第9話 男の子と告白(5)


これって。もしかして。告白が始まっている?


「──僕は今まで彼女も居たことが無いんだ。君と良い関係を続けられるかどうか分からない。でも、出来るだけの努力はする。企比乃さんは頭が良いって定評だし、それに僕が今日みたいに変なことをしても受け入れてくれる、心の広さがある。少しの時間だけれど、話をして君を僕の彼女にしたいと思った」


大月君はただ一点、しっかりと私を見て言った。


「だから、もし良かったら。僕と付き合って欲しい」


──人生で初めて告白された。


初めての告白は思っていたよりあっけなくて、でも肩透かしでもない。私の頭は何か大変なことが起こっていると教えてくれるだけで思考回路はショートして、どう答えれば良いかの正解は教えてくれない。


握手を待つように右手が提示される。

この手取れば、もうそういうことだ。

この告白の結論は、もう私の判断だけに委ねられている。


脳みそに血液が巡るのを感じて気持ちが良い。これが脳内麻薬というやつだろうか。

その気持ちよさが通りすぎると同時に、思考を巡らす余裕が戻ってくる。



もし、私と三花ちゃんが逆の立場であったとしても、彼は三花ちゃんに対して同じように告白をしたのだろう。


確かに、どちらでも良いなんて普通じゃないし、誠実でも無い。最低と言われても仕方がないのかも知れない。

三花ちゃんは「最っ低!」と断るかもしれないけれど、私にとっても同じように最低なのだろうか。



考えれば考えるほど、最低とは思えなくなってくる。

何故って、私も大月君と同じだから。


対等な好感度から付き合えて、怖くない人であれば、互いに好感度の初期値は一でも良い。そう思っている私と、今の大月君に大差はない気がする。


彼氏彼女が欲しいだけで、現時点で好きかどうかは一旦どうでもいい。

私も大月君と同じように、誰だって良いと思っている。


誰でも良いと言ったって、清潔感ゼロの不細工だったら流石に無理だ。誰でも良いと言いながら、私も人を選んでいる。


そう考えると、大月君は私が彼氏に望む条件を全て満たしている、理想の相手と言えるのかもしれない。

変わったところも私の曲がった性格と似ているし、むしろ好感を持てる。変であることの自覚も出来ているし。


誰かに言われてこんなに変な振る舞いをしたらしいけれど、仮に言われたからと言って、初対面で校舎裏で紅茶を出してくれる人なんて世界中探しても居ないだろう。


そもそも、一体どこまで指示されていたのかだって分からないじゃないか。

告白の一言一句まで指定されてはいないはず。


その優しい所作、口調、性格。

彼の振る舞いは彼自身のものに違いない。


お互いに別に好きでもない。

生理的に無理じゃない。

優しい。

私に考えが似ていて、私を理解してくれそう。


こんなに私の彼氏になる条件を満たしている人は、きっと世界中探しても他に居ない。彼は、


よし。

私が彼と付き合う理由は整理がついた。

本能だけでは無く、理性も付き合うことに納得出来た。


最後にこれだけは確認しておきたい。

大月君の心に聞いておかなくちゃならない。


この告白に大月君自身の意思はあるんだよね?


『誰かに言われたとか関係なしに、私と付き合いたいと思えるの?』

『当然さ。じゃなかったら最初からこんな準備して来ないよ』


そっか、大月君的に私はアリなんだ。

無愛想でコミュ力も無いのに。

どこが良いのか自分でも分かってない女だよ?


