第21話 恋人関係が終わる時?(2)

「ちょっと待ってよ。君、チューってしたことある?」


顔を上げた彼女は、とにかく可愛いかった。


肩にかかる黒髪は毛先が少し内巻きで、大きなレンズの黒縁メガネ越しでも分かる程の大きな目。地下じゃないガチアイドルにいても良いくらいに顔が小さくてかわいい。腕や体の線も細い。


外見パラメーターの全項目が振り切れている、だ。


第二図書室で机一杯に本を広げた状態で項垂うなだれる。という、どれだけ陰キャぶった奇行をしていても、その顔であれば、むしろ逆に可愛いとさえ思えてくる。


一挙手一投足が全て可愛いに繫がる、彼女が持つ先天的な陽キャ成分を私は見逃さない。


と言うか、誰も見逃さないでしょ、これは。


彼女の顔の造形をじっと観察する。に告白されて付き合わない男の子が居るのだろうか。

言わばゴキブリ…じゃなくて、男の子ホイホイみたいな。


決して、には太陽君を近づけてはいけないような気がする。


とにかく見た目は良い。

それは認めるけれど、性格はどうなの?


開口一番で出てきた質問内容もおわっているし、どうせ彼氏を取っ替え引っ替えしているんでしょ。もしくは、精神が不安定な人だったりするのかな。


本当は関わり合いたくは無いけれど、話しかけられた以上は深層心理を読んでみたい。

私と全く違う生き方をしてきたであろう、彼女の心を。


でも、どのように話しかけるのが正解なのか、友達の少ない私には分からない。三花ちゃんをここに召喚出来たらいいのだけど、それは無理だから……。


そうだ!

彼女の心に聞けばいいじゃん。


『友達って、どうやって作るの?』

『ノリで話しかけて「ウェーイ!」で、気づいたら友達だよー』


──!?


ノリで話しかけて、「ウェーイ!」って……何?


つまり、陽キャとして話しかければいいってことだよね。

ならばイメージするのは三花ちゃんだ。三花ちゃんを私に憑依させてから話しかける。そうしよう。


「おーい、聞こえてるー?キスしたことあるって聞いたのだけどー?」


チューとかキスとか繰り返して言うな!

今から返事するから、もう少し待ってよ…。


なけなしのノリを絞り出して、三花ちゃんばりのハイテンションで返事をしてみる。


「チューはしたことないかも!急にどうしたの?悩んでることがあるなら、話聞くよ!!(三花の声真似)」

「……………。」


――おーい、聞こえてるー?


彼女は何も聞こえていないかのように、ぽつんと私を見つめている。


「君って、情緒不安定な子?」


ガーン……

私の中の三花ちゃんを、心のゴミ箱に押し込んだ。


「すみません。普通にします」

「あはっ、面白い女の子だねー。用があって第二図書室に来たの?隣、座る?」


促されるままに隣の席につくと、気になるのは彼女から漂う香り。

これを嗅ぐことで、男の子は恋に落ちてしまうのだろうか。


──太陽君ってどんな匂いが好きなのかな。


いやいや、そんなことよりも彼女が図書室で何をしていたのか確認しないと。


「何をしていたのですか?」

「調べものー。ちょうど恋愛の本を読んでいるんだよ」


――うわっ。恋に関する哲学書じゃん。


意外と頭良いのかな。もしくは何かしらのショックで、正常な思考が出来ていないか。


そもそも調べもので哲学書を開くことってあるんだ。しかも恋の。


詳しく背景を聞いてみたいけれど、昼休みは無限じゃない。何とかまずは部活へ誘導して、じっくりと話す時間を確保しなくては。


その前に、最低限これだけは心を読んでおかないと危険だ。


『彼氏はいますか?』

『うーん、居るっちゃあ居るよー』


ならば、太陽君に会わせても良いね。

彼氏が居るんなら、太陽君を取られることもないし。


私の脳内で鳴っている危機感センサーは手動解除して。美味しい紅茶が飲めることを口実に、何とか部活に顔を出して貰うとしよう。


「紅茶は飲めますか?」

「え?いきなり何ー?」

「紅茶はダメですか?なら、緑茶、コーヒーもありますけど。え、もしかして炭酸水?エナドリ派ですか?」

「ん??何がー??」


──は?


