第11話 ケンカ上等(2)

ガラスが割れて、思わず顔を見合わせた。

幸い私達に怪我はない。


教室を見渡す。

散乱した破片に、野球のボール。


なるほど、状況は理解した。

片付けが大変そうだ。


「先生を呼んでくるよ。ガラスに触ると危ないから気を付けて、少し待っていて」


そう言うと、太陽君は走って出て行った。


掃除道具を用意して廊下で待っていると、野球部員と女子マネージャーの三花ちゃんが階段を上がってやって来る。


「結姫ちゃん、この辺のガラス割れてない?怪我してない?」

「私は大丈夫。窓ガラスはあの通りお陀仏だけどね。もう先生呼びに行ってる」

「あちゃー、やっぱ割れてるかー。とりあえず破片集めちゃおう」


無言で手に持っていた掃除道具を野球部男子に渡す。

泥と汗臭そうな坊主(野球部男子)は受けとると、申し訳なさそうにTボウキで破片をかき集め始めた。三花ちゃんと私もそれに続く。


こういう雑務は三花ちゃん苦手だろうな。

部活では上手いことやっているのだろうか。


そんなことを考えながらガラス片を集めていると、早速集中力を切らした声がする。


「結姫!このガラス片見て!破片が集まってペンギンの形してるー」


――何だって?


私はペンギンに目がない。

ガラス片だろうが何だろうか、見ない訳にはいかない。


家ではペンギン三兄妹のぬいぐるみと毎日一緒に寝ているし、私の棺桶に入れてもらって死後までも可愛がりたいくらいにはペンギンが好き。

もはや、概念が好きなのだ!


細かい破片なら刺さっていいや、という気持ちで三花ちゃんの下へ飛んでいくと、何故か野球部員も寄ってくる。


「どれどれ。ほー、これはこれは」

「どこがペンギンだよ!?抽象画か?」

「三花ちゃんが言うんだから、どこをどう見てもペンギンなの!ここ見て、この尖り具合は明らかにくちばし」

「違うよー、そこは胴体。ここがくちばし」


――!?


「分かってねえじゃんか」

「全ての事象に正解は無いんだよ。正解と思っているだけで」


坊主は適当にあしらっておけば良い。

別に喋りたくもないし。


それにしても懐かしいな……

昔はよく、こんな感じで似てもないのに「似てる似てる」言って三花ちゃんと遊んでた。


散らばったガラスを見ながらしみじみした気分になっていると、三花ちゃんはガラスで象られた概念ペンギンに声を吹き込む。


「ははっ!僕は成長したら元の一枚ガラスになることが夢なのさ!(某ネズミーランドの裏声)」

「二城さんのイメージが崩壊していく……」

「はは。昔からあんなんだよ」


三花ちゃんは野球部で猫を被っているみたい。


「大人になったら、野球ボールが当たっても割れない強化ガラスになるのさ!(〃裏声)」


そう言った直後。

粉々だったガラス片が全て綺麗に消え去った。


「「「え?」」」


三人揃ってキョロキョロと見渡すと、割れたはずの窓ガラスが全く元に戻っていた。

何が起こったのか理解出来なさ過ぎて、驚くもくそもない。私は冷静にツッこんだ。


「ペンギンの夢、叶うの早くない?」


そこに先生を連れた太陽君の足音が、階段を上がってくる。


「結姫、待たせた。……って二城さん」

「結姫"ちゃん"ね(圧)」

「分かってる。分かってるさ……」

「大月君。割れたガラスはどこかな?」

「先生そこです。って、あれ?」


太陽君が示す窓ガラスは、新品のような輝きを放っている。他のガラスと比べると際立ってピカピカだ。


生徒に舐められないように髭を伸ばしているのが丸わかりの二十代半ばの先生は、怪しみの目で言う。


「もしかして、冷やかしか?」


これはマズイと、私は頭をぐるぐるして言い訳を考える。


「先生違うんです。私が音に驚いて教室に来てみたら野球ボールが飛んで来ていたので、窓が割れたと勘違いして太陽君に先生を呼ぶように言ったんです。でも、よく見たら窓が空いてて、実は割れて無かったということなのです」

「そうか……。今は窓が閉じているのだが、その時は空いていたという訳だ?」


――ギクッ!


