エレの過去2 エレはかのお方から寵愛を貰った


 ジェルドの兵器。聖星兵器ミディリシェル。失敗作の兵器。

 誰も必要としていない。ずっと一人。それが私。


 私の記憶は、八歳くらいから始まった。それ以前は何も覚えていない。自分が何者であったかなんて、全部忘れた。


 私は、ずっと、願っている事がある。それは、ここから出る事。消える事。


 みんなも思うでしょ?

 兵器なんて、いない方が良いって。兵器は人を傷つけるだけの存在なのだから。そんな存在は、いない方が良いんだって。


 そう思わない?


 私は、そう思う。兵器なんて要らないって。ましては失敗作の兵器。兵器として使いたい人達にとっても、私は要らないと思う。


 だから、消えたい。消えていなくなりたい。それが、みんなにとっても、私にとっても、一番なの。


 そう願っていた時、私は、彼と出会った。


「……聖星兵器ミディリシェル。こんなとこに隠されていたのか」


 見た感じ、私と変わらないくらい?


 男の子?女の子?


 分かんないけど、私を閉じ込めるこの牢へとやってきた。


「何しにここへきたの?」


 私がそう尋ねると、その人は


「兵器を壊しにきた。でも、気が変わった。お前の事は俺が育てよう」


 同い年なのにとかそういうのはどうだって良いの。ただ、そんなの要らない。


 私は、消えたいの。壊して欲しいの。


 でも良いか。どっちにしろ、私はもう消えるんだ。生きられないんだ。


 私は、魔力吸収量が多く、それに身体が耐えきれなくなっている。だから、もうそろそろ、限界を迎える。それまでの、暇つぶしくらいに思っていれば良い。


 兵器として使われないだけマシだと思っていれば良い。


「好きにして。どうせ、私は生きられないんだから」


「生きたくないのか?」


 どうして、どうしてそんなに悲しそうに聞くんだろう。


「そうだよ。兵器なんていない方が良いんだから」


 そう答えると、泣きそうな顔をした。どうして、私は、兵器はいない方が人のためなのに。


「……ねぇ、連れ帰るなら名前くらい教えてよ」


「フォーリレシェーアミェルス・エティンジェッド・ヴァルシェリーヴだ」


 流石に聞いた事あった。今代の神獣王の片割れの名前。でも、神獣王ってヴァリジェーシルなんじゃ?


 ヴァルシェリーヴといえば、生命ジェルドの王一族の家名。どうしてそれを使っているんだろう。

 なんて、私が気にする事じゃないか。


      **********


 牢から連れ出されて、連れてこられたのは、とても広いお家。今日からはここで暮らせって。


 私、こんな暮らし始めて。


 危険だから。不安定だから。そんな理由で、閉じ込められていたから。


 三日間経っても慣れない。


 なんだかいづらくて、外で散歩する。


「やっと見つけたぞ!兵器ミディリシェル!」


 ずっと一人にさせていたのに。放っておいていたのに。出たら出たでこれ。


「空っぽの貴様が、何故こんな事をしている!早く戻れ!手間をかけさせるな!」


 空っぽ。分かっている。でも、その言葉だけは、いつ聞いても、苦しい。悲しい。


 その感情は、今の私には毒だった。その感情が、私を私じゃなくさせた。


 暴走する魔法。全てを破壊する兵器としての魔法。


「そうよ。空っぽなの。だから、この世界も、全部全部空っぽにしてあげる」


 楽しそうに笑う私。別人みたいというか、私の意識は、底へと堕ちている。これは、植え付けられた人格。だから別人で良いと思う。


「手間をかけさせるな!」


 だめ。刺激すれば、余計に、破壊する。


「まったく、それについては同感だ」


 隠れてきたのに、どうしてこんなに早く見つかるの。

 どうして、見つけてくれるの。


「あははははは、破壊する対象が増えたわ」


「僕は君と話す気はない」


 あれ?ここ三日間で知ったけど、一人称は俺。二人称はお前だったんじゃ?


 でも、こっちの方がしっくりくる。


「やっと会えたのに、邪魔されてムカついてるんだ。僕がどれだけ待ったと思ってるんだよ。愛姫の頼みなんだと、どれだけ我慢して来たと思ってるんだよ。なのに再会したら覚えてないなんて、良い加減にしろよ」


 愛姫……そうだ。私は、愛姫って呼ばれていた。それ以外は、思い出せない。でも、それは、確かな記憶。


 ねぇ、私を、ここから出して。あなたを教えて。私を教えて。


「何を言っているの?私は空っぽなの!だから、全部空っぽに」


「空っぽな姫があんな事言うはずないだろ!あんな顔するはずないだろ!僕のエレを君が穢すな!」


 ああ、そっか。そう、だったんだ。植え付けられた人格なんて存在しない。なんとなく分かっちゃった。


 これは私だ。私の一部だ。悲しくて、不安で、泣いている。そんな私だったんだ。


「僕のエレは、可愛くて、優しくて、ドジで世話焼きで、何もできなくて、僕らが大好きで、どんな僕でも受け入れてくれて……そんな子なんだ」


 うん。半分悪口。でも、そう思ってくれている人に、これ以上そんな顔させたくない!

 これ以上、守られてるばかりなんてや!


「……フォル」


「おかえり、僕のエレ」


「エレってなんなの?私、愛姫しか思い出せなくて」


「君の名前だよ。エンジェリルナレージェ・ミュニャ・エクシェフィー。それが君の本名だ」


 愛姫としての役割とその記憶の一部。私は、それを本名の中に入れておいたんだ。それが、本名を知った事で溢れてくる。私、愛姫として皆と一緒にいたい。そう願ってみんなの顔と名前が分かる記憶を残しておいたんだ。


「……フォルはもっと可愛かったのー‼︎」


「えっ、エレ?あの、成長って言葉知ってる?」


 つい本音が漏れちゃった。


 私の知っているフォルは、まだ子供だったから。可愛かったから。


 その時の記憶から、成長していないから。


「暴走が止まったか。大人しく来い!」


「……べぇー。兵器としての役目は、もう終わってるもん。あとはエレの勝手なの。フォル、いこ」


「うん」


 私の帰る場所は、フォルとフィルのところなの。って何か忘れてる気がする。気にしないでおくの。


 フォルが転移魔法で、お家に帰してくれた。


      **********


「エレ、契約したい。僕に、君の寵愛をください」


 帰るなりこれ。おかしくない?立場逆じゃない?今の私はただの兵器なんだから。愛姫なんかじゃないんだから。

 フォルは神獣の王なんだから。


「それ、私が言う事なの。契約も、約束通りするよ」


「ありがと」


 普通は、契約って儀式とか必要だけど、私達は違う。


 手を重ね合わせて、互いの指輪に魔力を注ぐだけ。


 指輪が何かって?指輪は指輪なの。


 ジェルドの王一族が持つ指輪。普通の指輪とは少し違って、権能を使う時に役立つとか、魔法媒介として役立つとか、色々あるけど。


 そもそも、武器になるとか。


 それに、普段は目に見えないの。指輪は、ジェルドの王である証であり、王自ら顕現させるものとか言っていた気がする。


「これで契約が完了だ。これからもずっとよろしく」


「ふみゅ。よろしくなの。エレは、フォルの寵愛を独り占め……ふみゃ⁉︎ゼロを忘れてたの!」


 エレは大事な人を忘れてたの。フォルとフィルと婚約する時に選んだ片割れ。


 忘れてたの。


「かのお方の寵愛はエレとゼロだけのものなの」


 神獣の王は、名前で呼ばれない。みんなかのお方って言う。それを真似てみた。


 ちょっと欲張り。フォルだけじゃ飽き足らず、フィルの方まで求めてみる。これでも婚約者だから。でも、ちゃんとゼロと一緒に。


「うん。そうだね。婚約者の君らだけだよ」


「知ってるの。ゼロがどこにいるかは知らないの」


「フィルが探しているから、見つけていると思う……愛姫様、御慈悲を」


「みゅ?何があったの?」


「食材切らしてた」


「そのくらい気にしないの」


 食事は魔力を回復するためにするもの。あと、好きでするの少しある。だから、そこまで必要とはしていない。


 なのにどうして、そんな事を……何この匂い。


「小さい魔物が入って、全部腐らせた」


「ぴにゃぁぁぁぁ‼︎」


 ちっちゃくて黒いあれがウジウジいるの。やなの。御慈悲をとか言う前にどうにかしろなの。


 逃げ場がないの。逃げられないの。


 浄化魔法。浄化魔法で浄化すれば良いんだ。


 えっと、浄化魔法ってどうやって使うんだっけ?


 あれ?そもそも魔法ってどうやって使っていたっけ?


 ふみゃぁ。焦ると何もできないの。


「浄化浄化っと」


「ふにゅぅ」


 フォルが浄化してくれて事なき事を得たの。


 あの黒いウジウジしている小さい魔物は、人に害は無いけど、なんかやなの。

 ふぇ、凶暴で、浄化対象は変わりないの。ただ、攻撃力が低くて害は無いだけ。小動物とかいれば、とっても大変な事になるの。


 そもそも、こういう魔物の殆どは、人の悪い感情から生まれてくるの。無限発生なの。その魔物は、討伐しないと、人だけじゃ無くて世界まで害を与えるの。


「ふみゅぅ。ぎゅぅ」


「……エレ、キスも良い?」


「ふみゅ」


 とりあえず、安心。それに、フォルの寵愛を受けられて嬉しい。

 落ち着いたら、改めてそう思ったの。

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