第39話 見抜かれた幻術

  顔色を失った方清舟に、雷嵐は「そう。わたしたちは見つけたのだ」と言い、あらためて長机の上の絵に目をむけた。そして、告げる。


「あなたの描いた絵に命が宿ったと見せかける方法をね」


 雷嵐の言葉を聞くやいなや、前のめりになった段志鴻が「ほんとうか? やはり、詐欺だったんだな?」と明るい声で問い返す。

 雷嵐は「ああ」と返事をし、杜天佑に視線を送ると、「おまえもわかっただろう?」と質問した。

  うなずきで返事をかえした杜天佑は「絵は二枚あったのです」と、長机の上を指さす。 杜天佑の言葉をきっかけに段志鴻は書房に駆けこみ、彼の指さす絵を見た。一見してすぐに彼は「あっ!」と声をあげ、言う。


「絵の背景は、うりふたつ。だけど一方には孔雀がいて、もう一方には孔雀がいない!」


 段志鴻の言葉は正しかった。広げた絵の一方には苔むした庭に牡丹が咲き乱れ、姿勢よくたたずむ孔雀が描かれている。もう一方には孔雀の姿はなく、牡丹の咲く庭が描かれているだけだ。ところが孔雀の有無を論じなければ、この二枚の絵の牡丹と苔むした庭の構図は、まったく同じに見えるのだ。


「絵に描かれた生き物が絵から抜け出したのではなく、絵自体を交換したのか!」


 段志鴻が感嘆にも似た声をあげた。


 ――段頭領の見立てどおりだろう。だけど……


 絵が二つ存在するだけでは説明がつかない。杜天佑は「でも」と小さく声をあげ、違和感を口にした。


「自分の屋敷にあるならともかく、絵は売ってしまっていたのですよ。他人の屋敷にある絵を、どうやって入れ替えたのでしょう?」


 すると、当然だと言わんばかりの態度で「だから、下見に行くのだよ」と断言し、答えた。


「そうして、忍び込みやすい屋敷の持ち主に絵を売るんだ」


いったん言葉をきった雷嵐が「しかも」と口にし、少女に目をむけた。

雷嵐の視線に気づいた泣きぼくろの少女は、びくりと肩をゆらす。こわばった表情の彼女の腕のなかで、白い犬だけはしっぽを機嫌よく振っていた。

雷嵐は話をつづける。


「胡逸然の場合は、わざわざ自分の娘を忍びこませたらしい。彼の屋敷が不用心極まりないのを頼みに、絵から抜け出して逃げる女をわざと目撃させたのだ。この話が胡逸然の口から広がれば、方画仙の絵を欲しがる人も今以上に増えると期待したのだろう」


 雷嵐の推測に、段志鴻は「なるほど」と手を打った。


「胡逸然は骨董に金をかけてばかりで、使用人は最低限しか雇っていないのだよ。もちろん、門番もいない。侵入するのは簡単だったろうね」


 段志鴻の話に、杜天佑も納得だった。彼が胡逸然の屋敷を見てまわった際、屋敷と外界をつなぐ扉が開け放たれていたのを思いだしたのだ。

 段志鴻の見解にうなずきで応じた雷嵐は「彼の骨董のなかには、本物もあった。胡逸然は、骨董だけでなく屋敷の警備にも力を入れるべきだな」と、ため息まじりに首をふった。


 おおむね異論はない。しかし、まだ疑問は残っていた。杜天佑は「でも」と口をはさみ、さらに問う。


「貴族階級にも彼の絵を買った人はいると、言っていましたよね? 護衛の多い貴族の屋敷に入りこむのは、難しくはないですか?」


 問われた雷嵐は「もちろん無理だ」と、断言した。


 ――だとしたら、この推理には無理がある。


 杜天佑が落胆していると、雷嵐は「そもそも、警備の厳しい屋敷には、忍びこむ必要がないのだ」と言葉を足す。

 思いもしなかった言葉に、杜天佑と段志鴻は「え?」と目を丸くする。

 方清舟は青い顔をさらに青くした。彼の娘も、泣きだしそうな顔で震えている。

 雷嵐は話をつづける。


「おまえたちも知っているだろう? 方画仙の絵は、すべてに命が宿るわけではないんだ。だから、警備の厳しい屋敷には小細工のない普通の絵を売ればいい」


 答えを聞いた方清舟は、その場にへたり込む。涙をこらえていた娘も、すすり泣きをはじめた。彼らの行動から、雷嵐の言いぶんは正しいのだと杜天佑はさとった。

 段志鴻も「そうか」と大きくうなずき、言う。


「警備の厳しい買い手の絵は売りっぱなしにし、警備の手薄な買い手の絵には命が宿った演出として絵の入れ替えを行うのか!」


 方清舟の絵に命が宿る怪異の真相が明らかになった。

 結局、不思議な絵は存在せず、ただの詐欺だったと全員が納得したと同時だ。雷嵐が「ところで」と切りだし、方清舟に問いかけた。


「この詐欺の手口、考えたのは方画仙ではないのでは?」


 感情を出しきったかに見えた方清舟の表情に、驚愕の色が浮かぶ。彼は身を縮め、答えを口にしようとしない。よく見ると、小刻みに震えてさえいた。

 方清舟の反応を不審に思った杜天佑が、「なぜそんな質問を?」と雷嵐にたずねる。

 すると、雷嵐は「わたしの推測には、少なくともあと一つ、穴があるのだ」と、さらりと言ってのけた。方清舟に視線をむけ、彼は質問した。


「彼と彼の娘。もしかしたら、使用人も関わったかも。だが、それだけの人数が協力したとしても、すべての犯行を行うのは無理なんだ。方画仙、そうだろう?」


 小刻みに震えていた方清舟の肩がびくりと跳ね、震えがさらに大きくなった。

 がたがたと震える方清舟をしばらく眺めたあと、段志鴻が緊張した面持ちで雷嵐に問う。


「つまり、この事件には共犯者がいると言いたいのか? なぜ、そう思うんだ?」


 ため息をつき、雷嵐は深くうなずくと答える。


「発端の事件だけが、わたしの推測に当てはまらないのだ」


 ――発端の事件と言ったら……


 江家の使用人である趙六が語ってくれた流言を思いだした杜天佑が、ぽつりとつぶやいた。

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