「闇が育つ場所」 

低迷アクション

第1話

闇の育つ場所


今思えば、あれは昨今流行りの“〇バイト”だった…とケンジ(仮名)は言う。


医療機関及び、政府が、いや、世界が降参と両手を上げた疾病大流行で、職を失った彼は、スマホで調べた高額報酬案件(と言っても、殆どは仲介に搾取されたのが現実だが)


を、こなす内に、いつの間にか個人情報を抑えられ、断る事が出来ない仕事をやらされるようになった。


「内容は文字で書いた如くの闇だった。特にそんなかでも…」


以下は彼の体験である…



 スマホの指示で向かった先は、都心から離れた、山間のオンボロ団地…仕事内容は解体業者が来る前の撤収補助だった。盆地に建つそこは、一本の畦道から扇状に複数の棟が並ぶマンモス団地の廃墟群…


「住民の退去は終わってるって話だった。じゃあ、俺等は何すんだ?って思ったら、納得の光景が広がっていた」


ケンジと同じような理由で集められた数人の男達は、部屋のあちこちから飛び出ているゴミや家財道具の量を見て、大いに辟易した。


「まるで、台風でも来て、人間だけが吹き飛ばされた…そんな感じですな」


元大学教授(自称)のセンセー(愛称)が眼鏡を押し上げ、感心したように頷く。


「っせぇぞ!センセー、てか、これを全部片付けろって事かよ。ったく、ってらんねぇ」


興奮すると舌っ足らずになるタニ(仮名)が、すきっ歯をヒュー、ヒュー鳴らし、吠える。


ケンジとて同じ気持ちだ。今、足元で散乱するゴミの様子だけで、住民達の人となりがわかる。


ここに集められた自分達と同じか、もしくは、それよりにもっと下であろう、食い詰め者達の抜け殻、いや、残りカスか?


いつ、ケンジが同じ立場になるとも限らない。


集まった全員が同じ気持ちなのだろう。あちこちで、ため息がこだまし、気乗りしないと言った雰囲気を存分にアピールしながら、安い軍手を嵌め、ごみ袋を揺らしながら、担当の棟に消えていく。


「それにしても、先程の入口の門、あれは」


ケンジの後ろで、首を傾げるセンセーが呟く。


入口の様子は確かにケンジも覚えていた。開ききった門は、最早、用なす事ないが、閉まれば、団地を囲む高い塀と相成って、誰一人、外に出る事は不可能と言っていいだろう。


「まるで刑務◯いや、収◯◯と言った方が」


センセーの言葉が聞こえなくなる場所まで、距離を置いたケンジは、自身と彼の杞憂を振り払うように作業へ没頭した…



 仕事は単純なモノだった。各棟から集めたごみを袋に入れ、入口に置いておく。トラックは2時間に一回の割合で回収に来る。


朝8時から始め、夕方6時には終了、食事と飲み物は2回目の回収時に支給される。


勿論、ただの片付け作業…と行かない所が、ケンジ達が集められた理由である。


最初は住民の食い散らかしたペットボトルにカップ麺、ティッシュごみ、簡易ベッドや衣類と言った、一般的なゴミの片付けは、まだいい。


だが、奥の棟に進むにつれ、吐瀉物や汚物の汚れ、床にぶちまけられた、強い消毒剤跡が目立つようになってきた。


「まるで、団地の入口に近いほうが、階層的には高い、健康レベルを維持できた人達が暮らせた…そんな感じですね。勿論、こんな底辺の中では比較的、マシな方の部類の方達と言う意味ですが」