先生の疑いの目は、太陽君から私へと標的を変えた。

勘の良い先生は嫌いだよ。


「もうすぐ下校時間ですから、締めておかないとと思って締めました。ね、三花ちゃん」

「そうさ!(某ネズミーランドの裏声)」


何で楽しそうなの?

先生に堂々と嘘ついているのがそんなに面白い?


「……まあ、割れてないなら良い」

「お勤めご苦労様です!」

「二城、すぐ調子に乗るな。ボール持って早く部活に戻りなさい」

「りょ!」

「君もホームランを打つのは良いけどな、向きを考えなさい」


そう言い捨てて、先生が階段を降りていく。


「結姫……さん。何があったのかな?」

「三花ちゃんが窓ガラス直した」

「うん、直しちゃった!」


私達三人の仲が思いの外良くて、野球部員は居場所が無さそうにソワソワしている。


「さて、一件落着だね!君は部活に戻って。私がガラスを直したことは他言無用ね。もし言ったら……分かるよね?」

「わ、わかってる」

「ホントかなぁ?野球出来ない体にしちゃうかもよ」


三花ちゃんはゆっくりと歩き、おもむろに窓ガラスに触れて不敵に笑む。一体何をしようとしているのか……。

とにかく、何とも言えない凄みがある。


「本当に分かったから!!」

「私は仲間には優しいの。君は体格が良くて長打出来る才能がある。もし窓ガラスをまた割ってしまっても私が直して、有耶無耶にしてあげるからね。どんどん割っても良いんだよ???」

「分かった、分かった。もう二度と割らない!」

「いい子だね、部活に戻る!はい、走る!」


坊主は教室の外に一塁でもあるかのような速度で飛び出していく。


「三花ちゃん、野球部でのキャラ付けどうなってるの?」

「お姉さんキャラでやってるの。さっきもアメとムチを上手く使ったと思うんだけど、どう?」

「どこにアメがあったの?」

「え?、窓ガラス割り放題のところ……」


どこがだよ!!

窓ガラス割り放題のアメって一体……


「上手くやってると思うけどな。二年生でも私の言う通りに動いてくれるし。さっきのも二年生なんだよ。小学生力士みたいだよねー」


「小学生見たことある?」と言いたくなるくらいには、中二にしか見えなかったけれど。まあいいか。


「そうだね。上手く行ってるならいいんじゃない?」

「だよね!」

「えぇ……」


太陽君からの視線が刺さる。


「それで、お、お、つ、き君。君、何か知ってるよね。急にガラスが元通りになる訳ないし。君と出会ってからおかしなことが起こる頻度が増えたんだけど、何かしてるよね。いつ教えてくれるのかな?流石に勿体ぶり過ぎだと思うよ。君は、結姫と私の仲間だと信じているけど」

