最終章:2030年11月24日 日曜日 瀬川ユリ
カフェの木製ドアを開けると、すぐにカナの大きな声が飛び込んできた。
「ユウキ! タカコさん! こっちこっち!」
奥のテーブルでカナが大きく手を振っている。その隣には、控えめに微笑むハルが座っていた。
その姿を見た瞬間、私はタカヤ――タカコと目を見合わせる。思わず二人して足が止まった。
「……あれがカナさん?」
タカコが小声で呟く。
「ええ、そうみたいね。」
私は頷きながら、目の前のカナとハルに視線を戻す。
カナは高身長で、ショートカットがよく似合うスポーティーな雰囲気だ。手を振る姿はエネルギッシュそのもので、初めて会うのにどこか親しみやすさを感じさせる。一方、その隣にいるハルはVR内の冷静沈着な印象とは違い、柔らかな雰囲気をまとっていた。控えめなメイクと落ち着いた服装が、彼女の整った顔立ちを引き立てている。
「……なんか、すごいね。」
タカコがぽつりと漏らす。
「うん……落ち着いた感じで、すごく綺麗……。」
私も頷くと、タカコがさらに小声で続ける。
「なんか、仕事できそうなオーラがすごくない?」
「わかる……。」
私たちが小声で感想を言い合っていると、ハルがこちらに気づき、ふわりと微笑みながら声をかけてきた。
「お二人とも、どうかしましたか?」
その穏やかな声に、タカコが一瞬ビクッとし、慌てて首を振る。
「あっ、いえ! なんでもないです!」
私も軽く手を振ってフォローする。
「ちょっとびっくりしただけで……その、ハルさんって本当に素敵だなって……。」
ハルは少し首を傾げ、控えめな笑みを浮かべた。
「そう言っていただけると嬉しいです。」
「何コソコソしてんの? 早く座りなって!」
カナが笑いながら声をかけると、私たちはハッと我に返って席に着いた。
席に着くと、カナの隣で静かに微笑むハルが視界に入る。カナのエネルギッシュな明るさとハルの穏やかさ――まるで正反対の二人だが、不思議とそのバランスが心地よい。
タカコがそっと私に囁く。
「……カナさん、本当に明るいね。でも、初対面なのに、なんでこんなに自然なんだろう。」
「カナ自身が自然体だからよ。」
私は微笑んで答えた。
(きっと、こういう人だから周りの人たちも自然と笑顔になるのね――。)
タカコはさらに小声で私に囁く。
「……ハルさん、なんかすごくオーラ出てるよね……。」
「うん……まさに、クール系美人って感じ。」
「ね。」
二人して妙に納得しながら、気づかれないように顔を見合わせて笑い合った。
そのやり取りを聞いていたのか、カナがニヤリと笑いながらこちらを見つめる。
「何? 二人とも、そんなコソコソしてないで堂々と話せばいいのに!」
その一言にタカコが慌てて首を振る。
「いやいや! なんでもないです!」
カナの笑顔とハルの柔らかな視線に囲まれ、ぎこちなさが少しずつ解けていくのを感じた。初対面だというのに、まるで前から知っていたような、そんな自然な空気がカフェの中に広がっていた。
二人して妙に納得しながら、気づかれないように顔を見合わせて笑い合った。
「リオ以外は、揃ったね!」
隣のハルが静かに頭を下げながら挨拶をした。
「今日はよろしくお願いします。」
タカコも少し緊張した様子で小さく会釈しつつ、ふと不思議そうに呟く。
「あれ……なんでカナもハルも、僕たちのこと見て驚かないんですか?」
カナが一瞬口を開きかけるも、何かを思い出したように口をつぐむ。
「……えーっと、それは後でユウキから聞いて!」
「えっ、後で?」
タカコが怪訝な顔をして私の方を見る。
「後で話すわね。」
私は少し苦笑しながら、手で制した。
「ほらほら! 早く座って! 堅苦しいのはなしだよ!」
カナが明るく話題を切り替え、場を和やかにする。
タカコは釈然としない表情を浮かべながらも、仕方なく席についた。
その背中を見送りながら、私は心の中で少しだけ苦笑いを浮かべた。
(言ったらもっと驚くものね……今は、もう少し黙っておきましょうか。)
「やっと揃ったね! 」
ハルが静かに頭を下げながら挨拶をする。
「今日はよろしくお願いします。」
タカコも少し緊張した様子で頷く。「よろしくお願いします……。」
その時、遅れて入ってきたリオがカナを見て、目を丸くする。
「えっ、カナさん!? どこ行ったんですか、あの可愛くて華奢なカナさん! 誰、この大きい人!」
「なにそれ!」
カナが爆笑しながら肩をすくめる。
「これが現実の私だよ! 期待しすぎだって!」
「でもでも!」
リオが手を叩きながら笑う。
