P02 ファンたちの疑問を宙に浮かせたまま、「聴いてくださいー」と夜乃が叫ぶと

 ファンたちの疑問を宙に浮かせたまま、「聴いてくださいー」と夜乃が叫ぶと、耳をつんざくような激しい音が鳴った。新曲の前奏が始まったのだ。私は慌てて定位置につき、ステップを踏んだ。


 ギターがぎゅうんっと響いたのを合図に、困惑しているファンをねじ伏せるくらいの気迫で歌い踊る。消えるのは自分か、相手か。「ウチ」は一歩も引く気はないし、諦めるぐらいなら今すぐ死んでやる、と歌っている。ドールズ初のロックテイストの曲。


 前向きなラブソングや応援歌が多かった今までと毛色が違いすぎて、ファンの大半がドン引きしているのがわかった。私も不安だった。衣装の方向性もがらっと変えて、いつもの淡いピンクのリボンやレースがついたフェミニンなものはやめて、黒と真紅のコントラストの強いゴスロリ風ミニスカートを着用している。


 どよめきや悲鳴も聞こえる中、わからないなりにペンライトを掲げたり、リズムを刻んでくれる健気なファンもいた。会場中の歪みを全て引き受けるとばかりに夜乃は慣れないリリカを目配せでリードしつつ、よくできたお人形のようにくるくると、時には激しく体をくねらせながら踊り続けている。


 夜乃はこの1000席のライブ会場を完全に支配していた。


 リリカはいつもの悪い癖で声が割れ気味になっていたが、夜乃が自分のパートじゃない時でも澄んだ声でそっとカバーしてやり、不安定な歌唱を優しく包み込んでいた。徐々にファンから手拍子が発生し、勢いづいていく。


 私はいつも夜乃の背中や弾む髪の向こうに広がる景色は、本当にきれいだと思っていた。


 ファンの熱気のせいか、揺れるペンライトが生み出す浮遊感か、それとも夜乃自身が発光しているのか。あたたかなオレンジ色の輝きに満たされて、この世界が美しくて、泣きそうになる。さっきの歌詞じゃないけど、このまま死んでもいいとさえ思う。声援が遠のいていく。夜乃は私の「推し」なのだ。


 もっともっと見つめていたかったけど、ポーズを決めたリリカに邪魔されて、その尊い背中は見えなくなった。


 夜乃がライブ会場でファンに体制変更を告げた夜、公式サイトとSNSでもWセンター制に移行することが発表された。施行は新曲配信日からで、いつまでという表記はない。


 リリカのファンは歓喜して、


〈やっと売れる、これでメジャー行ける!〉

〈今までが地味すぎた〉


 などとネットに書き散らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしの推しが死んだ日――とある半地下アイドルQの独白―― 天沼ひらめ @hirame_amanuma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