フォルの過去1 大好きな婚約者


 俺は、フォーリレアシェルス。生命ジェルドの双子王だ。

 俺の隣には、双子の兄のフィージェティンルゼアがいる。


 俺とフィルは、神獣の王になるべく、日々訓練を受けている。というか、むりやり受けさせられている。拒否権なんて存在しない。


 今なんて、何の説明も無しに、超危険な魔の森にポイってされて、そのまま二十日間放置されている。

 しかも、魔法一切使えない状態で、武器も持たせてもらえていない。


 ジェルドや神獣に、人の子の基準でものを言う事はできないけど、俺達まだ五歳。ジェルドや神獣でも、こんな危険プレイさせられない年。絶対おかしい。こんな事を、笑顔でやらせるなんて。


 あの笑顔、思い出すだけでムカついてくる。あの鬼畜鬼教官め。

 

 神獣の王としての自覚とか言って、座って勉強していた頃がどれだけ楽だったか。


 魔物に追われては、逃げての繰り返し。森だから、一度逸れると、見つかりそうになくて、ずっと手を繋いでの行動。


 身を守るための道具なんてなく、寝る事すらまともにできない。


「絶対、あの鬼畜鬼教官の顔から笑顔を消してやる」


 フォルは、温厚なんだ。こんな事をされても、訓練だからと、生き残る事だけを考えている。でも、僕……俺は違う。あの鬼畜鬼教官の顔面から、笑顔を消す。その一心でここまでやってきた。


 訓練期間は、二十日間と言うのだけは、最後に聞いていた。だから、チャンスは今日だけしかない。どうにかして、あの鬼畜鬼教官の想定を覆してやる。


「フィル、逃げてるだけじゃなくて、一体くらい、魔物を倒そう」


「武器も魔法もなくどうするんだ?」


「これを使う」


 ここの木は丈夫なんだ。だから、その枝なら、武器になると思う。しかも、この木は、魔力に触れると、剣になる。

 魔物討伐にはもってこいの枝だ。


 体術は、できはするけど、苦手。だから、武器の代わりがあるのはありがたい。


「これで、あの鬼畜鬼教官を驚かせてやる」


 目の前にいる魔物は、四足獣。毛がふさふさで、そこは避けた方が良い。毛で邪魔される。狙うは、毛の無い場所。頭付近だ。


 俺は、枝を手に持って、地面を蹴った。


 魔物の頭上へ飛び、枝を突き刺した。


「あっ、折れた」


 いくら丈夫な木から折れて落ちていた枝と言えど、というか、折れて落ちている時点で、強度は知れている。


 枝が綺麗に折れた。


「私のフォルをいじめるのだめなのー!」


 魔物の尻尾が、俺の目の前で止まった。


 反撃を受ける事は無かったけど、それに気を取られて、地面に落ちた時に、足を捻った。


「フォル」


「大丈夫。少し、足を捻っただけだから」


 まだ続いていれば、致命的だっただろう。でも、もう終了のようだ。


 ほんと、何やってんだろ。あの鬼畜鬼教官の顔面から笑顔を消したい。驚かせてやりたいって、そんな事で、大切な婚約者を泣かせるなんて。


「今、怪我治すね」


「……ごめん」


「良いの。私は、フォルとフィルの婚約者なんだから」


 そう言って、俺の足を治そうとしてくれる彼女の後ろで、魔物が狙いを定めている。


「エレ、魔物が」


「私一人で来るわけないよ」


 そう言って微笑む彼女は、エンジェリルナレージェ。

 エレは、魔物に見向きもしない。


 信頼しているんだ。彼の事を。


「フィルは怪我ない?俺も、癒し魔法使えるから、治せる」


 もう一人の婚約者のゼーシェリオンジェロー。彼が、魔物を氷漬けにした。


 俺とフィルは、二人で一つ。それに、性別という概念がない。一応、黄金蝶だから。

 そんな俺達に、二人の婚約者が与えられた。それが、この二人。


「ああ。おれは大丈夫だ」


「良かった」


「……フォル、帰って休も?あまり、むりしないで?」


「そう、だね」


 俺の目には、普通は見えない魔力が見える。魔力との親和性が極めて高い。その体質は、常に身体への負担が来ている。


 無理のしすぎだ。僕が、自分から無理していただけなのに、そんな顔で泣かないで。


      **********


 無理のしすぎで気を失っていたのか。気がつくと、俺の部屋。って、今は別に、ジェルドとしてでも、神獣の王としてでもない。完全な私有時間。


 こんなふうに、王としていなくて良いのか。


「どうしてあんな事したんですか!私が来なければ、大怪我していてもおかしくなかったんですよ!」


「……ごめん。愛姫」


「反省しているんでしたら良いんです。あんな無茶して、どれだけ心配かければ気が済むんですか。暫くは、ここで大人しく休養を取ってください。ヨエンディ様の了承も得ています」


「はい」


 エレは僕の婚約者。僕の婚約者であり、聖星の兵器でもある。でも、もっと前。エレが生まれた時から持っているその名は、愛姫。愛ジェルドの王一族。


 愛ジェルドは、他のジェルド達とは違う。特別な存在なんだ。


 ジェルドの王一族は、一定周期で子を成す。だから、全てのジェルド種に、同年代の子がいる。

 その同年代の子、次期王達の庇護下にあり、次期王達への命令権を持つ姫こそ、愛姫。聡明姫とも呼ばれている。


 愛ジェルドの王一族でも、エレは特に次期王達から愛されている。何も無しに全ての王の寵愛を受けるのは、エレくらいじゃないかな。


 本来、愛ジェルドは、その外見で、他を魅了する。それで、命令権を持っている。

 エレは、そんな事できない。でも、寵愛は受けている。この子のこの性格で。


 魅了するから愛姫には逆らえない。じゃない、逆らう事だってできる。でも、誰も逆らわない。


 僕もその一人。だから、命令されれば、逆らう事なんてできない。この子の優しさに、逆らいたくなんてない。


「ついでに、フォルが大人しくしておくように、監視をつけます。私達で監視します」


「話し相手になってくれるの?」


「むりしない程度に、遊び相手にもなります。あと、二年しか一緒にいられないのですから、私も、できる限り一緒にいます」


 あと二年、か。この子が、兵器としての役割を与えられるまで。二年間。


 ほんとは止めたい。でも、今の僕にそれはできない。許されない。


『世界を壊そうとしている誰かがいるのです。それを優先してください』


 この子が、全ジェルドの次期王にした命。その命がある限り、僕らはこの子を助けられない。


「そんな顔しないで。また、いつか会えるの。フォルが助けてくれる。視えてるから、大丈夫だよ」


 ほんとに強い子だ。世界に生きる全ての人達のために、この子は、この子らは決断したんだ。兵器として利用される事を。

 世界を破壊しようとしている相手が、表立って行動するそのきっかけを作るために。


「……エレ、僕と契約してくれる?」


「それは、再会した時に。フォルが、本当にしたいって思うなら、いくらでもするよ」


「うん。変わらないよ。僕の気持ちは。婚約者としてじゃなくて、僕は君を愛してる」


 そう。変わるはずない。この感情は。


 僕らの婚約者が決まった日。僕らは、ジェルドの王としては異例で、早くから婚約者が決まった。


 確か、僕らが三歳の時。


『立候補は誰もいないのかね?』


 僕ら、生命ジェルドは、他と違う。特に今代は。僕らは、黄金蝶、神獣の王になる事がすでに決まっていた。


 みんな、僕らと婚約なんてしたがらない。そんな中、あの子だけは違った。


『わたちがなりまちゅ。兵器であっても、ジェルドの次期王でちゅ。問題ないでちょう』


 みんな、あの子に注目した。驚いていた。止めていた。でも、あの子は


『愛ジェルドが、愛をおちえてあげずに、誰がおちえるんでちゅか!わたちは、愛ジェルドとちて、婚約に立候補ちまちゅ』


 そう堂々と言ったんだ。大人達の前で。ほんとに、あの子は、愛姫なんだと思う。


『なら、もう一人はおれが』


『ぼくが』


 愛姫が立候補したんだ。男の方は、一斉に立候補してきた。その中で、二人だけ、あの子を見ていた。


『もう一人はゼーシェリオンでちゅ。わたちが、お世話ちないとだめなので』


 その言葉で、静まった。誰も、反論をしない。まだ三歳。でも、理解しているんだ。あの子の決定が全てだと。


 あの子も、理解していたんだろう。自分の言葉が、どれほどの効力を持っているのか。


 あの日、僕は、幼いながらに恋をしていたんだ。自ら、僕らの婚約者になると宣言したあの子に。だから、嬉しかった。


 その恋は、変わる事がないだろう。どこか遠くへいたとしても。


「ずっと、愛してる」


「私は、愛なんて分かんないよ。でも、フォルが、それを知ってくれて良かった。ちゃんと、教える事ができたの」


 エレは、その権力に興味を示さなかった分、愛姫でなければならなかった。愛を与える愛姫は、愛を知らない。愛されないからなんかじゃない。理解してないんだ。


 この子は、僕が愛していると言っているのを、理解していない。ただ、愛というものを、僕に教えられて、喜んでいるだけなんだろう。


 喜ぶ顔が見れるのは嬉しい。でも、寂しい。

 エレは、愛ジェルドの能力を出さないようにしている限りは、愛を知る事はない。それが。寂しい。


『良いか。愛姫の番になるのであれば、余計な感情を持つな。抱くな。それが、己のためになる』


 正式に婚約者として選ばれた後、大人達が揃ってそう言った。二年前は、理解できなかったけど、今ならそれが理解できる。


 この子を愛する事の苦しみが。


 でも、僕は、それで諦めない。諦めたくなんてない。子供だから、そう言っていられるのかもしれない。それでも、僕は、エレに愛を知ってほしい。


「他の人の感情を読むのは苦手。でも、次期王達の感情を読むのはできるの。だから、そんな悲しい顔しないで?」


「……僕、エレに愛してほしい」


「それは、できないよ。私は愛姫だから。愛ジェルドの王一族の中でも、愛姫と呼ばれるのは、特別なの。愛姫だけが、真の愛魔法を使えるから」


 愛姫は、誰かを愛するだけ強くなる。というか、愛魔法を使える。その愛魔法を使えなくするためにではなく、その愛魔法をより強化するために、愛姫は愛を知る事ができない。


 詳しくは知らないけど、そう教わった。


「でも、もし、もしも、それを叶えられる日が来るのであれば、私は、フォルを愛してみたい。ゼロを、フィルを、愛してみたい。そう思うよ」


 ああ、恋って、すごいね。これだけの言葉で、こんなにも、嬉しくなるんだ。魔法みたいだよ。


「私、そろそろ行かないと。今日は、知ジェルドのおねぇちゃんとお話しするんだ。いつも私にいろんな事を教えてくれる人なの」


「うん」


「……今日は良いの。別に約束なんてしてないし。フォルが寂しそう」


 エレは、優しいんだ。だから、誰も逆らおうとしない。


 こうして、僕が寂しいのに気づいて、側にいてくれる。それだけで、どれだけ嬉しいのか、気づいてくれていないだろうけど。


「ありがと」


「婚約者なんだから。優先するのが当たり前。知のおねぇちゃんが、そう言っていた。私、何も知らなくて、守る力なんてなくて、みんなと一緒にいてあげる事しかできないけど、それでも、いてくれる?私を守ってくれる?」


「当然だよ。僕、エレを守る」


 これはきっと、他のみんなもおんなじ。エレのためなら、いくらでも力になる。側にいる。守ってあげる。支えてあげる。


 ジェルドの王は、エレと共にあるんだって言うべきなんだけど、今日は、独り占め。僕以外の事は言わない。婚約者なんだから、このくらいの独占は許してよね。


「……みゅ?そこって普通、他ジェルドの王達もとか言うんじゃないの?」


 バレてたか。流石は、ジェルドの王一族に話を聞いているだけある。


「だめ?」


「ううん。良いけど、分かんないから。それが、愛っていうものなのかな。だとしたら、とってもすてきだね。楽しそうで」


「うん」


「エレが、休む時間無くしちゃだめなの。眠って良いよ。ずっと隣にいるか……隣で寝てるから」


 ほんとに素直な子だよね。自分が眠いからって、寝る宣言したよ。


「寝るなら、ベッドの上来て寝たら?僕、エレとぎゅぅってして寝たい」


「ふみゅ⁉︎抱き枕でねむねむなの!」


 うん。ちょっと何言ってるか分からない。そんなとこも可愛いから良いけど。


 ベッドの上に来たエレをぎゅぅってして、目を閉じる。

 疲れていたのかな。思った以上に無理していたからかな。


 目を閉じると、いつもより早く、眠る事ができた。

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