第4話 恋と私と自問自答(4)
「え……え?」
「きゃー!!!!すごーい。ガチだ!」
三花ちゃんが大袈裟に飛び跳ねる。
ただの文字を書いた紙に、……手が震え始めた。
心臓が内側から肋骨を打ち破りそうな程に響く。動悸がする。
倒れてしまう程ではないけれど、らしくもなく三花ちゃんに抱きつく。
――全く理解出来ない。なんで、私?
――見たくない。だるい。
――あんなに知りたかった恋愛感情ってこういうこと?
――怖い。
二通目を見る前のドキドキした気持ちが、恐怖に変わっていく。
「はぁ、はぁ……」
景山君は一応知ってる。
ソフトテニス部とボランティア委員に所属してる三年生。部活もしてない私が、週に一回だけ暇つぶしに通ってる勉強会で、たまに勉強を教えてくれる。
自分で言うのもあれだけど、私は頭が良くて性格が悪いから、イジワルで難しい問題ばかりを聞いて、その度に頑張って考えてたっけ。
そういえば、三年生はこの前部活と委員会を卒業したから、しばらく会って無い。私のことが気になっているなんて、そんな素振り全く無かったのに。
自分事のように興奮冷めやらぬ三花ちゃんが言う。
「で、どうするの?」
「ど、どうする……って?」
「だから、二通もラブレター貰っておいて、両方無視なんてしないよね。ってこと」
「ちょっと待って。呼吸と思考を整える」
ふらっと階段に座り込むと、横に三花ちゃんも座ってくれる。
傍目には病人に見えるのだろう。階段を登って来る生徒が気にかけてくれるけれど、三花ちゃんが適当に答える。
「おっと、企比乃さんどうした?体調悪い?」
「ううん、多分大丈夫ー。成長痛かな」
「私めちゃくちゃチビだから身長分けて欲しいね。成長痛を感じてみたい人生だった…」
「JKの勘によると、来年あたり伸びそうに見えるな」
「ありがとう!先教室行ってるね!」
大丈夫かどうかは私にも分からないけれど、「何の成長痛だよ!」と心の中でツッコム余裕くらいはかろうじてある。
「三花ちゃん、ちょっと考えるから放課後待ってて貰っていい?」
「うん。いいよー。私も一応ラブレター貰ってるし、どうするか相談しよっか」
「……ありがとう」
■
放課後が来るのが嫌で、何も身に入らない授業でさえ一生続けと思ってしまう。
――早く帰って寝たい。
意志に関わらず時間は進んでしまうもので、気づけば六限が終わり、HRも終わり、部活がある生徒は我先にと教室から飛び出していく。
――ああ、胃が痛い。
でも、私の中でラブレターをどうするのかはもう決めた。
後は三花ちゃんと答え合わせをするだけだ。
「結姫ちゃん来たよー。って顔色悪いね。今日は帰ろうか?」
「……とりあえず座って」
一つの机の前後に椅子を向かい合わせにして座る。
「三花ちゃんは決めた?」
「うん、決めるまでも無く」
「……そっか」
数秒の沈黙。
どう話をしようか考えていると、三花ちゃんの右手が挙がる。
「はい!私、考えて来ました。ゴミ箱の前に立って、"せーの"で要らない手紙を捨てよう!」
明確で分かりやすい良い案だ。
三花ちゃんらしい。
「分かった。それにしても、"せーの"好きだよね」
「あたぼうよ!」
「あたぼうって……何?」
「全っ然わからん!笑」
一緒に居ると気持ちが楽になる。
流石三花ちゃん。
教室の大きいゴミ箱の前。
一通の黒いラブレターを手に持った三花ちゃん。
黒と猫の二通のラブレターを両手に持った私。
互いにアイコンタクトをして、捨てる準備は万端。
「三!」
「二……」
「一!」
「「せーの!!」」
直後、ゴミ箱へ二通の手紙が投げ込まれた。
「なんで!?結姫?なんで!?おかしいよ……」
三花ちゃんは黒いラブレターをゴミ箱に捨てた。
私は、猫のラブレターだけをゴミ箱に捨てた。手には黒いラブレターを持ったまま。
「流石に説明してほしいけど。いいかな?」
小さく頷く。
もう決めた決断だ。何を言われようが変えるつもりは無い。
「昔から恋愛感情を知りたいって言ってるけど、その気持ちは今も変わってない」
「じゃあ、何で……」
「正直に言うと、景山君の手紙を読んだ時、凄く分からなくて怖くなった…。何で怖くなったのか、その時は分からなかったんだけど、一日考えて何となく分かったことがあって。それは、相手の気持ちがどのくらい大きいか分からなくて、前に話した時もそんな素振り全く無くて、私は全然そんなつもり無かったから考えたこと無くて。相手の気持ちが大きいことを想像したら…………、付き合うってことはその気持ちにOKを出すことだよね。…それが怖い」
「私もよく分からないけど、そういう不安さも含めて恋なのかも知れないよ?一回そういうつもりでデートしてみるとかさ」
不安そうな顔をする三花ちゃんに首を横に振ると、気づかずに表面張力一杯に溜まっていた涙が頬を流れた。
何故涙が流れているのか、自分でも分からない。どんなに感動する小説や映画を観ても、流せなかった涙が、今流れている。
これが恋なのだろうか?
