第16話 【閑話】滅茶苦茶な任務(2)

前話からの続きです。


【大月君視点】

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腹をくくって転校してきてから、既に一週間が経っている。

僕の頼りはエヴァ支部長のへんてこなアドバイスだけだ。


任務だけ考えれば良い訳ではなくて、普通に学校の勉強もしなくちゃならないから、部活に入る余裕もない。


特に重要なのが、クラスメイトとのコミュニケーション。

さりげなく、ターゲットである企比乃さんと二城さんの情報を集めないといけないし、彼女らにラブレターを送る可能性がある人間も知っておく必要がある。


──ああ、難しいっ。


少し、いつもの任務らしくなってきたかもしれないな。







転校してから早くも二ヶ月が過ぎた。

ようやく下調べと仕込みが完了したので、新品の高級茶葉を開封してのパーティーだ。


誰も居ない自宅でのボッチ開催。それもまた一興さ。



茶葉に95°Cのお湯を注ぐと、紅茶の色が染み出てくる。

この時間は人生の中で、一番の幸せな時間だ。


お湯を注がれた茶葉と、ティーセットに向けて語りかける。


「この僕の二ヶ月の成果を聞いてくれないか」


紅茶に話しかけるなんて、義父とうさんに聞かれたらと思うと恥ずかしくていられない。


けれど、週に一日しか帰ってこない彼は当然居る訳もない。

それが分かっていての一人語りだ。


「まず、二城さんから。彼女は分かりやすすぎて凄かった」


彼女は、男女問わず友達が多い。

男子から彼女について話が聞けるというのは大きかった。


男同士であれば「なんだあいつのこと気になってるのか?」なんてイジられるだけで、持っている情報を放水期のダムのように全部出してくれる。


彼女は男気が強いというか、ムカついた男子を平気で殴るという噂があって。同じ中学だったという生徒によると、高校生になってからは一回だけしか殴ってないらしいけれど、昔はもっと尖っていたらしい。友達も高校生になってから一気に増えたという。


「ヤンキー気質があるんだろうね、きっと」


野球部のマネージャーをしていると教えて貰ったので、同部でマネージャーをしている女子生徒にも話を聞いてみた。

どうやら、二城さんは運動神経の良い坊主頭が好きなようだ。


話を聞いたその女子生徒には「大月君は諦めた方がいいよ。まずは坊主にして出直してこないとね笑」なんてバカにされてしまった。けれど、正直言って、彼女は僕が付き合いたいと思うタイプではない。坊主にもしなくないし、僕は運動神経も普通だ。


彼女を彼女にするのは諦めようと、そう決めた。


「次に、企比乃さん。彼女は逆に分からなさすぎだ」


そもそも、彼女と会話をしたことのある生徒が見つからなかった。

そんなこと本当にあるのだろうか。


クラスメイトでさえも、先生に当てられて問題の解答を言う時以外、彼女の声を聞いたことが無いという。しかも、ボッチで友達もいない。体育の授業で移動する時とトイレの時以外に、自分の席を立たず、寄り道もしない。部活をしてもいない。


──彼女は一体何を楽しみに生きているのだろうか?


