地獄のライター
@gasosuta
商品:地獄のライター
「なぁ優斗!《ゆうと》 今月厳しくてさ、悪ぃけど今日の昼飯奢ってくれね?」
またこいつだ、ほぼ毎日僕に飯をたかってくる。
入学初日から約半年こいつの昼飯に溶けた僕の金は想像したくない程の額になっている。
その中で返された金は半分あるかないか....
「ありがと〜! マジで助かったわ!」
そう言ってすぐさま何処かへ消えてしまう。
最近は金を返すこともまっぴら無くなってきており顔を見るだけでもイラついてくる。
変わり映えの無い毎日に溜息を吐き捨て、イライラを何とか飲みこみ、次の授業の準備を終わらせる。
------------------------------------------------------------------
学校が終わり家に帰ると怒号が玄関に響いてくる。きっと母だろう。
「優斗! また百点取れなかったの!?」
「母さん、今回のテストは一人しか百点いなかったし、僕は九十八点とって二位! 十分頑張ったでしょ?」
「そんな甘ったるい考えしてるとすぐに社会で痛い目にあうよ! だいたいあんたは.......」
いつもの説教タイムをスルーし部屋へ向かう。
ベッドに寝転がるとポケットに不自然な違和感を感じた。
取り出すと紅と蒼で彩られたとても綺麗なライターだった。
その瞬間昨日見た夢を思い出した。
夢の中で腹立つ声の何者かがこのライターを渡してくれた。どんな顔だったか、そもそも顔があったのかすら思い出せない。
そいつの説明では【消したい物事を消すことのできる地獄の炎からできた大変珍しいライター】とのことだ。
ただし、【消す時には同時にそれと同価値のものが消えるので扱いに気をつけろ】とも言っていた。
何とも胡散臭い夢だったが、半信半疑でついさっき怒られたことを考えながらライターの火を見る。
不思議な事にスーッと気分が楽になりさっきまでのイライラが静まってきた。
何にイライラしていたのか分からないが別に思い出す必要も無いと思いそのまま床に入った。
------------------------------------------------------------------
それからの生活は快調に進んだ。
いつも通り変わらない毎日にうんざりもするが、あのライターがあるだけで随分と生きやすくなった。
ただ最近は段々と記憶も感情も理性も色んな物が鈍くなって、私の頭が錆び付いてしまったように感じられた。
それでもあの火を見た時の気分を忘れられず、嫌なことがあれば決まって見る様になっていた。
------------------------------------------------------------------
いつも通りの帰路に就く。
頭がズキズキと痛むので今日は早退をした。
その痛みは全く引く様子もなく寧ろもっと酷くなるばかり。
流石に限界を感じたので電話で母を呼んだ。
「頭痛?そんなの時間が経てばすぐ治るわよ!あと、今日は塾の日だからさっさと行ってきなさい!」
どんな時でも勉強の事しか考えていない母に軽い舌打ちをしフラフラの状態で何とか家に着いた。
「優斗! なんで早退までして家に帰ってきたの!? もう皆勤賞が狙えないじゃない! 内申点に影響するっていうのに....」
そんな母を横目に何とか体を動かしベッドに身を
こんな時でも僕の心配をしてくれない母に対し、涙が溢れてきた。
(僕は何時までこの地獄を耐え続けなければいけないんだろうか)
(僕は何時まで誰かの後ろにビクビク隠れて様子を伺い笑顔を絶やさず生きなきゃいけないんだろうか....)
(こんな僕の事を心配してくれる人も、僕の為に泣いてくれる人も一人たりともいなかった....)
(僕がこの不条理に立ち向かえば変わったのだろうか....)
(僕にもその一歩を踏み出せれば....)
(そんな勇気さえあれば....)
(..いいぞ、俺が力を貸してやる)
突如頭に謎の声が響いてきた。
そして僕は何時の間にか母の前に立ち、あのライターを構えていた。
その目の前の物を燃やしてしまったら私は大切な何かを忘れてしまうだろう。
きっとこれからも大切なものを沢山忘れていく、でも....それが悪いとは思わない。
色んな物を忘れたといって不幸になった訳じゃない。
様々な感情を知らない赤ん坊の様になるだけだ。
そんな赤ん坊がはたして不幸と言えるだろうか?
------------------------------------------------------------------
「優斗....? 貴方大丈夫? 何か変よ....」
明らかに様子の違う僕に母が動揺し、初めて僕と目を合わせる。
「そのライター何処から持ってきたの? 変なことする前に捨ててきなさい!」
僕はライターをつけ、目の前の物を今にも燃やさんとする....
(..さぁ! お前を縛るものも、お前を苦しめるものも燃やして燃やして燃やし尽くしてやろう!!)
その時僕の足がピタリと止まった。
僕は目の前で怯える母の目を見て動くことが出来なかった。
(..なぜ止めたんだ?)
(全てを忘れてしまって僕には何が残るのだろうか)
(..何も残らない、だが何かを得る必要があるのか? 人望、人脈、知識、金、地位全部燃やしてしまっても構わない物だろう?)
(全てを失ってしまって、僕は僕でいられるのだろうか)
(..この世に永遠の物はない。最終的には全て燃えカスになってしまう)
(そんなものを大事に取っておいて、そんな大事なもので自分の一時の感情まで支配されてしまう
(それは果たして人間らしい生き方と言えるのか?)
(..お前ももう知っているはずだ、意思と意思のぶつかり合い、誰とも調和されない考え、無理に合わせてひきつる顔、その先に待つのは人間関係の崩壊。
(..それなら何にも邪魔されない孤独の道こそ人間らしい生き方に決まってる)
(あぁ、本質的にはお前の言う通りだろう。
全て燃えカスになり最終的にはみんな何も残らない。
でも、何も持っていないのにどうやって僕は前に進んで行けばいいんだ....!
どれだけ不安なことでも苦しいことがあってもそこから学んでいけばいい。
一歩ずつ踏み出していけばいい。
『何も残らず何も持たず自由に生きる道』と、『苦痛も苦悩も全て抱えつつも、その生き方に何度絶望し命を絶とうとも、それでも自分の力で歩いて行くその道』
僕は後者にこそ光があると信じたい。
真っ直ぐと立って全てを見つめ歩んで行きたい。
だから....これでさよならだ)
ライターを力強く握りしめ、右手ごとライターを火へ包ませる。
ズキズキとした痛みが永遠に思えるほど続いた後、僕の右手はかなり酷い火傷の痕ができていた。
それと同時にあの声はもう聞こえなくなった。
ちりじりになった燃えカスをゴミ箱に捨てる。
------------------------------------------------------------------
この一件から母は少し私に優しくなったし、もう飯をたかられそうになっても自分で断れるようになった。
この傷も感情もきっと一生かけても消せない火傷だ。
ならその全てを抱いて真っ直ぐと進んでいこう。
足の進め方はもう知っているから。
地獄のライター @gasosuta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます