運ではどうしようもなく増えることは無いらしい。

生きていることが馬鹿らしくなるが、死ぬ勇気なんて毎日1本早く電車が乗れる時間に来て駅のホームに立ち、通過する電車を眺めていても何にも出来やしない。

ただ、生きていれば丸儲け、なんて、実際の生活を無視した無責任な言葉だけを頭に生きている。


隠し事もある、悩み事もある、言ったってどうにもならない気持ちがある。事故でも起こってしまて、と思っても臆病者の根っこでは咄嗟に避けてしまうし、大きな病気になって死に向かうことも無く、無駄に頑丈な身体は今日も元気だ。


大きくため息を零し、流石に冷え込んできた空気の中、ホームから見える空を眺めてこれからを思い悩むが、解決策が見つからない。


「……今日も頑張るか」


まだ見ぬ客との時間、店の利益を上げるために悩む時間、品出しも終えて暇な時間、それら全てに給料が発生するのだから、やらない理由はない。

真面目に生きれば良いだけなのだが、過去の自分がめちゃくちゃに足を引っ張っているから、今更心を入れ替えても当面の問題なんて解決しそうにない。


そんな自分なのに、どうしたって人生を辞めきれない理由のようなものがあって、それを得るために無意識に生きているような気がする。

それはモテるだとか、お金持ちになりたいとか、社長になりたいとかそんな大それたものじゃなくて、些細なことなのだ。



「あー…お兄さん、これどうすればいいの?教えて!」

「こういうの探してるんですけど、同じものとか似たものありますか?」


そのアプリはこれとこれとこれだけ入力して、ダウンロード遅かったらお店のWiFi使えるし、触っていいなら手続きします。

それだったらウチにはこれがあって、お探しのものがやっぱり欲しいなら、少し先の大きい店舗にならあるみたいですよ。


「へ〜…これで値引きできる?忙しいのにありがとう!」

「んー…分かりました!ありがとうございます。折角なのでこっちも試してみて、欲しいのもまた後で買います!」


きっと、本気で感謝してる人もいるし、中には教えて貰ったお礼としての社交辞令のような挨拶としての言葉の方もいる。

本当に教えて貰うことを当然と思い、店員を何も思ってない人は笑顔を向けるどころか、顔すら見せないし感謝の言葉も簡素なものだけ。勿論その人が悪い訳じゃないし、昔の自分なら此方側だっただろう。


ただ、どんな人でも、愛想としても、無意識でも、笑顔だけは嘘じゃない。

それを見ただけでチョロくて馬鹿な自分は嬉しいのだ。

どれだけ大人になって馬鹿をやっても、心がすり減ったとしても、小さい時に見たアニメに影響された、心の奥底で生きているそんなヒーローが全ての気持ちに打ち勝ってしまうのだ。

我ながらこんな事で人生を辞められないのだから、馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。


コイツが死んで居なくなる時は死ぬ時だけだ。

だから今日も仕事場に立って、いつも口を開くのだ。

例え元気が無い日でも、元気が余ってる日でも、ちょっと面倒なアルバイトが居る日でも。



「いらっしゃいませ!」

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結局のところ 泥道 @Doromiti

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