ゼロの過去1 愛姫と聖月兵器


 俺は、聖月の兵器ゼノン。それ以前の事は何も覚えていない。


 ただ、毎日、兵器として過ごしている。


 兵器だからといっても、暮らしは良い方なんだ。普通に、小さい家を与えられて、そこで自由に暮らせている。


 だから、不自由はしていない。


 それでも、たまに夢を見る。自分が、兵器じゃなければという夢を。


 夢を見たところで、現実は変わらないんだが。


「やっと見つけた」


「誰」


 そんな俺の前に、ある運命が訪れた。もしかしたら、これは、運命なんかじゃない。強い想いが起こした、必然なのかもしれない。


「おれは、フィージェティンルゼア」


 聞いた事がある。現在の神獣の王の片割れがそんな名前だった。


 つぅことは、処分の時が来たって事か。神獣にとって、ジェルドの兵器である俺は、処分対象だからな。


「処分の前に、一つだけ聞きたい」


「処分しないが、質問は聞く」


「もう一人の兵器って……えっ?」


 聞き間違いじゃなければ、処分しないと言っていた。そんな事があり得るのか?


 神獣は、自らの役目を果たすためには手段を選ばないとまで言われているのに。自らの役目を放棄するなんてあり得るのか?


 もしかして、俺を油断させるため?


 だが、俺は、別に処分を受け入れている。油断させる必要なんてない。そもそも、神獣の王が、油断させる必要なんてないはずだ。そんな事をしなくても、簡単に処分できるんだから。


 だとしたら、どういう事なんだ?


 理解できない。


「ミディリシェルは、今頃保護されてる」


「保護?」


 俺は目を丸くした。あり得ないだろ。処分するはずなのに、真逆の保護なんて。


 頭が追いつかない。


「保護なんて、する意味ねぇだろ」


「保護だ。その、一緒に来てくれるか?」


「勝手にしろ。俺は、どうでも良い。あの子が無事なら」


 ミディリシェル。あの子の事だけは、気がかりだった。


 あの子は俺とは違う。汚れていない。こんな環境で綺麗なんだ。


 だからこそ、あの子だけは、救われて欲しい。


 それ以外の事はどうだって良い。


「転移魔法を使う」


「……」


      **********


 広い家だ。こんなところで暮らす事になるなんてな。


「ふにゅ⁉︎らぶなの!」


 本当に保護されていた。けど、なんか性格違くねぇか?


 あの子は、儚く、壊れそうな子だった。こんな、いかにもおてんばそうな子じゃなかった。


「ゼロなの!らぶなの!」


「ゼロ?」


「ゼロなの!らぶなの!」


 あれか?こう言うように設定されてんのか?


 質問は受け付けてねぇのか?


「ゼロなの!らぶなの!」


 とりあえず、抱っこしてやれば良いのか?


「ふみゅぅ」


「ゼロって」


「ゼロなの……ふみゅ……ふにゅにゅ、きっとできるの」


 記憶が流れ込んでくる。これはきっと、俺の記憶。俺が兵器じゃなかった頃の記憶。


 俺は、ゼーシェリオンジェロー。氷ジェルドの王一族。ゼムレーグっていう兄がいる。俺の自慢の兄。


 それで、一番大事なのは、俺は、フォルとフィルの婚約者だ。


「フィル、契約するの」


「良いのか?」


「ふにゅ」


「ゼロ、契約しよう。ずっと一緒にいるために。みんなで」


「ああ」


 思い出した過去にじゃない。忘れていた居場所が戻ってきた事に涙を流した。


 エレが、俺の頭を撫でる。慰めてくれてるんだろう。


「ちぢめちぢめ」


 前言撤回。こいつはただ、成長した俺に不服申し立ててるだけだ。俺が、エレより背が高いのが不満なだけだ。


 今十六歳。普通に考えて、身長差がつくのは仕方が無いと思う。俺は、平均身長より低いけど。


「ちぢめ」


「そんな事して縮むわけねぇだろ」


「ゼロ、だめだよ。この子に何言っても。これ、僕もやられたから」


 えっ?


 もしかして、自分より身長高い相手は誰であってもだめなのか?