「ぼ、僕は野球部員じゃない……」

「結姫もどう思う?」

「私も三花ちゃんと同じだよ。正直に言うことって大事だと思う」

「うっ……」


太陽君の表情が硬直し、血の気が引いていく。


ごめんね、太陽君。

でも、私も知りたいから。


「大月君、年貢の納め時だよ!」

「三花ちゃん、そんな言葉よく知ってるね」

「一回言ってみたかったんだー。で、どうなの。言うの?言わないの?言うの?」


私達は穴が開くほどの熱量を持って、太陽君を見つめている。

彼の黒目は斜め上の空を見たままで目線が合うことはない。


「……言いたくない」


かたくなだ。だけど私も引く気はない。


「言いたくないならさ、具体的に理由を教えてよ。言いたくない訳があるんだよね?」

「僕は今が好きなんだ。だから、出来る限りこのままの日々が続いて欲しい。知らない方が良いこともある。聞いてもきっと幸せにはなれない」


何、それ。

何の理由にもなっていない。


「私は無知で幸せに生きるよりも、全てを知った罪で死ぬ方が良い。太陽君と付き合い始めたことだって、恋について知りたかったから、あ……」


ふと思った。

これ以上進めると、ケンカになって仲に亀裂が入るかもしれないと。

これ以上責めてまで聞き出すことなのだろうか。


太陽君との仲と、この情報と、大切なのは一体どっちなんだろう。数瞬は迷った。

けれど、私は徹頭徹尾、性悪で独りよがりで利己的な人間だった。


「言わないなら、太陽君の心を読んじゃうから。私も三花ちゃんみたいな超能力があるんだよ。心なんて無闇に覗くようなものじゃないでしょ?だから今までは太陽君の心は読まないようにしてたけど仕方ないね。私に覗かれるか、自分で言うかどっちがいいの」


これは脅迫だよ。


でも私達付き合ってる訳だから、どうしても聞きたいことは答えてくれてもいいじゃん。

そういう思いで、太陽君の返答を信じて待つ。


「……僕は結姫さんとケンカしたくない」


その目は少し潤んでいる。


「それは私も」

「僕は君と少しでも長く一緒に居たい」

「そっか。それは隠し事をしてでも?」

「うん」


分かり合えなくて、心が苦しい。

心の距離が遠ざかって行く感覚に陥る。


――はあ、呆れた。


仕方ない、ケンカ上等だ。


「私が知りたいことを太陽君は教えてくれない。だから私は、君の心を覗く。もうこれは運命で逆らえないことなの。私が心を読んで何かを知ったとしても、太陽君との関係がどうなるかなんて誰にも分からないよ。今、太陽君が出来ることは、教えたくないことを知った私の彼氏として出来るだけ長く上手くやっていく方法を考えること。それだけ」


所詮私は知識欲だけの、口と思考と性格が悪い論理人間だよ。

このくらいのことでケンカになるなら、どちらにせよ長続きなんかしない。


私の意志がガチガチに固いこと、伝わるよね。太陽君を初めて睨む。


「ああ、もう!わかった!言うから。僕が悪かった!」

「「ホント?」」

「二週間後の土曜日、予定を空けておいて。ちょっと出掛けるよ」

「今は言わないの?」

「僕が説明するよりも大人から聞いた方が良いから」


なんだ。今じゃないなんて拍子抜け。


「分かった。今日はもう聞かない」

「えー!結姫諦めるの?」

「諦めるんじゃ無くて、譲歩。太陽君も意見を変えてくれたでしょ?歩み寄らないと。お互いにね」


これ以上言い合っても意味は無さそう。

無意味なことはしない主義だ。


「ちぇ。当然私も行くから」

「そうしてくれた方が都合が良い。それと、悪いけど今日は一人で帰るよ。ごめん」

「え……、分かった。また明日」


太陽君は荷物をまとめると、急用でも出来たかのようにそそくさと帰ってしまった。


……


「三花ちゃんと最後にケンカしたのっていつだっけ?」

「覚えてないねー」

「久しぶりにイライラした」

「彼氏とケンカ……青春だ」


三花ちゃんは遠い目になる。

こうなったらもう相談相手にはならない。


三花ちゃんだって、前に彼氏でもない男子と廊下でケンカしてたよね。殴ってた。

それは青春ではないのだろうか。


「早く部活に戻らなくていいの?」

「あ!普通にヤバい!またね」


背中を見送ると教室には私一人だけ。

別に寂しくは無いけれど、下校時に繋ぎなれて来た右手が空いているのが少し気になった。


~~~~~~~~~~~~~~~


◯作者コメント


早速ケンカです。(タイトル回収👍️)

不穏な感じになってきました。


そして、三花ちゃんの能力も判明。

流石の三花ちゃんでも、二人の関係は元には戻せません。


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