『私のどこが好きなの?』

『好きかまでは分からないけど、雰囲気がずっと気になってた。いつも少し俯いて、不機嫌な顔をして、クラスメイトを寄せ付けないオーラがあって。問題を間違えたところを見たことがないとか、先輩に難しい問題を出しておいて結局は自分でスラスラ解いてしまう。困らせるような人間味もあって。君についてもっと知りたいんだ』


大月君も私のことをもっと知りたいんだ。同じだね。


こんな変な告白も、運命と呼べるのだろうか。

恋の神様が居たら教えて欲しい。


とにかく。

確実に実感していることがある。


私は、恋をしている。


「ねえ、結姫?早く返事してあげて?もう結論は決まってるんでしょ?」

「……うん」


大月君が出した右手は、ちょっと震えている。

返事を待たせすぎたのか、緊張しているのかは知らない。

けれど、震えているのももう終わり。


ただ右手を前に伸ばす。

それだけの勇気があればいい。


私も指先が震える。


数十センチ先に手を伸ばす。

それだけのことに、ちょっと笑えてくる。


ニヤけて気持ちの悪い顔を見せたくはない。でも無理。

表情筋の収縮を抑えることが出来ない。


左手を前に、前に。

ちょん、と指先が彼の手に触れた。その瞬間。


――!


私の出した手は、彼の両手に包まれていた。

包まれた手から、彼の熱が伝わってくる。

三花ちゃんとは違う、固くて男の子の手だ。


「結姫とのこれからの関係を大切にする。約束するよ!絶ッ対断られると思ってた!」


彼は笑って私を見る。

私は、その眼差しを避けずに受けとめる。


「あー!!!おめでとうだけど、結姫を呼び捨てにしていいのは私だけ。“さん“をつけなさい、“さん“を」

「じゃあ、結姫さんと言うことにする。結姫さんは、僕のことをなんて呼んでくれる?」

「え?大月、じゃなくて、太陽君?」

「違うよ、呼び捨てで言って欲しい」

「……太陽」

「いい響きだね。僕を呼び捨てにしていいのは、結姫さんだけだよ」


三花ちゃんは太陽君を睨んでいるけれど、これ以上文句を言うことは無かった。


「さて、日も暮れてきた。片付けるから、終わったら一緒に帰ろう」


結局三人で片付けて、三人一緒に下校した。

三花ちゃん、私、太陽君の順番で、私の両手は彼らの片手で塞がっていた。


世界が変わった。

私みたいな人間が、真ん中に居られる場所はここしか無いだろうと思えた。







帰宅後。

私にはまだやらなければいけないことがある。

三年生の先輩のラブレターに返事を書くことだ。


曖昧にしておいても面倒だから、キッパリとお断りを入れたい。


先輩には感謝すべきなのだろう。

同時に二通も貰わなければ、きっと一通も選ぶことが出来なかっただろうから。


適当なメモ紙にいつものシャープペン。

書いて消してを何度かして書いた。

ラブレターの返事を書くのは初めてだけれど、こんな感じで良いかな。


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景山先輩


一年の企比乃です。

私には彼氏がいるので、お付き合いすることは出来ません。

気持ちに応えられなくて、本当にごめんなさい。


正直に言うと、先輩を気になったことは微塵もありませんでした。


気持ちを伝えることは勇気が必要です。そして、伝えるのに費やした勇気の分、伝えた相手に影響を与えるのだと私は思います。

私が先輩とお付き合いする可能性は未来永劫ありませんが、先輩から伝えられた勇気ある気持ちを忘れることもまた無いだろうと思っています。


追伸

三年生なんですから、勉強を頑張って下さい。

頭のいい大学に入学出来れば、私よりも可愛くて、かつ頭が良い女子がうじゃうじゃいます。


一年 企比乃


============


追伸は余計かな?まあいっか。

私は性格が悪いからね。


「あれ、書いたのは良いけれど封筒が無いな。私もハズレっぽい封筒買ってこようかな」





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


◯作者コメント


何とか付き合うところまで行きました!

企比乃さんは頭でっかちなので、考えをまとめるのに苦労しますね。


面白かったら星1個で良いのでください!


次回は、今までの登場人物まとめです。

次次回より、二章になりまして、大月君とのお付き合い生活が始まります。

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