第7話 男の子と告白(3)

大月君は、少し丸顔でキリッとした目が気になる男の子だった。


清潔感はあって、へなちょこではない。

ワイルド感もないし、とりわけイケメンでもないと思う。


そもそもイケメンって何だろうか。何を以てイケメンとするかの定義を三花ちゃんに今すぐ聞きたい。

とにかく、私基準で明らかに不細工ではない。


きっちりと制服を着ていて、背はパッと見で私と同じかそれ以上か。優しそうで太っても痩せてもない。

顔だけ投げたら転がりそう。


幸い、生理的な嫌悪感もない。無害な感じがするし、手くらいなら繋いでも良い。今すぐは無理だけれど。


「って……え?」


目の前、四畳程の絨毯が敷いてある。

その上には、腰ほどの高さの丸いサイドテーブルと、丸いスツールが三つ。

その一つに大月君が座っていて、サイドテーブルの上にはティーセットが置いてある。


あんなに何も話のネタが浮かばなかったのに、自然と言葉が出てくる。


「この一式はどうしたの?」

「ああ、家から持ってきた。第一印象が大事だと本で読んで、できる限りのもてなしをしようと思ってね。それに、外で飲む紅茶が好きなんだ。もし来てくれる人が居たら一緒に飲みたかった。一杯飲むかい?緊張がきっとほぐれる」


変わった人過ぎる。

でも、嫌な気はしない。


「私も貰っていい?」

「もちろんさ。企比乃さんも、どうだろう?」

「あ、ありがとう。お願いします」

「分かった。さあ、立ってないで座って」


大月君は立ち上がると、私たちを案内してくれる。

促されるまま椅子に座ると、彼はスマートな所作で紅茶を淹れ始めた。


全く想定していないシチュエーションに、私は一切の思考を放棄している。そもそも考える精神的余裕は今無いし、多分いつも通りの無愛想な顔になっている。


主に地面を見つめつつ、ちらちらと大月君の様子を伺っていると、三花ちゃんと大月君だけで会話が進んでいく。


「お湯とかってどうしてるの?」

「校長先生とたまにアフタヌーンティーをしていてね。特別に職員室の給湯器を使う許可を貰ったんだ。アイスも飲めるように、冷凍庫で氷を作る許可もある。アイスティーが良かったかな?」

「ううん、マスターのおまかせで」

「マスターのおまかせ……。そう言われると、腕が鳴るよ」


大月君は不敵な笑みをしながら立ち上がると、木の方へ歩いていく。

そして、平然と、実っている蜜柑を一つ千切り採った。


──!!


蜜柑泥棒だ。現行犯!

私の両目はその瞬間を見逃さない。

聞かない方が良いと思うけれど、優等生としての正義感が指摘しないでは居られない。


「それ。採っていいの?」

「もちろんさ。校長先生から十個まで採っていい許可を貰ってる。これが二個目。紅茶に入れると良いんだ。授業で疲れた脳の糖分補給にもなる」


蜜柑を採る許可なんてあるんだ。なら良いけどさ。

どうやれば許可が下りるのか検討もつかない。


「許可があるなら良いけど……」

「泥棒したかと思った!用意周到だね。すごい!」

「学校と言う閉鎖空間で好きなことをするためには、必要な準備があるんだ。先生と仲良くしておいて損はないよ」


大月君は蜜柑を洗ってくると、傍らからフルーツナイフを取り出して輪切りにする。


──学校にナイフ持参?大丈夫なの?


ちょっとだけ引いたけど、多分これも許可を貰っているに違いないので、わざわざ言及しない。


「おー!学校の蜜柑食べるの初めてかも!」


三花ちゃんは細かいことは気にならない様子で、普段通りに楽しそう。

対照的に不安そうに黙っている私を察して、大月君は声をかけてくれる。


「企比乃さん、安心して。さっき石鹸で手は洗った」

「……大丈夫」


不安なのは、そこじゃない。全部だから。

学校に持ってくる必要のないものを持ってきすぎているし、やることなすことが予想の外過ぎ。


本当に手は洗ってるって、何となく分かるけどさ。


……


並べられた三つのティーカップに、紅茶が注がれる。

明るい赤茶色の液面には蜜柑の輪切りが浮かべられた。


「お待たせしました、おまかせの蜜柑ティーです」

「わあ、ありがと!」

「……ありがとう」

「熱いかもしれないから気を付けて」


そっと持ち上げたカップを傾ける。

コクッと、熱を持った液体が喉を通って、お腹の中で温度がじんわり広がっていく。


夕方、校舎裏を流れる涼しめの風と相性が良い。

暖かさと甘味を感じる。

いろいろ驚いたせいか、紅茶のせいか、今はそれほど緊張していないことに気づいた。


「…仄かに蜜柑の甘みがあって温かい」

「ね!美味しいー」

「それは良かった。手がベタついたから洗ってくる。ゆっくりしてて」


そう言うと、大月君は小走りで昇降口の方へ走って行った。

その後ろ姿を眺めつつ、紅茶をコクコクと飲み進める。


「はあ、落ち着く……」

「第一印象はどうだった?」

「変わった人だけど、いい人そう…に見える」

「私もそう思う。他にライバルが居なくて良かったね。合格倍率一倍だから、確実でしょ。結姫にもついに彼氏が出来ちゃうかも」


じわじわと耳タブが熱くなる。

多分、紅茶のせいではない。

大月君が彼氏になりそうだと体が実感して来ているのかも。


「こ、こう言う時って、どっちから告白するべきなの?」

「も、もう!?早いよ。そんなの私にも分かんないし。でも、言わないといけないというよりはさ、気持ちが大きくなって自然と言っちゃうってのが理想だよね」


三花ちゃんの理想は置いといて。

紅茶の温かさに解されたのか、ようやく固まっていた思考が動き出す。


彼は王道のモテそうでカッコいい男子では無い。やっていることはまともじゃないし、何を考えているかもよく分からない。


──でも、そこに私と同じものを感じる。


理由は無い。本能か理性か、何かがそう思わせる。

クラスメイトを避けて、一人で勉強だけして、自分の世界に入り込む私とは違うのだけど、何となく似ている。


そして、私にはない優しさがあって、怖さが無い。

もし嫌いになった時でも彼なら、お付き合いを断れそうな気がする。


「ふふっ」


私なんかが、こんなに恋について考えているのが不思議で笑えてくる。


予想できなくて、思い通りじゃなくて、複雑で、それが面白い。恋について全然分からないけれど、何が分からないかが少し分かったような気がした。


「なんか恋してる感じがしてきた笑」

「自分事みたいに嬉しいね。頑張れ!」


いつもの自分が戻って来たような気がする。

曖昧なのはまどろっこしいし、白か黒かはっきりしないのは嫌いだ。性に合わない。


今日で決める。何かしらの答えを出す。

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