第4話 乙女ゲームと現実(後)
「…………、分かった」
頭上で二人が音もなく安堵する気配がした。
でも、それで納得できる
「もう一回、よく考えてみる」
途端に二人の顔色が曇った。どんな言葉をかけるべきか目線で互いに思案している。やがて、もう一度改めて説得すればいいと結論づけたのか頷きあっているようだった。
三人だけの家族会議はそれでお開きとなった。
拗ねた振りをして家を後にした私は森の奥へと足を運んだ。
子供たちが騎士ごっこをして遊ぶ、世界から忘れられたような遺跡。その四つの柱一つ一つのくぼみに石をはめ込む。
掠れかけた文字が淡い光になぞられて復活していく。柱から伸びた光は遺跡の中央まで進んで重なりあうと光を増した。
その交差地点に立ってゲームだったころの見慣れた画面を思い起こす。
「我、力を求めるものなり
かつての栄光 希望を鍛えし神殿よ
その息吹を 救世の力を我が身に与えん
いざや開け 追憶の迷宮よ!」
やっぱり自分の口から中二臭い詠唱を唱えるのは恥ずかしい。
恥をかいた甲斐はあったのか、地鳴りと共に地下に続く階段が開く。
このダンジョンは「四季彩のあなたへ II」で追加されたダンジョンだ。
初回で登場した五人プラス一人の攻略対象キャラに追加して主人公と同期の騎士見習いの少年や保険医の先生など人気の高かったサブキャラ達を追加したアナザールートに加えてメインキャラたちのハッピーエンドのその後を綴った内容になる。
そしてこの追憶の迷宮が生まれた理由は一つ。「推しより厳ついレベルのヒロインはちょっとヤダ」という恋する乙女たちの意見によるものだった。
エンディングイベントが終わりホーム画面に戻る。そして「つづきから」を選択すると冒頭のイベントを飛ばし騎士団の入団シーンから始まり、主人公のレベルは引き継がれる。「はじめから」を選択すると冒頭のイベントがリプレイされ、主人公のレベルも1に戻る。面倒なレベリングや代わり映えのしないオープニングを繰り返すより続きからプレイした方が手間が少ない。もちろん攻略対象キャラのレベルも引き継がれるが、ルートに入ったキャラとそうでないキャラではもちろんレベル差が発生する。
結果、主人公のレベルだけが着々と成長し攻略対象キャラのレベルが開いていく。攻略対象キャラが必殺技で倒す敵キャラに主人公は通常攻撃で勝ってしまう場面が発生してしまうのだ。
そんな悲しい場面を解決するために追加されたのがこのダンジョンである。
主人公の生まれた村の奥に存在するこのダンジョンには他のダンジョンにはない特徴がある。それが「パーティメンバーが装備した経験値アップアイテムの数に応じて敵が強くなる」だ。
どのように活用するかと言うと、攻略対象キャラに特定のアプローチをしてパーティメンバーに入ってもらう。その後、そのキャラに獲得経験値アップの護符を渡す。そうしてこのダンジョンに入るとラストバトルもかくやの強さの敵と対することになる。だが色んな意味で歴戦の主人公には障害にはならず、護符でブーストされた膨大な経験値が注ぎ込まれるのだ。これを数回繰り返すと主人公より強い攻略対象キャラの完成である。
ちなみに護符を一切持たない状態なら一番易しいダンジョンに早変わりする。
「これで騎士団には行けそう、かな」
ここでいくつかレベルを上げれば両親も安心して送り出してくれるだろうし、その後の騎士団で彼の力にもなれる。そう目論んだ私は森への道中で鍵となるアイテムを拾いながらここまで来たのだ。ゲームと同じ特徴を持つ場所に隠されていて本当に良かった。
ちなみにこの追憶の迷宮はその名の通りあるキャラにとっては思い出深い場所になるのだが、自分以外に足を踏み込んだ形跡がないということは彼もここを訪れたことは無いのだろう。
それが少しだけ哀しいと感じる。
「教えてあげられる機会があればいいんだけど」
教えたところで行動を変えられるような器用なキャラでは無い。そこが人気ではあったけれど、結局刺さることがなかったな。
そう心の中で呟いて私は前を見据えた。
「さて、いらっしゃいな経験値!」
目標は装備枠を全部経験値アップの護符に変えても短期突破できるレベルだ。
全身をアドレナリンが駆け巡る感覚。ここに鏡がなくて良かった。
きっとヒロインにあるまじき顔をしているだろうから。
ヒロインは攻略対象その5を所望します!~守りたいのはあなたがいる世界~ 風待芒 @susuki_nohara
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