あなたという存在に。

「うんみゃ!うみゃ!うみゃー!」

 むしゃむしゃむしゃ、むしゃしゃー!

 醤油がたっぷり染み込んで塩味の乗った茶色い米粒に旨味効いた鰹のおかか。私が大好きなお母さんの作る弁当の一品だ。

 周りは、春風に満ちた陽気な春の空気。そして、屋上だからこそ見える満天の青空。ちらほら漂う雲さえも気持ちよさそうに浮いているように感じる。

 ああ、気持ちいいな……。

「もちゃもちゃ、いやーサイコーですなー」

 青春を謳歌してる、まるでそうかんじてるようだった。いや、そしたら真のリア充さん達に失礼か。

 しばらく空の雲の行く末を見つめると、また口の中が物寂しくなって、再び塩気のあるご飯を口に運んだ。

「うみゃ〜、やっぱおかかご飯は最高や〜!」

 むちゃきっておまんまにありつく私は、近くに座っている扉が開き、新たな存在を知らせる影が現れた事に気付かず、あむあむ、もっちゃりもちゃり咀嚼する。

「うみゃ、うみゃ、うmy……」

 ……?なにか人影がこちらを覗き込んでる?

 私は咀嚼を一旦止めて、ちらり振り向くと、そこにはとても秀麗、優美……としか言いようのない綺麗な女の人がちょこんと座り込んで見つめていた。

(き、きれいな人……)

 一瞬、その美しさに見とれる。が、すぐに驚くという本能が押し寄せてきて、びくんと身体が反射する。

「……!?にゃにゃ!だ、誰ですか!?」

 私は急に心臓がぴょんと飛び跳ねる感覚に背筋を震わせ、のちに這い寄るドクンドクンと唸る鼓動を胸の中に感じながら、彼女をじっと見る。

 彼女は少し戸惑い気味に口を開き、視線を逸らして外の風景を見ると、ぽりぽりと頬をかいた。

 ふうっ、と息を吐いて再びこちらを見つめる彼女は、まるで小ぶりの弦楽器が奏でるような声で……訊く。

 私に、……こう優しくあやすように、 

「……っいや、ちょっと教室じゃ食べづらくてさ、屋上で食べようとしたら君がいて……。一緒に食べていい?」

 えっ、こんな綺麗な人が私の隣で……?嬉しい、けど、でも。あなたは……

「そ、それはいいですけど……。私、お邪魔じゃありませんか?」

 儚げにも見える長い白髪に凛と熱く燃えるような赤い瞳。外国の方の血が混ざっているのかもしれないが、それでも現実離れした姿だった。

 彼女はその白い髪をかきあげ、耳に一房かけると、

「いやいや、僕がお邪魔じゃないかって申し訳ないぐらいだからさ、ね?」

 そう、凛とした口調で私に諭す。

 そんな事言われたら場所を譲るしかないじゃないか。

 私はお尻をずらして弁当箱を乗せた風呂敷もズズズっと引きずる。

「は、はい……じゃあ、どぞ」

「ありがと」

 彼女はそう言って私の隣に座る。先程胡座をかいていた私は正座して、逆に彼女は胡座をかく。

 さっきまでの私のように座る彼女は、しゅっと巾着の口を開けてそそくさと弁当を広げていた。

 そんな姿をじーっと見つめて私の身体と彼女の体を見比べた。

 彼女のような綺麗な人と比べるには貧相な体で比較するのもおこがましいぐらいだけど。なぜか、見慣れた体をしていて。

 私の細い体に彼女の細身の体。私のすっかすかの胸に彼女のスタイルのよい胸板。そして私の全然女らしくない下半身を包むスカートに、彼女のかっこよささえ覚えるスラックス。

 もしかしたら、彼女は……。

「どうかした?」

 彼女は胡乱な視線でこちらを見つめ、はてなを浮かべる。

 そんな彼女とは対照的に、私はわたわたと焦りながらなにか弁解をと口をとりあえず動かす。

「い、いえ。もしかしたら、第二世代の方かなぁと」

「?あ……ああ、そうだよ?でも、どうして?」

 ……え?あ……、やっぱり、そうなんだ。

 なぜか胸に広がる安堵感に安心して、それに触れようと手を胸に当てる。

「あ、その、私も第二世代……なので」

 おどおどと、でも確かに第二世代と言えて、綺麗な彼女と一緒なのが、なんだか嬉しくて。

「そ……っか、ふーん」

 彼女が遠い地平線を眺めるようにどこかをみつめて、つぶやく。

 なんで、嬉しいのかな。いや、そんな事より彼女に失礼じゃないかな。こんな私が、第二世代の私がこんな事訊いて、勝手に喜んで。

 謝るべきだと思って、振り返り、口を開いて彼女に視線を合わせると、彼女の赤い瞳もこちらを見合わせていて。

「その」

「あの」

 彼女と言葉が重なる。ちょっと気不味いけど、それよりなんかあの時を思い出して。

 いつも兄とケンカした時の雰囲気に似てて、言葉がハモるのもそう。

 懐かしいなぁ。

「あー……、なんかごめん」

「…………ふふふ」

 彼女は謝ってるのに、私はつい笑ってしまう。懐かしい、ほんとに懐かしいな。

 今も兄は健在だけど、前みたいにはしゃいで遊ぶ事なくなっちゃった。

 そうだ、彼女にいつの間にか誰かと重ねていたけど、幼い頃の兄を重ねてたんだ。

「なんかおかしかったかな?」

 彼女は少し心配気に、でも不思議が勝ったような表情でこちらを伺っていて。

 そんな所も、可笑しくて、兄に似ていて。

 なんでもなく、してみたくなってちょっとイジワルする。 

「いーえ、なにも?」

 私は下から見上げるように彼女を見つめて、傍からみたらむむっ?と思っちゃうような精一杯のイタズラっ子の顔で笑う。

 にひひっ。

「そ、そう……?」 

 ぷいっと顔を逸らして、自分の赤くなった耳を見せつけるようにする彼女に、意外と初心な人なんだなあと、追加のイタズラ攻撃したくなったけど、やっぱりやめた。

「ほ、ほらどうしたのっ?時間無くなるよっ?」

 彼女は照れを隠すように捲し立てて私にも催促する。

「そーですね、早く食べちゃいましょ」

 これが彼女との、いや彼との出会い。


「そういえば、あなたは名前はなんていうんですか?」

「ん?ああ、僕は大鳥あとり。これからまた会うかは分からないけど、その時はあとりって呼んで」

「ふむ、なるほどです。私は猫野玉です!よろしくです!」


『その時』が実現したらいいなぁと、私は思った。いや実現させよう、させてやる、そう意気込んで、私は自室のベッド、布団の中であの青空の下の情景を思い出す。

 瞼を閉じた後も、その瞳にあの人を焼き付けて。

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