「カナさん、そのままでも素敵ですよ! パワー系って感じで!」
「ちょっと待って!誰がパワー系だ!」
カナが笑いながらリオの肩を軽く叩くと、場が一気に和やかな雰囲気になる。
次の瞬間、リオがユウキ――私――を見て、目を輝かせながら近づいてきた。
「で、誰なんです? この素敵すぎる女性は?」
少し困ったように微笑んで答える。
「ユウキです。よろしくね。」
リオが一瞬固まった。目を見開いたままフリーズしている。
「……え? ええええええええ!? ユウキさん!? 女の人なんですか!?」
カナがその反応に大爆笑する。
「ほらね、面白いって言ったでしょ!」
リオは顔を真っ赤にしながらジタバタし始める。
「ちょ、待って! 私、男の人だと思って散々アピールしてたんですけど!? どうしよう、めっちゃ恥ずかしい!」
ハルが冷静にツッコミを入れる。
「自業自得だな。」
カナは笑いながらリオの背中を叩く。
「リオ、暴走しすぎるからだよ~!」
突然、リオが真剣な顔で僕――タカコの方へ向き直る。
「っていうか、タカコさんですよ! あの、タカコさん!!」
「え? 僕?」と驚きながら一歩引く僕に、リオが勢いよく言い放った。
「私と付き合いませんか! タカコさん、お持ち帰りしまーす!」
「ちょっと待って!」
カナがツッコミを入れ、ハルがため息をつきながら言う。
「落ち着け、リオ。」
僕は顔を真っ赤にしながら慌てふためく。
「え、いや、あの……リオ、冗談だよね?」
しかしリオは真顔で言い切った。
「冗談じゃないです! タカコさんは頼れるし、絶対私とお似合いです!」
その時、リオが僕とユウキを交互に見つめ、突然叫んだ。
「えっ……もしかして、タカコさんとユウキさん、付き合ってるんですか!?」
僕は目を丸くし、ユウキが穏やかに微笑む。
「そうですよ。」
「えぇぇぇぇぇ!? ヤダヤダヤダ! なんでなんでなんで! いつからなんですか!」
カナが笑いながらリオを落ち着かせる。
「ほらほら、リオ、落ち着けって!」
ハルは小さくため息をつきながら呟く。
「……予想通りだな。」
和やかな空気が広がる中、カナが突然タカコに視線を向ける。
「それよりさ、タカコって絶対女装似合うと思うんだよね! どう思う、ユウキ?」
「えっと……確かに似合うかもしれませんね。」
私が微笑むと、タカコが顔を赤くして慌てる。
「ユウキまで!? そんなことないですって!」
「え? 女装? タカコさん、そんなことしたんですか!?」
リオが目を輝かせて身を乗り出す。
「いや、その……文化祭で……女子に無理やりやらされて……。」
タカコが小声で語り始める。
「衣装着せられて、お化粧までされて……写真も撮られて……ネットでバズったし、もう最悪なんですよ!」
「えー! それ絶対可愛いじゃん!」
カナが嬉しそうに言い、リオも興奮気味に続ける。
「見たい! ていうか、探しましょう! 絶対かわいいに決まってます!」
「やめてください! 絶対ダメです!」
タカコが必死に止めようとするが、カナは素早くスマホを取り出して検索を始める。
「これだ!」
カナがスマホ画面を皆に見せると、そこには華やかなドレス姿のタカコが映っていた。
「うわぁ! 本当に可愛い!」
リオが手を叩きながら叫ぶ。
「これは確かにバズるな。」
ハルが冷静に頷き、ユウキも優しく驚きの声を上げる。
「……本当に可愛いですね。驚きました。」
タカコは顔を真っ赤にしながら俯く。
「もう帰りたい……。」
「帰さない帰さない!」
カナが笑いながら言い、リオも勢いよく提案する。
「次回のオフ会はタカコさんの女装ショー決定ですね!」
「絶対やりません!」
タカコが全力で否定するも、笑い声がカフェ中に広がっていく。
リオが突然真顔になり、ため息交じりに言う。
「なんか私、めっちゃ楽しかったけど、楽しくないんですけど! どういうことですか!」
「どっちなんだよ!」
カナが大爆笑し、ハルも小さく笑う。
「だってだってだって、ユウキさんは女だし、タカコさんには振られるし! 踏んだり蹴ったりじゃないですか!」
笑い声の中、私とタカコは目を合わせた。
「こういう時間が、やっぱりいいね。」
私が静かに言うと、タカコも微笑みながら小さく頷いた。
「うん……本当に。」
窓の外には夕焼けが広がり、カフェの中に響く笑い声が心地よく続いていた。
(完)
もう一人の僕は私 自己否定の物語 @2nd2kai
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