「いや、違うだろ?」


「?」


センセーの考察を、ケンジはあっさりと一蹴する。彼の見立ては筋が通るが、現実はもっと単純、短絡的なモノだと、予想がつく。


行き当たり的に生きて、こんな場所に辿りついてしまった、自分を踏まえ…


「駄目になった奴を、順に奥へ追いやった。臭いものに蓋的な感じ、それくらいしか考えてねぇよ。連中は」


「じゃあ、入口辺りの慌てようは一体?何があったんです?ここは」


そこまで、喋った時、複数の悲鳴が団地入口から聞こえてきた…



「っく!うっく!違え。奥だ。奥。奥行ったら、寝袋みてぇのが一杯あって、そんで、コイツと運んだんだ」


入口近くに設けられた…と言うより、ただ、皆が勝手に置いていった集積所で、タニが喚いている。


彼と相棒の足元には、確かに、複数のキャンプ用寝袋が置かれていた。物凄い臭気を放っているのか、遠くからでも、強い臭いが鼻腔をさす。


興奮して、さらに発音を難しくしたタニの言葉は意味不明だが、論より証拠…寝袋から除く“モノ”に何人かが、昼飯を路上にぶち撒けた。


そこに舌っ足らずの言動が被さる。


「やけに、重いと思った。袋から除いて納得…見ろ、これ。死体だぞ?焦げてて、よくわからんけど」


タニの指差す先からは、真っ黒な人の頭、

マネキンではない、この肉感は本物の…


「人ですね。焼いたのは防菌処理のためでしょうか?」


センセーの言葉に集まった者達が次々と口を開く。


「そう言えば、俺達の棟は、壁が血だらけだった」


「使い捨ての注射器と、血のついた針があったけど、それだけ…点滴とか治療用の機材がなんもねぇ、回し打ち、打ち捨てみたいな場所だった」


「コ〇ナじゃねえか?これ…」


「だとしたら、ヤベェ、早く離れねぇと」


「馬鹿、迎えがなきゃ、こんな山奥、どうやって帰る?運ばれてきた車は、窓ガムテで外見えなかったぞ?」


全員が、それぞれで怒鳴り、不安を口にしつつ、さり気なくであるが、タニとその相棒から距離を置き始める


勿論、ケンジとセンセーもだ。


徐々に立ち籠める不穏な空気に、タニが何か言おうと、口を開いた時、


唐突に寝袋の一つが立ち上がり、彼の相棒にのしかかる。


悲鳴が上がると同時に、袋から人体模型のような顔が覗く。


レア、生焼け…と言う言葉が相応しい、濁った目で、辺りを睥睨するそれの顔が横にブレた。


「っの野郎、いね!死ね!」


ごみの山から金属棒を拾い上げたタニが何度も、何度も、棒を振り上げ、打ち付けていく。


果物の潰れる音と、硬いものがぶつかる打撃音が連続する中、


ケンジ達は、示し合わせたように、無言でタニ達から離れたごみの山を漁り、梱包用の紐や、人を殴れる、投げつけれるような得物を用意し始める。


やがて…


「ってやったぞ!んなぁっ!これで解決…解決っつうっ!?」


快哉を上げるタニの顔に拳大の瓦礫がぶつけられた。


投げたのは、元甲子園で期待された

投手だった男(自称)確かに良いフォームだとケンジは思った。


袋の山に倒れ込んだタニを合図に、ケンジを先頭にした男達が動き、そこから抜け出そうとする相棒、今は完全に死んだ袋の主、それぞれを紐で拘束し、寝袋の中に入れていく。


「縛りを担当した人は、そこにある消毒液で、手を洗って、口を覆う布は言わなくてもわかると思うけど、勿論、消毒で」


センセーの手際よい指示で、全ての工程を終わらすのに、10分もかからなかった。


「センセー、タニと相棒はどうする?」


「誰か、寝袋を持ってこいよ」


「いやだね」


「そうだよ。コイツ等が担当の棟は全部、終わらせてるさ」


「じゃぁ、どうする?」


「…一緒に入れちまおう」


「死体と一緒にか?」


「そうだ」


全員が無言で頷き合うと、気絶しているタニと、相棒を比較的、焼けている寝袋の中に運び入れた。


「お前等どうかしてる。助けて、助け」


「恐らく、灯油を使ったんでしょうね。だけど、量もそんなになかったから、完全には焼けなかった。まだ生きてるのがいるのも、そのためでしょう。注射器は薬の副作用を見るための違法治験の類、だから」


袋の中で叫ぶ相棒の声を掻き消すように、音程を大きくしたセンセーが、皆に説明しながら、寝袋のジッパーを上げていく。袋が閉まる瞬間、ケンジは、こちらを見る彼と目が合った。


数分後、トラックがやってきて、彼等の雇主がゴミも寝袋も全て回収していった。

袋の中身が動くのも、お構いなしに、作業員が減っている事も、尋ねたりはしなかった。


「ここは、掃き溜め、生きている内は、あらゆる労働で酷使され、肉体すらも、誰かの金儲けに使われ、最後は…あの寝袋の中身、多分、薬の副作用が出た時に、処理したのは、入口の棟にいた人達でしょう。自分達が助かるために、仲間を殺した者だっているかもしれない。私達のように」


「まるで、蟲毒だな。殺し合って、生き残った者、毒を強くした奴だけが外に出れる。俺達も同じだ」


ケンジの応答に、センセーは力なく笑い、作業に戻っていった。


このバイトを最後に、ケンジは知り合いを通し、弁護士による法的な介入を受け、現在は正業に就いている。


団地で起きた事は物的証拠に欠けるため、彼を含め、立証は難しく、現在、更地になった土地からは、犯罪を匂わせるモノは出てこなかった。


だが、ここ最近、世間で頻発する事件を見るに、全てが終わったとは言いにくいと、ケンジは言う。


窓を叩き割り、住人を脅し、金品が得られなければ、相手を殺すと言う残虐性、白昼堂々、店に押し入り、近づく者に罵声を浴びせると言った原始的、暴徒のような犯罪行為の数々…


テレビでは専門家達が経済的困窮、高収入で一般人を簡単に、犯罪の道へ誘う事が

原因と言われているが、彼の考えは少し違う。


あのバイトの日、作業に戻るセンセーがケンジに振り返り、残した言葉があるからだ。


「ケンジさん、ここを出た連中は何処へ行ったんでしょう?私達も含めて」


事件報道に、いつかセンセーが映らない事だけを、彼は祈っている…(終)

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