第8話 男の子と告白(4)

間もなく、大月君が帰ってきた。

少しずつ夕日が傾き始めていて、もう三十分もすれば下校し始める時間になる。


「屋外で飲む紅茶はどうかな?」

「…好き、だと思う」

「そ、それは良かった」


彼は少しだけ照れて、直ぐに元のすました顔に戻った。


そう言えば終始、大月君に気を利かせて貰ってばかりだ。

何も準備してこなかったけれど、せめて口先だけでも気を配れる感を出したい。


「家からクッキーとか持ってこれば良かった…」

「事前にお茶会に誘うと書いておけば良かったかな。言葉が足りなくてごめん」


その言葉を聞いた途端、三花ちゃんに怒りのスイッチが入る。


「足りないとかそういう次元でも無いよ!そもそもラブレターに誰でも良いって書くのは最低だから。私なんかその日にゴミ箱に捨てたよ。千円は貰ったけど。そもそも何で千円入ってたの!」


雰囲気に呑まれて忘れていたことを思い出した三花ちゃんは、矢継ぎ早に畳み掛けた。


その声を飲み込むように、大月君はゆっくりと紅茶を一口して、カチりとティーカップを置く。


「誰でも良い訳じゃない。僕が手紙を送った人なら誰でもいいという意味で、実際、君達二人だけに送ったんだ。最低と思うことは自由だけど、僕はどう思われようが気にしないよ。誰か一人でも僕のことを分かってくれる人が居ればそれでいい。ねえ、企比乃さん」

「??……うん」

「結姫、騙されちゃダメだよ?本当にコイツで大丈夫?」


確かに、私達以外に黒い手紙を貰ったって話は聞かなかった。全員に配っていたら、クラスでその話題が出てこない訳がない。


大月君をビシッと指差して、三花ちゃんは続ける。


「私の結姫をそそのかすのは許されない重罪だから。今まで箱入りで育てて来たんだから!」


私は三花ちゃんの娘でもペットでも無い。無いけれど、大切に思ってくれていて少し気分が良い。

一旦、三花ちゃんの味方になってあげよう。


「大月君は私を唆しているの?」


二対一の構図になり、得意げになった彼女は言う。


「貰った千円は、結姫と一緒にファミレスで使ったよ。返さないから」

「それは良い使い道だね。千円貰えると丁度嬉しいかと思って。だから入れたのさ」


大月君がそう言うのと同時に、脳に直接、別の声が響いて来た。


『違う、嘘だよ』


──!?


ASMRのような立体的な声質に驚いて、一瞬目を見開いた。


直感で分かる。この声は大月君の心の声だ。

恐らく、脳に響いたこの声こそが真実なのだろう。


知ろうとしたことが何となく分かったりする不思議な現象は今までに何度もあった。最近だと、校門の先生が結婚出来た理由とか、大月君が本当に手を洗ったかどうかとか。

それでも、ここまで明確に声が聞こえたことは無かったけれど。


私が彼の本意を知りたがったから、心の声が教えてくれたのかな。


それにしても何故、ここで嘘をついたの?

つくべき理由がある?


うーん……。嘘をつく意図が分からない。


何にせよ。

私の興味は完全に彼を向いている。これほど他人が気になったことは今だかつて無い。


何故、彼のことが気になるのだろう。

景山先輩のことは全く気にならなかったから、ラブレターを貰ったからということでもないし。

単なる興味?もしくは恋?彼氏になりそうだから?


人生経験が少なすぎて、自分が大月君に対して抱いているこの感情が何か分からない。


ただ、部分的に分かっていることもある。


それは、彼の本心が知りたい。

彼の行動原理が知りたい。と思っているということだ。


このようなシチュエーションを用意したのは何故か。

私達は、どうして紅茶を飲んでいるのか。


私と彼の違うところを詳らかにしたい。

彼についてより深く理解してみたい。


――もっと彼の頭の中を覗きたい


心の中で、『何を考えているか教えてよ』と問いかける。

すると、またもや彼の声が、脳に直接響くかのように聞こえてきた。


『こうすれば彼女が出来ると言われてラブレターを書いた。こうすれば彼女が出来ると言われて、趣味の紅茶を振る舞った。僕は、全くおかしな人だと思われているだろう』


「何……それ…………」


脳に響く声は、普通の声とは違う。

声が聞こえなくなっても、今その声を聞いたかのように脳裏に焼き付いて、いつでも鮮明に内容を思い出せる。いつでも脳内再生出来る。


イメージが頭に強く残るので、少し頭痛がする。

そんなことを知るよしもない大月君から、心の声が止むこと無く届く。


『確かに「誰でも良いから彼女が欲しい」とは言ったさ。でもここまでして結局は変人だと思われただけで、ダメじゃないか。■■さんも失敗することがあるんだな』


頭痛のせいか、鼻血が出るような気がして鼻がむずむずする。

どうやら彼は「変人と思われているだろうから、付き合うことは出来ないだろう」と考えているようだ。


「結姫ちゃん、どうかした?」

「大月君、違ってたらごめん。ラブレターと言い、紅茶と言い、全部何かおかしいよね。本当は誰かに言われてこんなことをしているの?付き合いたいというのも嘘なの?」


大月君の目をまっすぐ見つめると、一瞬だけ彼と目が合って、すぐに目を逸らされる。


風が吹く。木の葉が擦れる音だけが聞こえる。

そんな時間が何秒かあった。


「…企比乃さん流石、凄いね。その通りさ。僕は、言われた通りにしているだけだよ。けれど、付き合いたいというのは本当。君たちのどちらかを彼女にしたい理由がある」


彼から脳に響く声が、『嘘はついていない』と示す。


「……分かった」

「やはり、言う通りだった。企比乃さんと恐らく隣の彼女はということか」


一体何を言っているのだろう?

この、脳に響く声についてのことだろうか。


大月君が私のこの能力のことを知っている訳が無い。


「全く、気付かれてから“これ“を言わないといけないとは想定外だよ。…ごめん、企比乃さん。さっきから変なことばかりだけど、まだ出来ていなくて、しなくちゃならないことがあるんだ。もう少し付き合って欲しい」


大月君は椅子から立ち上がり、私の目の前まで近づく。

そして、私の目の前で片ひざをついて、私の方を見上げた。


──??


これから何が始まるのだろう。

隣の三花ちゃんを見ると、ただ難しい顔をして静かに座っている。


「企比乃さん。今は特別な関係でも無くて、それほど特別な感情もお互い抱いてはいないと思う。でも、僕には企比乃さんで無ければならない理由がある。君にとっても僕がそういう存在で居られたら嬉しい──」


これって。もしかして。告白が始まってる?



=============


◯作者コメント


掴めない、何かを隠している大月君。

それでも告白を強行する。

(その理由が分かるのは少し先になります。)


あらすじで心を読むと書いてますが、ついにちゃんと読めました、、、

伏線は一応張ってあったのですが、急展開だと思うので着いてこれてますか?分かりづらかったら書き直します。

(世界観の説明はつまらないので、超能力周りの設定は後々小出ししようと思い、現時点ではほぼ描写してません)


とにかく、次回、結論が出ます。

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