ダメだ。話が噛み合わない。

見知らぬ相手との会話ってどうすればいいのだっけ。


前提の説明が不足しているのかな?

友達が居なさ過ぎて分からない。


「急にドリンクバー始まってる?ほうじ茶が好きだよ……?」


クソッ。ほうじ茶派か。イラついてきた。

何とか紅茶って言ってよ。


「それならですね。美味しーい紅茶か、ただのほうじ茶なら?」


私は真っ直ぐに彼女の目を見つめ続けて、気持ちで圧をかける。


──紅茶と言え!!


「ただの、ほ…………紅茶かなー?」


よっしゃ!


「あの、一緒に紅茶を飲んでくれませんか?部活の時間空いてますよね。無料ですよ!」

「いやー、意味が分からなさすぎて……」

「一生のお願いをここで使います!何卒!」


初対面の相手に一生のお願いを使いつつ、両手を合わせて頭を下げる。これ以上私に出来ることはないし、良いというまで頭を上げるつもりもない。


「困ってることは分かったけれど、本当に紅茶飲むだけー?」

「ちょっと根掘り葉掘り。では無くて、おしゃべりはします」


マズい、少し本音が漏れた。


「もしかして、上級生に私を連れてくるように脅されたりする?必死すぎて……」

「違います。全部自分の意思です」

「自分の意思だったらだったで怖いんだよねー。でも切羽詰まってそうだし……。しょーがない。良いよ、行ってあげるから頭を上げて。あなたの名前は?」

「ありがとうございます!一年の企比乃結姫です」

「私は二年の秋見愛可あきみあいかだよ、よろしくねー」


上級生だったのか。

過程はどうあれ目的は果たせたので、満を持して顔を上げる。

私って、やる時は出来る子なんだよな。


「あの、私、茶話ちゃわ部という部活の部長をやってまして。そこで、お悩み相談会をやっているんです。秋見先輩の悩んでることを聞いてみたいなって。紅茶飲みながらとか、どうですか?」

「そういうことね!最初からそう言ってよー」

「私、悩んでそうな人には目がないので」

「そんな風に見えてたの?ちょっとショックかも……」

「あ、そうじゃなくて。そうなんですけど、そうじゃないんです」

「いいよ、言いたいことは分かるー」


印象良く話すって難しい。話すほどにボロが出てしまう。


「私がお悩みを言ったら、あなたのお悩みも聞けるの?」

「あ、はい。お悩みは無いので、彼氏との惚気のろけ話で良ければ……あっ」

「え、彼氏居るのー?」

「居ないように見えましたか?こう見えて居るんです。太陽も部員なので、来たら居ますよ」

「わお。彼氏がいる場所で惚気話をするとか、君ヤバイね。興奮してきたよー笑」


何で太陽のいる場所で言わなきゃいけないんだ。私の口のアホ!

身から出たサビ。もうボロが出過ぎてボロボロだよ。


でも、部員獲得のためだ。背に腹は変えられない。


「恋愛の話、好きなんですか?」

「女子で嫌いな人はいないよ。私って実はモテるしー。結構悩みも多いんだぁ……」

「それで、そんな本を……」

「そうそう。恋愛の真理って何かなって思ってねー。スマホで調べても薄っぺらい回答しかないし、友達に聞いてもただの恋バナ聞かされるだけだしー。それで思ったんだよ。恋愛感情は人間が昔から持ってるものじゃん!てね。新しい発見があると思って図書館で調べてたところー」

