第3話 乙女ゲームと現実(前)
私の名前は佐々木芹香、二十五歳になる普通の事務職員だった。
「四季彩のあなたへ」との出会いはその十年前。高校の進学祝いにと買ってもらった新しいゲーム機とお年玉で購入した。買った理由としては当時は真新しかった乙女ゲームと戦闘要素であるRPGが組み合わさったタイトルだったから。
そこで私は〝彼〟に出会った。
人気キャラ順に攻略を進めていった私だが一人のキャラの攻略に行き詰まってしまった。そこで仕方がなくそのキャラを飛ばして新しく攻略を開始した。その飛んだ先が彼だったのだ。それまでに二人攻略していた視点からすると、攻略対象キャラの中でも最年少を由来とした無鉄砲さで特攻を繰り返す死に急ぎワンコだと思っていた。だが、決して幼さだけではなかった思慮深い一面とアレンの親友という設定。ユリアの目的に誰よりも寄り添ってくれる姿勢に私はつい惚れ込んでしまった。
続編・番外編・移植版、アニメや舞台の円盤にノベライズ・コミカライズ、資料集にストーリーブックと自由になるお金の殆どは四季彩につぎ込んだ。社会人になると他のジャンルを優先することもあったが、四季彩のニュースだけはずっと追いかけていた。
対象が思春期の少女たちだったためか最新タイトルでは戦闘要素が消え去ってしまっていたが。
それでも大好きなゲームで仕事の疲れを彼に癒してもらおうとゲームを開いた、ところまでは覚えている。
その後のことを思い出そうとしても靄がかかったように見えない。
追いかけているうちに場面は切り替わり、ガルム村の素朴な田舎の光景が、ユリアとしての人生が始まるのだ。
「転移、っていうより転生なのか」
ゲームで、そしてこれまでの人生で何度も見てきた自室の光景。
ぼんやりと見渡して私は昨日のことを思い起こす。
兄の行方不明と主人公の啖呵で物語は始まる。始まってしまったのだ。
「ステータス」
異世界物ではありがちなコマンド。念の為に呟いて見たが目論見は当たってくれたらしい。目の前に半透明の画面が現れる。
ユリア・キュリアス
年齢、レベルともに十五。体力や魔力はこの世界の平均値。
スキルの欄には自己治癒魔法Lv1、生活魔法は初歩的なものは大体取得している。
懐かしさすら覚える初期値だ。
各キャラの好感度はゼロ。まだ出会ってすらいないのだから当たり前ではある。
片手で軽く払う動作をすると、明るい和音と共に画面が消える。枠の意匠と軽快な音楽でそういえば乙女ゲームだったなと改めて認識した。対象年齢ど真ん中の少女なら心踊っただろうが、アラサーの呼称も馴染みかけた年齢になると少し複雑な気分だ。
深呼吸をして気持ちを落ち着ける。両頬を軽く叩いて気合いを入れると私は改めてこの世界へ向き直った。
顔を洗って服を着替え、朝食の席に着く。これからの一挙一動は慎重にゲームに沿って行わないといけない。
「お前の騎士団志願には反対だ」
と、思っていた時期が私にもありました。
「父さん、なんで………?」
父は厳格な表情を崩す気はないらしい。私の質問に眉間のシワがどんどん深くなっていく。
「アレンは徴兵だ。仕方の無いことだ。だがお前はわざわざ行かなくてもいいだろう」
そういえば、ゲームでは主人公の騎士団に行くという発言のあとは一気に入団の場面に飛んでいた。
普通なら、親であれば娘が危険な場所に行くなんて反対して当然だ。国の決まりとして徴兵されていく男性と違って女性は条件付きで志願兵として認められる。裏を返せば、家が困窮している訳でもないのに女子が兵隊になることは無いのだ。
「お前が入団するまでにあいつが帰ってくる可能性だってあるんだ」
「じゃあ、冬が開けて入団の申し込みが始まるまでに帰ってこなかったら」
つい言葉尻を追いかけてしまった。畳み掛けたあとでしまったと口を噤む。
「そのときは」
痛みを耐えるように眉間に寄った皺。振り絞るような父の声は震えていた。
「死んだと思うしかないだろう……っ」
しん、と沈黙が落ちた。
気遣わしげな視線を父に向けながら、母が寄り添うように隣の椅子に座る。
「お父さんはそれで納得できるの?」
父の肩が微かに震えた。
続いてそれまで静かに話を聞いていた母が言葉を引き継ぐように口を開く。
「ユリア」
改めて呼ばれた名前につい背筋が伸びた。
「アレンには無事に帰ってきて欲しいと思ってる。でも、その為にあんたが危険な目にあって欲しいわけじゃないんだよ」
子供を想う親の愛情を真っ直ぐに向けられて目頭が熱くなる。両親が兄を大事に思っていることも、同じくらい自分も大事に思ってくれていることだって分かっている。
「母さんの言う通りだ」
ずるい、と思ってしまった。
両親を納得させられるだけのものを今の自分は持ち合わせていない。二人を納得させて、信頼と安心の上で送り出して貰えるほど今の自分は強くない。
自分の膝を、固く握った手を見下ろす。
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