 俺の愛姫が……って、これはこれで可愛いな。


「フィルもちぢめ……ふみゅ⁉︎一番おっきぃの⁉︎」


「エレ、契約は?」


「やるのー」


 フィルだけ、ちぢめを免れてる。解せない。


 とりあえず、みんなで契約する。


      **********


 この生活も慣れてきた。


 他のジェルド達との親交も以前と比べると少ないが、できるようになってきた。


「愛姫様、頼みますから何もしないでください。部屋が汚れます。後、シンプルに危ないです」


 今日は、音ジェルドのリリフィンが、掃除の手伝いに来てくれている。


 そういえば、俺もエレも知らなかったんだが、ジェルドって、想像以上に多かった。十一だかって習ったけど、もっと多かった。その全てを統べる愛姫は本当にすごいと思う。


 それを知った後に、数回、全員と会ったんだけど、今では、全員愛姫の虜。


 みんなの相手ばかりしているエレ。ちょっと妬ける。でも、俺らが特別って知ってるから。


 少しくらいは我慢なんだ。


「エレも手伝う」


「本当に頼みますんでやめてください。なんでもしますから。本当に頼みます」


「エレ、こっちで遊んでようぜ。たまには、俺の相手にしろ」


 ちょっとわがまま言ってみる。最近は減ったから。一緒にいる時間。


「ふにゅ。遊ぶの。可愛く遊ぶの」


「女装は却下だからな」


「みゅ?魔法の道具をいっぱい作る遊びだよ?」


「それ楽しいか?」


「楽しい」


 エレの趣味は変わっている。かなり変わっている。


 調合が趣味とか、魔法の道具を作るのが趣味とか。

 普通の女の子のような遊びに興味なし。でも、おしゃれとか、可愛いものとかには興味あるらしい。

 最近お気に入りの髪型は、お団子ツインテール。


「ふみゅ⁉︎ドレスの準備するの忘れてたの」


「俺が選ぶの手伝おうか?」


「ふぇ?」


 エレが俺をじっと見つめる。もしかして、俺に選ばれるのはいやだったのか?


「どうしてそんな当然の事聞くの?」


「……どうしてだろうな」


 自然の流れ?で俺が選ぶ事になった。つぅか、手伝うって何か知ってんのか?こいつ、全部俺に選ばせる気満々の顔してんだが。


「ゼロ、これどう?可愛い?」


「全部俺が選んでんだから当然だろ」


 なぜか得意げに言ってる。自分でも分かんない。


 エレは満足そう。今度集まる時にドレスを着ていくんだ。エレは、愛姫だから。本当は普段から、こういう服でいれば良いんだが、エレが直ぐに転ぶからって、普段は普通の服になった。


 でも、こういう集まりの時だけは、ドレスを着ていく。意外と貴重な姿なんだ。


 それにしても、髪型をどうするかが悩みどころだな。エレは、昔から髪が長くて、いじり甲斐があるんだ。今回も気合い入れて、可愛くしてやらねぇと。


「フォルとフィルにも見せたい」


「集まりの時に見せて驚かせれば良いだろ」


「ふみゅ。そうするの。お化粧できないから、その分髪型に気合い入れるの」


 エレは、肌が弱いから化粧はできない。けど、元々白く澄んだ肌に、綺麗な薄ピンクの唇。ほんのりと赤く染まっている頬。化粧いらずだ。


 けど、ここへ来た頃は、肌質が悪かったんだ。かなり荒れていた。だから、エレの肌でも大丈夫な保湿液とか色々と塗って、綺麗な肌にしたんだ。


「ゼロ、これ、どうやって脱ぐの?」


「脱がしてやる」


「ありがと」


 普通は気にするんだろうな。異性の裸になるから。けど、もう慣れてる。子供の頃から、何度も見てきたから。エレの世話は、俺とゼムでしてたから。


 エレは、ずっと一人だったから、俺とゼムが、頻繁に遊びに行って世話してたんだ。


 だからもう慣れてる。


「ぷにゅ。ゼロ、愛姫として命令なの。このドレス姿は、みんなに内緒なの」


 可愛すぎる命令に、思わずクスッと笑った。エレは、頬を膨らませて抗議している。


「了解しました。愛姫様」


「ねぇ、了解じゃなくて、承りましたじゃないの?」


「別に良いだろ。その辺は気にしなくて」


「ふみゅ。みんながエレ大人っぽい。エレは大人な女の子なんだって言うのが楽しみなの」


 言う未来が見えない。本人には言えないが。


 綺麗とか、可愛いとか、そんな感じの感想は抱くと思う。俺も抱いた。けど、大人っぽいは無いと思う。


 そう言えば、ここで暮らし始めて、俺といる間は、愛姫姿を見た事ねぇな。


「ゼロ、大好きなの」


「俺も、エレの事が大好き」


 なんて事のないやりとり。俺が好きなやりとり。このやりとりが、今日は俺のエレだって思う。幸せな時間。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月12日 17:00

星月と蝶 〜星月と蝶が語る転生の記憶と想い〜 碧猫 @koumoriusa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画