「入学式の時に二城さんと一緒に下校していたかも」という目撃証言があったから、恐らく彼女たちは同じ中学だと考えられる。


ただし、二城さんに直接、企比乃さんのことを聞くのは無しだ。

ターゲットとの接触は最低限にする。これまでの任務ではそうしてきた。決して、話しかけるのが怖いからではない。


企比乃さんを探る上での唯一の手がかりは、週一度開催される勉強会。彼女はそこだけは欠かさずに参加するらしい。


ということで、僕も一度参加してみた。

その場に居た全員の顔と、出来れば名前も記憶した。名前を覚えてばかりで、全く何の勉強をしに行ったのか分かったもんじゃない。


そして後日、顔と名前を思いだしながらその日勉強会に参加していた生徒にローラー作戦で聞き込みをする。

すると、“彼女は頭がかなり良いらしい“ということが分かった。


──ダメだ。何も分からない。何の成果も得られない。

──一体何者なんだ。企比乃さんは。


手がかり無しで詰みだ。終わりかなと思った。


「しかし!そこで挫けなかったのが大月太陽という男さ!」


勉強会は上級生が下級生に勉強を教えるという都合上、上級生は自分の勉強に専念するために夏休み前に卒業をする。普通の部活同様にね。

だから三年生の勉強会OBへの聞き込みが出来ていなかったという訳。


僕は三年生の勉強会OBに対してもローラー作戦を行った。

結果、良い情報を聞くことが出来た。


──どうやら、三年の景山先輩は企比乃さんを好きらしい


「それを知った時、僕はめちゃくちゃ嬉しかったんだ」


あとは、その先輩を囃し立てて、ラブレターを出させればいい。

それでエヴァ支部長のアドバイスを達成できる。


僕は、自分も企比乃さんが好きなことを先輩に告げて、公平に同日にラブレターを出すことを提案した。

決行は一週間後の水曜日。


「男同士、恨みっこ無しでね」


そこからの一週間は、床にぶちまけて散々になった茶葉を拾い集めている時のように辛く、時の流れを遅く感じた。


ラブレターを書いたことが無いから、どう書けば分からない。

その手紙をどういう封筒に入れればいいのかも分からないから、一番風格があってカッコいい、漆黒で重厚感のある封筒を買ってきた。


「とにかく考えないといけないことが多すぎるんだよ」


忙殺されるような日々で気づかなくて、つい最近自覚出来たことがある。それは、企比乃さんについて話を聞いて回るにつれて、僕は彼女のことが少し気になって来ているということだ。


頭が良いらしいし、僕の好きな女の子の条件も一つクリアしている。彼女はいつも自分の席にいるから、何回も横顔を見る機会があって、群れている生徒を見下すような冷たい表情は、よく見ると綺麗でかわいいさを感じる時もある。


──僕は実は、彼女と付き合ってみたいのかもしれない


これが恋ってやつなのだろうか。

エヴァ支部長は一体どこまで見越してるのですか?


本当にアドバイスを信じてますから!


一度も話したことが無い僕から、急に長いラブレターが届いたら困るだろうと思って、メッセージは出来るだけ短くした。

自分が書いたラブレターを読み返せば読み返すほど不安になるけれど、もう考えても仕方がない。このまま出そう。


エヴァ支部長のアドバイスによると、靴を脱がせないといけないから、野外に絨毯を敷こう。

人目につきづらいところは、校舎裏かな。


「そうだ!紅茶を振る舞えばいいじゃないか!」


僕という人間を一番分かって貰えるだろう。

先生との関係性も構築して来たから、昼休みか部活の時間なら紅茶を淹れても怒られないし。


レモンをカットするために持っていこうとした、フルーツナイフだけは許可が出なかった。けれど、こっそり持っていく。

万が一、二城さんに殴られそうになった時の護身用だ。


「もうそろそろ良い頃かな」


紅茶が出来たので、カップにティーポットを傾けて、赤茶色の輝く液体を流し込む。


ついに明日、ラブレターを下駄箱に投函する。

この一杯を飲みながら、告白の言葉を考えるとしよう。


「今は特別な関係でも無くて、それほど特別な感情もお互い抱いてはいないと思う。──」


こんな感じでどうだろうか。


会話をしない謎多き企比乃さんと、ついに話すことが出来る。

彼女はどんな声をしているか、今から気になって仕方がない。


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◯作者コメント


大月君が結姫ちゃんに告白をする直前の裏話でした。

少しでも彼の好感度が上がれば幸いです。


大月君はエヴァ支部長を信じているので、失敗するとは思っていませんが、初めて尽くしで不安でいっぱいでした。


過去話も一旦終わり。

次話より、本編に戻ります。

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