一部 二章 人を好きになるということ
第10話 ケンカ上等
恋人になったら何をするか、何をしたいのかを全く考えていなかった。
付き合うこと自体が目的となっていたと気づいたのは、告白されて家に帰ってすぐのことだ。
次の日は、少し学校に行くのが億劫で、どんな顔して太陽君に会えばいいか分からなくて、そもそも会うべき頻度も分からなくて、別に会わなくても良いとさえ思う。
結局いつものように登校して、自分の机とトイレを往復して、下校する。同じような日々になるのかなと想像していた。
けれど、その心配は全くの杞憂に終わった。
告白された翌日。
帰り際まではいつもの日々と同じで。特に用事もないから太陽君に会いに行く必要も無いし、このまま帰ればいい。
そう考えていた時、教室に彼がやって来た。
「良かった、まだ帰ってなかった。一緒に帰ろう」
「…いいけど」
私だけに向けられた、その言葉が単純に嬉しかった。
照れ隠しで無愛想な顔をしているのがバレているのか、太陽君は微笑んだ。
お付き合いを始めて、一ヶ月が経過した。
手を繋いで一緒に下校したり、家庭科部を横目に家庭科室でお湯を沸かしたり、校長先生とお茶会をしたり、紅茶を職員室の冷凍庫で凍らせて紅茶氷を作ってそれで薄まらないアイスティーを作ったり、レモンを学校に持ち込んでレモンティーを作ったり、許可を取ったり、許可を取らなかったり、その他色々エトセトラ。
週に二日くらいの頻度で私を誘うので、その誘いにいつも乗る。誘ってくれるのは、何も考えなくても良いし楽だ。
部活はしていないので、授業終わりは基本的に速攻直帰をキメめていたんだけど、最近は減ってきた。
一人で過ごして来たので、誘ってまで何をするのかが分からないから、今まで自分から誘ったことは無い。
誘われたら断れない人と思われていそうだけど、全然そんなつもりも無い。
一ヶ月で分かったのは、本当に太陽君は紅茶が好きということ。
いつも紅茶を淹れてくれるから、もうそろそろ私が淹れてあげようかと思っている今日この頃。初回はコーヒーを淹れて驚かせてみようかな。ってのは冗談。
最近の授業後の時間は、お茶会をするか、勉強会に行くか、もしくは、まさに今のように二人で空き教室に残って宿題をしてから帰るか。
そのどれかが定番になっている。
太陽君も帰宅部だったので、いっそのこと私と二人で紅茶部でも創ってしまおうか。
活動内容は、紅茶を飲みながら勉強すること。
勉強が出来ない人は、もちろん紅茶を飲むことは出来ない。泥水でも啜らせながら、問題集を解けるまで解かせたい。
部活が終わる時間まで勉強をしたら、部活終わりの三花ちゃんと一緒に帰る。
凄い健康的で健全な学生生活を送れているような気がする。このまま行けば、まともな大人になれるかもしれない。
ちなみに、三花ちゃんは野球部の女子マネージャーをしている。理由は、運動の出来る坊主が好きだから。
野球部の男子が聞いたら、ひっくり返って喜ぶに違いない。
――って、また気が抜けてた。
余計ことばかり考えてると、宿題が進まないんだよ。それでも丁度解き終えた。さすが私。
太陽君は勉強が出来る方だが、私の方が一枚上手だ。宿題を太陽君よりも早く終わらせて、サイレントにマウントを取ることを最近の生きがいにしている。
「結姫、集中してるとこ悪いけど、この文章題を教えて欲しい。この問題文からどうしてこの答えになる?」
太陽君は三花ちゃんが居ない時だけ私を呼び捨てにする。ちょっとでも私と近づきたいという気持ちが伝わってきてムズムズする。
気になるだけで、別に嫌では無い。
さて。
問題のどこが分かっていないのか心を覗いてみるとするか。
『なぜだ?公式に当てはめて考えて、式を変換しているのに数が合わない。途中式をちゃんと解答に書いておいてよ、省くな!結姫より賢くなって教えられようになりたい。力不足で悔しい』
太陽君と校舎裏で出会ってからというもの、日々日々より心が深く読めるようになってきていると感じる。
そのお陰で太陽君がどこで躓いているかが手に取るように分かる。
何故か心を読めない時もあるのだけれど、それでも強く想えば大抵何かしらは読み取れてしまう。
私は太陽君の良い先生になれていると思う。
向上心のある良い生徒だから教えがいもある。
「使う公式は合ってる。必要なのは、文章題をきちんと読み取ること。何の分野の問題かを把握して、使いそうな公式を予想する。そうしたら、その公式に当てはめる値を一つ一つ文章の中から探せば良い。思うに、文章題のこの一文を間違って理解してる気がする。慣れるまでは焦らずに図示してみると良いよ。はい、描いてみて」
「なるほど!ここがこうだから……」
考えている横顔をつい見てしまう。
真面目で素直なところは見習いたい。
「あ!そういうことか!ありがとう!」
「うん、いつでも聞いていいよ」
「もう宿題終わったのかい?」
「さっきね」
全て解き終えた宿題ノートを太陽に向けて掲げる。
「本当だ。それにしても相変わらず字が汚いね。文字は心を映すと言うだろう。君にそんな字は似合わない」
「善処したいけど、宿題を綺麗に書く意味が無いよね。私の為だけに書いている文字であって、先生に見せる為じゃない」
「そういう考え方もあるのかな」
「きれいに書こうと思えば書けるよ」
ノートの隅に"大月太陽"と書く。
家でたまに練習している成果もあって、トメ•ハネ•ハライまで慣れたもの。
「ほら、太陽の為に書く文字ならこれくらい綺麗には書けるけど。ダメかな?」
「……君には敵わないな」
そうでしょ。
口で私に勝てる人はそうそう居ない。
「汚いと言えば、三花ちゃんの部屋なんて凄いんだよ。物を捨てられないから溜まって行く一方なのだけど、凄いきちんと整頓してて、綺麗なゴミ屋敷って感じ。整頓された箱が天空までゴミのように積まれてて、それでもどこに何があるか全部覚えてるんだって。最近は更に凄みを増してきてて……」
「見た目の割に……意外だね」
「そうなの!意味が分からないことも言ってて、捨てても物が戻って来ちゃうんだって。捨てられない言い訳にしか聞こえないよね」
「そ、そうだね」
『物が戻る?そういう観測分体なのか?』
心を読んでいたら、また知らない言葉が出て来た。
太陽君は私達に言えない秘密がある。それは付き合い初めてから一月経つ今も変わらない。
言う気が無いようだし、それに関する情報は読めないのだから仕方ない。出来るだけ気にしないようにしている。
私も心が読めるってことを秘密にしているからお互い様だ。もし聞かれれば教えてあげても良いけれど。
…
宿題は終わったので、太陽君の横顔を見つめながら世界史の暗記をしている。
もうそろそろ彼も宿題を終えそうだ。
そう思った時。
パリッ!!ガシャン、ドン!!!
「「わっ!!」」
突然窓ガラスが割れ、粉々に破片が散乱した。
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◯作者コメント
一章二部始まりました。
のんびり目に更新していきます。
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