わたしの推しが死んだ日――とある半地下アイドルQの独白――

天沼ひらめ

【1】解散じゃないから安心して

P01 土砂降りのような拍手のなか小泉夜乃が唇に人差し指を押し当てると

 土砂降りのような拍手のなか小泉こいずみ夜乃よるのが唇に人差し指を押し当てると、ライブ会場を埋め尽くすファンの歓声がふっと止み、静寂が訪れた。ファンは夜乃の言うことなら従う。普段は妖精みたいにふんわりした人だけど、ステージ上ではセンターとしての貫禄は十分だ。


「きょうはみなさんにお知らせがあります。今後のドールズに関する重大発表」


 くりっとした大きな瞳で会場を見渡すと、おおっという野太い声と同時に悲鳴が聞こえた。「解散じゃないから安心してー!」夜乃がそうつけ加えると、客席では安堵のため息がさざ波のように広がっていく。


 夜乃が汗ではりついた前髪を整えながら小さくほうっとため息をつくと、彼女の頬の柔らかい輪郭線のふちがきらきらと眩しくなった。


 あの子は勝手に光っている。


 私は夜乃の華奢な、でも頼り甲斐のある背中をじっと見上げながら、きょうは乗ってるなと頷く。対角線上にいるリリカも同じことを感じたのか、神妙な顔つきで唾を飲み込むと射るように前方を見つめていた。


 私たちは「Aliceアリス IceアイスDOLLドール」という5人組の半地下アイドルグループのメンバーだ。半地下というのは、地下や地底ほど無名ではなく、かといってテレビ番組や雑誌に頻繁に出たり、動員力があってホールを埋めたりできる地上や天空とは程遠い存在の微妙な立ち位置のアイドルグループのことだ。


 ファンからは「ドールズ」と呼ばれ、センターが夜乃、その右後ろに2番人気のリリカ、左後ろに3番人気のわたしが対になるように立っている。最後列は、4番人気の沙耶香さやかと最下位で高校生のらん


 夜乃はステージの真ん中で、一番明るいライトに照らされながら子供みたいにか細い腕を懸命に揺らしている。ふいに、彼女が後ろにいた私たちメンバーを振り返り、目尻をきゅっと丸めながら微笑んだので不覚にも涙ぐみそうになった。


「告知してたと思うんですけど、あしたから新曲の『狂愛モメンタム』が配信スタートになります!」


 夜乃の衣装から白い脇腹がちらりと覗き、観客はここぞとばかりに歓声を上げた。


「そこで発表……。新曲から私の隣にこの人が一緒に立つことになりました。リリカー!」


 名前を呼ばれると、さっきまで固い表情だったリリカが緊張を振り払うようにぴょんぴょん跳ねながら前へ進み出た。センターの位置で夜乃と並ぶ。


 なおもファンは騒いでいるが、何かあるらしいと仲間内で顔を見合わせ、首をひねる者も現れた。夜乃の隣にリリカが並ぶことが一曲だけの措置なのか、今後も続いていくことなのか、どちらだろうという思案顔だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る