ヒロインは攻略対象その5を所望します!~守りたいのはあなたがいる世界~
風待芒
第1話 四季彩のあなたへ(前)
ふわふわと地に足がつかないような気分の中、ここでは無いどこかの景色を見た気がした。
「もう、無理だよ。ねぇそっちに連れてってよ」
光る絵に向かって見覚えのない女の人が手を伸ばしている。震える唇の傍を涙が滑り降ちる。
その瞬間、胸が体全体が軋むように痛んだ。
苦しかった
悲しかった
辛かった
ただ、ただ
幸せになりたかっただけなのに
どうして、と唇が動く。
それだけ傷ついて、立ち上がる度に突き飛ばされてなお、何に手を伸ばすのかと。
ふわりと暖かい手が心を撫でて消えた。
頭の中で弾けて消えた答えについ共感してしまった。
否、それは共鳴だったのかもしれない。
呼応するものがあったからこそ理解してしまった。
あれは、紛れもなく〝私〟なのだと。
◆ ◆ ◆
「あれ…………?」
瞼を焼くような陽の光と小鳥のさえずりに誘われて私、ユリアは目を覚ました。
頬をつたう雫に手を当てて小さく首を傾げる。何か、とても悲しくて辛い夢を見た気がしてならない。けれど具体的に何を見たのか、手繰っても霞を掴むだけで上手く思い出せない。
「ユリアー! いい加減起きなさーい」
いつも通りの母の目覚まし声に体が大きく跳ねる。
「はーい!」
お母さん、と音になり損ねた言葉が地に落ちる。
今日は何かがおかしい。昨日なにかあっただろうかと考えて私は頭を振った。今日は学校がある日だ。早く支度しないと遅刻してしまう。
手早く着替えを済ませて食卓につく。時間は遅刻ぎりぎり。母が用意してくれているお弁当と黒パンを軽く炙ったものを受け取って家を飛び出した。
「いってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
両親はこれから畑の作業に勤しむのだろう。もう少ししたら小麦が取れる。にんじんやラディッシュは今日や明日にでも収穫できるだろう。そうしたら忙しくなる。
そういえば兄は今年は帰ってくるのだろうか。
ふと足が止まった。
「私にお兄ちゃんなんていたっけ」
ぽつりと零れた言葉を自分でかき消す。
兄の名はアレン、年は四つ上の十九歳。物腰は柔らかだが言葉より先に手が出る性分なのは良く兄妹でそっくりだと言われて育った。自分より弱いものに手を挙げることを良しとしない、優等生の皮を被るのが得意。大好きで尊敬できる兄は今、山を越えたマグナリア領で騎士見習として頑張っている。
通常、マグナリア領周辺の村々は十六歳になる少年を徴兵し二十歳までの四年間を兵役として過ごす。兄も例に漏れずこの村をいつか帰るために旅立った。
次の春には兵役帰還を終える。嫁探しが憂鬱だと手紙で綴っていたでは無いか。
目線を落とすと視界に自分の髪が映る。その色が一瞬黒に見えた気がしてさぁっと血の気が失せる。もう一度、恐る恐る触れると見慣れたピンクブロンドの髪が自由にうねっていた。雨季にはさらに言うことを聞かなくなる悩ましい自分の髪。
「ユリア、大丈夫?」
気遣わしげな声に意識が引き戻される。
顔を上げた先には栗毛色の髪を三つ編みに結った少女が立っていた。
「セイラ」
良かった、思い出せた。心の中で小さく安堵しながら背筋を伸ばす。
「ちょっと調子悪くてさ。どうしちゃったんだろうね、ホント」
笑って誤魔化そうと試みるが、セイラの目はみるみるうちに半分が瞼に隠れてしまった。
「顔色、悪いわよ」
幼馴染である彼女には隠し事など出来そうもない。どうにか言葉を探すけれど上手い返しは思いつきそうになかった。
追及されると非常にまずいとなると挙動で誤魔化すしかない。
「ほら、授業遅れちゃうよ! 早く行こ!」
「ちょっと、ユリアっ?」
セイラの背中を押しながら教室へ向かう。いつもと同じ、けれどほんのちょっと違うやりとり。その証拠と言わんばかりに擽ったい気持ちを抱えながら二人で教室へと向かった。
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