理由はない。

「あーだりぃ、次体育だよー」

「でも女子の体操服おがめるぜー?」

「つっても第一世代の女じゃなねーとムラムラしねーだろ?おまえは変態だなー」

「なんだとー!?」

 ……ていう会話をしてる後ろで僕は制服を脱いで体操服に着替える。いやぁ、なんかやだなー、周りは変態ばっかで。

 僕はあまり性欲みたいなのは感じないから、そういうのはよく分からないけど、でもなんとなく第一世代特有の女性の曲線は綺麗だと思う。

 歴史でセンシティブな絵画とかもあるし、女性の裸っていうのはやっぱり美の象徴なのかもしれない。

 体操服の上着を着て、下のスラックスも脱ぐ。

 自分のつるつるした足が表れると、ふと少数の視線に気付いた。

 数人の第一世代の男子の視線だ。ちらりと見た瞬間では、他の第二世代の男子の着替えも見てる事に気付く。

 まあ他の第二世代も女の子とも取れる顔つき体つきしてるし、興味本位でみてしまうのかもしれないな。

 それに、僕は女性もののパンツはいてるし。

 普通ならもっこりするんだろうけど、ブツがないのですっと着れる。それに母の趣味で女物の服をよく買うからなんとなく着てる。それだけだ。

 ……まあ、悪い感じもしないし……ね。


 体育館に着いて、授業前の準備運動に並ぶ、と思いきや体育館の端の壁に体育座り。

 そう、これが最近のルーティン……だ。

 とカッコつけたい所だが、ただ単にめんどくさいので見学させてもらってるだけである。

 意外と先生も適当で、やりたくないならやらなくていいけど高校最初からそういうのはどうかと思うぞ?程度の事しか言わない。

 確かにやる気の問題としては、考えられるものであるが、勉強でもなく身にならないような運動なんてやってどうなんだろう、という感想である。

 長く口実を垂れてしまったが、言うなればめんどくさい、ただそれだけである。

 日が当たらない為か少し肌寒い空気に満たされた体育館を、体育座りの丸めた足に顔を埋めて、とてもだらしない体勢をする。

 冷え性だからちょっと肌寒いな……。

 そろそろチャイムもなって体育始まると思うけど、……?

 顔を埋めて低くなった視界に、並んだ生徒達に一人離れて体育教師に話しかけている女子生徒を見つける。

 先生がうん、うんと頷くとこちらに指を指して女子生徒も頷く。

 教師はその場を離れ、チャイムも鳴っては首にかけたホイッスルをピピっと吹き授業を始めていく。けども、教師のその行動を一通り眺めて一人になった女子生徒はこちらに振り返り近付いてきた。

 しかも見覚えのある顔だ。最近すげー印象的だったヤツの顔。

 名前はー……、なんだっけ?名前……、名前……。

「おやや!あなたはっ、大鳥あとりさんじゃないですかーぁ!」

 にまーと少し気持ち悪い笑顔を浮かべて、彼女はこちらに歩みを進める。

 確かこのキモいのは、猫みたいな印象のヤツで、えーと……、あっ!そうだ、ねこのねこだ!

「えと、猫さんだっけ?こんにちは」

「こんちはですー!でも私、名字は猫野ですけど猫ではないですよ?」

 ん?あ、あれ?下の名前猫じゃなかったっけ?

「ご、ごめんうろ覚えなんだけど、猫野猫さんじゃなかったっけ?」

「みゃみゃ!?私は猫野玉ですよ!ただの猫じゃないです!」

「あっそうだ、玉さんだ。名字が印象的過ぎて忘れてた。ごめんね」

 犬歯ならぬ、猫歯を見せてはしゃぐ猫野さんはやはり猫っぽい。

「みゅみゅーぅ、ひどいですよーあとりさーんっ」

「ごめんごめん」

 ぽすん、と少し空気が押し出されるように勢いよく座った猫野さんは、僕と同じように体育座りしてジト目で見てくる。

「猫野さんも、見学?」

 少し空気を変えようと話題を振ると、彼女は表情百面相みたいにくるりと顔色を変えて、にひひと笑う。

「そーですね、生理でちょっと休みました」

 せいり?せいりってそれってまさか、

「ズル休み?ないよね?生理」

「ぬふふ、ないでーすよー?ズル休みです!」

 そんなきっぱり言わんでも……。

 猫野さんはイタズラっ子の笑みをこぼして前に向き直ると両手を体育座りした太もも裏に回して持ち上げる。

 自然と丸まってる姿勢だから、彼女の表情は隠れた。

「あとりさんは、なんで休んでるか訊いても?」

 その体勢でもごもご喋るのは、あんまりこの人と接してない僕でもなんか、らしさを感じてしまう。猫らしい、のかもしれないな。

「いいけど、君の本当の理由も気になるな」

「………………」

 無言、だけども微かにその体勢のまま首を上下に動かしているように見えたから承諾と受けとっておく。

 その体勢で頷くのも変だと思うけど、ね。

「僕は君と同じ……かは分からないけど、ズル休みだよ。ただの」

「うん……、そっか」

「君は?」

 変なヤツだと思う。関わるのもめんどくさいと思う。

 でも、第二世代の彼女が、はっきり自分を女性と認識して、その格好をしている。そう感じ取れるから、なんで。

 なんで、自分の性別を定義できたのかと、なんとなく気になって。

 めんどくさくても関わりたくなってみた。

 だから、

「なんで見学なの?」

「…………ぁから」

 ……?だから?あまりにも小さく口籠るから聞き取れない。

「…………ふぅ」

「……?大丈夫?」

 彼女は顔をばっと上げて膝小僧に両手をちょこんと乗せると、いつもよく見せる意地の悪そうな笑顔をこちらに見せた。

「理由はないです!」

「……え?」

 いやいやいや、ないんかい!あるだろそういうの、普通は!

「僕みたいにサボりたかったとかじゃなくて?」

「じゃあそれで!」

 猫野さんは、猫歯を見せてにひひと笑うと、その笑顔に当てられる僕は頭を抱えるしかない。

 ……意味分からん。

「まあまあ、あとりさんもサボるの大好きでしょうし、今度一緒に遊びません?遊ぶのも好きでしょー?」

「えっ?えー、あー、うーん……。まあいいけど」

「えへへー、やったー」

 今度は無邪気に笑い、バスケの激しいダンク音が広がる体育のバスケ授業を見ながら、にこにこしている。

(そっか、理由はない……か。そうゆう人もいるよな)

 こうゆう人間といるのも悪くないかも、そう思った。

 いや、人間というより猫かもしれないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛を持てない僕たち、わたし達。 蒼井瑠水 @luminaaoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