恥ずかしくて裾で拭おうとした時だった。
――わ!!
私は三花ちゃんの胸に抱きしめられていた。背中をよしよしされる手の平が、包まれる胸と腕がとても暖かい。
「ごめんね、そこまで悩んでると思って無くて。気付いてあげられなくて。私は真剣なラブレター貰ったこと無いし、彼氏も出来たこと無いじゃん。普通、真剣なラブレターを選ぶじゃん。こういう時の気持ちがよく分からなくてさ。結姫が泣くの初めて見たから……」
親友とこんなにしっかりハグしたのは何時ぶりだろうか。これだけでもラブレターを貰って良かったと思える。
――落ち着く
しばらく、いや一生このまま、三花ちゃんと同化してしまいたいとさえ思ったけど、そういう訳にはいかない。
私は三花ちゃんにとっての良い友達でありたい。余計な迷惑は掛けない。
「落ち着いたから、もう大丈夫」
「よーし、よしよし」
顔を上げると、三花ちゃんはニコッと見つめてくる。
「ごめん……。じゃなくて、ありがとう」
「いいよ、貴重な涙頂きました。これ見て」
夏服のセーラーシャツの胸元がビッショリ濡れている。思ったより泣いていたらしい。
涙で胸を濡らした背徳感があって、ちょっとドキッと思ってしまった。私はダメな人間だ。
「乾かすの手伝う。体操服のジャージ持ってるから着替える?」
「いいのいいの。貴重すぎて洗いたくないくらい」
「汚いから洗ってよ。直ちに」
「どうしよっかなー。希少な液体だよ、これは」
ティッシュで涙を拭こうとしても邪魔されるので、シャツをパタパタして乾かすのをただ見ている。謎の時間があった。
大方乾いたかなという頃に、思い出したように三花ちゃんが言う。
「ん?ということは?景山君の猫のラブレターを捨てた理由は分かったけど、どうして黒のラブレターは捨てないの?普通に考えて最低のこと書いてあったよね。誰でも良いって」
「誰でも良いからいいんだよ」
「どういうこと?」
「恋愛はしてみたいけど、急に好意を向けられるのは怖いし、私から告白するほどの動機もない。黒封筒の匿名さんは、恋愛する気はあるけれど、私も相手も好感度ゼロから始められるでしょ。だから、怖くない」
「相手が変な人だったらどうする?」
「怖くなったら逃げる。先生に言う。それにこの学校の同級生に変な男子って居る?そんなにいないでしょ?」
「いるよ変な奴。結構居るよ」
そうなんだ…
ならば対策を立てるまで。
「当日三花ちゃんも来てくれるよね?」
「も、もちろんだよ!」
良かった、安心できる。
緊張が少し解れて、他事に気をつかう余裕が出てきた。
「そう言えば、今日部活どうしたの?」
「結姫の話をじっくり聞こうと思って、体調不良のズル休みです」
「これから部活戻るの?」
「戻らない戻らない、一緒に帰ろ」
やった。
一緒に帰るのいつぶりだっけ。
「帰りにファミレス行こうよ。この千円の臨時収入で」
封筒から出て来た紙幣をペラペラさせている。
「甘い物が食べたい……」
「ドリンクバーも付けよ!」
「物価上がってるから、千円で足りるかどうか……」
「足りるよ!足りなきゃ出すだけさ。不足分は奢るぜ」
「わお。イケメン過ぎる」
両手でハイタッチをして、一緒の帰路についた。
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◯作者のつぶやき
余談:
三花ちゃんは結姫ちゃんが捨てた猫のラブレターを、こっそり記念に持ち帰っています。
当然結姫ちゃんは気づいていますが、気付いていない振りをしています。
読んで頂きありがとうございました。
最新話から星の評価が出来るので、もし良かったら評価をお願いします
次回、ラブレターを送ってきた相手との対面です!
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