第2話 四季彩のあなたへ(後)

 その後の授業も新鮮な気持ちが半分、気だるい気持ちが半分と落ち着かないままに時間は過ぎる。

 昼休みにはやはりセイラに心配されてしまったが。曰く、「あのアンタが今日一回も寝てないのよ。見たことないような顔で授業受けてるの。やっぱりおかしい」らしい。果てには今日の掃除当番は変わるから早く家に帰って休めて厳命されてしまった。


「やっぱり、今日の私おかしいよね……」


 うんうん唸りながら家路に着く。自分の足であるはずなのにその足取りが重いのだ。


 家に帰ったら始まってしまう。


 何が、なんて具体的には分からない。激しくなるばかりの胸騒ぎで呼吸が浅くなる。

 ふと、聞き覚えのない音が耳朶を叩いた。顔を上げると見慣れない貴族の馬車が反対方向へと走っていく。


 自分の家がある方向から。


 天啓でも得たかのように頭の中に言葉が浮かぶ。そんなはずは無いと否定する気持ちと心のどこかで分かっていた言葉。

 弾き出された玉のように駆け出す。家のドアを勢い込んで開けると天啓の正しさを心の底から恨んだ。

 組んだ両手を額に押し当てながら机に項垂れる父。沈痛な面持ちで自分の膝を見下ろす母。

 一拍ほど遅れて帰宅に気付いた両親が憔悴しきった顔を上げる。


「二人とも、どうしたの?」


 尋ねる言葉に両親は気まずそうに視線を逸らした。


「さっき、見慣れない馬車が走っていくのが見えたけど」


 鼓動の音が徐々に落ち着いていく。徐々に冷えきっていく。


「ユリア、落ち着いて聞いてくれ」


 重々しい表情のまま父が口を開いた。


「アレンが行方不明になったらしい」


「お兄ちゃんが行方不明……?」


 くぐもった鐘の音が頭の中を反響する。


「さっき、騎士団の人が来てね。あの子が三ヶ月前に失踪したんだって」


 兄の所属する部隊はマグナリアを騒がす犯罪組織の調査に当たっていたらしい。犯罪組織の人間に攫われたと考える人もいれば、何か言い争いをしているような兄を見たという人もいる。それが三ヶ月前らしい。その後、調査を進めても兄の足取りは掴めないまま。

 先程の貴族の馬車は騎士団の人間が報告と事情聴取に訪れた為だと言う。


「頼りのひとつも無いからまさかとは思ってたが……」


 その瞬間、大きく世界が揺れた気がした。

 崩れ落ちきった瓦礫の中から夢の中の女の人が現れた。このシーンを私は知っている。繰り返し、繰り返しセリフを覚えてしまうほど何度も見た。

 ふわふわと実感のない中で私は言葉を紡ぐ。


「私、来年の入団試験を受ける」


 この世界は私が何度もプレイした乙女ゲームの導入だ。

 「四季彩のあなたへ」

 何度も移植版が登場しアニメや舞台にもなった伝説的乙女ゲーム。ヒロインであるユリア・キュリアスは兄の行方不明事件をきっかけに政治抗争や生存戦争に身を投じていく。

 その中で出会った男性キャラと恋に落ちる物語なのだが、選択肢を誤れば攻略対象キャラも時にはヒロインでさえ死亡することがある鬼畜仕様。だからこそ命の尊さや結ばれた二人の光景がより輝くというのが定評であるが、その難易度の高さは乙女ゲームの中でも屈指。

 〝前世の私〟が大好きだったゲーム。大好きな人がいたゲーム。


「銀狼騎士団に入ってお兄ちゃんを見つけるんだ」


 自分の喉からこのセリフを紡ぐことになるとは思わなかった。

 憧れたゲームの可憐なヒロインに転生した事への高揚感と、待ち受ける過酷な運命への不安できもちがわるい。


 ぐちゃぐちゃになった頭ではそれが限界だったとでも言うのだろうか。啖呵を切ることが精一杯だった私はそのまま意識を手放した。

 突然倒れた娘に両親が駆け寄る。

 遠のいていく二人の声を聞きながら私は心の中で「ごめんなさい」と小さく呟いた。

 

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