めぐりあいの日

濡れ鼠

めぐりあいの日

僕は駅のホームのベンチに腰を下ろし、彼の到着を待った。陽射しが僕の肌を焦がし、滲み出した水分が服を湿らせる。

「ごめん、結構待ったでしょ」

走り去る上り列車を背に、彼は小走りに駆け寄ってきた。1年ぶりに合う彼は、幼顔を汗で濡らしていた。

「そうでもないよ」

僕が立ち上がりながら応じると、彼は顔を歪めて両手を合わせた。彼の仕草1つ取っても、1年という月日の隔たりを感じない。

「行こう」

松尾芭蕉の足跡を辿るように、海岸を目指す。濁りを知らない紺碧の水面を、一羽のウミネコがなぞっていく。まばらに浮かんだ島々は、豊かな松葉色の森を戴いている。綿雲を散らした空は、まるでこの海を映しているかのようだ。

「小学校以来だなあ」

彼は朱塗りの欄干に身体を預け、呟く。

「いつでも泳いで来られるのに」

彼は声を立てて笑うが、僕は上手く笑うことができない。白い遊覧船が、海面を引き裂く。橋を渡る僕の足音が、彼の笑い声に閉じ込められた記憶を遠ざけようとする。彼の瞳に映った海が大きくうねり、そそり立つ。大丈夫、ここなら、島々が彼を守ってくれる。僕は両手で欄干をつかむ。汗か涙か、僕の足元にできた染みは、すぐに乾いて消えた。

「七夕祭り、見に行こうよ」

彼の手が、僕の背中を擦る。僕は声もなく頷いた。僕たちは橋を渡りきることのないまま、連れ立って駅に戻る。ちょうど、下り列車がホームを離れていくところだった。その後ろ姿を、僕は目で追い掛ける。あの列車が向かう陸の奥地に、僕はまだ足を向けることができていない。


闇に紛れた坂を登りきり、警備員に学生証を示してキャンパスの中に入る。柔らかな芝生の上に尻を付け、上空を見上げる。轟音が次々と鉄紺の夜空に飛び出し、大輪の花を咲かせる。火薬の匂いが鼻の底をなでる。

「誕生日おめでとう」

花火の音が途切れるのを待って、僕は言う。彼は空を見上げたまま、目を細めた。薄い風が煙を追い立てていく。

「来年もまた見に来よう」

彼の言葉が夜風に漂う。次々とスターマインが爆ぜ、光の粒が降り注ぐ。

「来年の誕生日は、花火の日じゃないかも」

僕が言うと、彼は花束を受け取るように両腕を広げてみせた。

「誕生日でなくてもいいよ、いつでも会えるよ」

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めぐりあいの日 濡れ鼠 @brownrat

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