「成果はあったのですか?」


「成果はね。例えば、広◯苑で“恋“って言葉を引いてみたことある?」

「ないですけど……」


秋見先輩はピンと人差し指を立てながら、得意気に続ける。


「私はこの図書館にある辞書という辞書をかき集めて、”恋”を引いてみたのだよ。この広い机いっぱいに広げてねー。それを転記したのが、この手帳になるんだけど、見て!」


コンパクトな手鏡のような小さなメモ帳に、米粒のような文字がびっしり埋まっている。字自体はきれいな丸文字。だけど、普通に小さいので見づらい。


「うーん、ん?見ずらいですね」

「あ、そうだよねー。ごめんごめん。要約するとね、恋は移ろうものだと思うんだよ」

「移ろう?一定じゃないってことですか?」

「その通り!君、頭良いねー。恋について調べると、辞書ごとに全部似たようで違うことが書いてあって。それらは全部違うけど、全部“恋“なんだよ。一番古くてボロボロの辞書の“恋“も、一番新しくてピカピカの辞書の“恋“も、全部全部“恋“なんだよ!同じ恋でも本や時代ごとに定義が変わっていく。今までも、もちろん、これからも。これって凄くないー?」

「……凄いと思います。ちょっと手帳借ります」


改めて、メモ帳を目を細めて見る。

万葉集では、恋は亡くした人への恋を連想させるとか、どうとか、なんとか、エトセトラ。


恋の定義に、ここまでの多様性があるとは。

中々に興味が深い……


秋見先輩だっけ。ちょっとこの人に興味が出てきたかも。


──友達になりたいかもしれない。


「恋愛の哲学書を見てたのも意味があるのですか?」

「まあねー。例えば、恋を大きく分類すると何種類あると思う?」


白は二百色あるとか言うけれど、恋は何種類あるのだろう?


「恋に種類があるのですか?」

「ふふ、分かんないでしょ。それがここに書いてあったよー」

「何種類あったのですか?」

「ヒミツだよー」


うん。ちょっとイラついた。覗いちゃえ。


『恋は何種類あるの?』

『四種類(※末尾注)だよ。意味は分かってないけど笑』


理解していないことを問題にしないでよ。


「あはは、怒らせちゃったー?なんか凄いこと書いてあるように言っちゃったけど、別に本を読んだからって、特に何かが分かるって訳じゃないよ。そもそも恋自体に意味があるかどうかって、分かんないじゃん。面白いからしてるだけだよー。君は恋を面白いと思う?」

「はい。面白いと思います」

「そっか、いいね。なら友達になろうよ!」

「え、いいの?」

「オッケーオッケー。私、彼氏を取っ替え引っ替えしてたから、女子全般から嫌われてるし、ちゃんとした女子の友達欲しかったんだー」

「見た目は陽キャなのに友達居ないんですね」

「そう、男友達ばっかり。何でだろうね。紹介してあげよっかー?」

「結構です」

「即答するねえ。はは、そりゃそうかー」


>>♪~♪~♪♪~~~


「マズい!始業のチャイム鳴ってる!時間忘れて話しちゃってた。ごめんね。じゃあ、また部活でー」


そう言い残して、颯爽と走り去っていった。


面白い人だったな。

恋に種類なんて、哲学って面白い。


四種類を順に制覇してスタンプラリーでもしようかな。


さて。

私も教室に戻らないといけないけれど、この辞書達は一体誰が片付けるの?


~~~~~~~~~~~~~~~~~


◯作者コメント


新しい登場人物、清楚系めちゃカワ女子の秋見先輩が登場しました。

一応進学校なので、頭よさげなキャラが多いです。


結姫ちゃんは友達の作り方が分からずに、一方的に言いたいことを言っただけなのですが、今のところ何故か上手く行ってます笑

すんなり部員になってくれれば良いのですが、、、


注:

恋が4種類というのは、

スタンダール「恋愛論」を参考にしました。

興味がある方はググってください(⁠;⁠^⁠ω⁠^⁠)

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