第7話 希望

 エミリーの体にアレクの血がかかる。エミリーは声を出せず、その場に座り込んでしまった。


(感知はできた...けど他の奴らには当たってる。必中って訳では無いが避けるのは難しいか。


 生成したものを突き刺すと言うよりはその場所に生成する。邪魔だった肉体はその分削れるって感じか。)


 敵の攻撃を冷静に分析し、自分の体を見る。もう黒い槍はない。他のものたちの体にも槍はもうなくなっているようだった。

 ただ、ダメージは大きい。アレクは体内で内臓を動かし、致命傷を避けたが、他のものたちはそうはいかない。

 そして別の空間からアシュリーと老婆の魔族も出てきた。アシュリーも体を貫かれている。魔族の方は顔に恐怖が浮かび上がっていた。


「誰も死なせません!!聖域展開サンクチュアリ!!!」


 テレサが大きな結界を貼る。その中にいると体の傷がみるみる塞がっていく。力もどこか湧き上がってくるのがわかる。しかし、魔王はそれを許さない。黒い粒子が結界を覆っていき、やがて破壊した。


「つまらん。貴様らも。お前たちもだ。」


 魔族たちの背筋に悪寒が走る。王がお怒りだ。このまま終われば、自分たちにも罰を与えられかねない。そのような思いも杞憂に終わるのだが。


「力を見せてくれたんだ。俺もちょっと本気を出そう。」


 げきそくこうと闘力を目的に合った効果にして体に流すことが、アレクの戦いだった。

 戦いに合わせて最適な動力の使い方をする。しかし、全て使いたかったら...。アレクはそれに成功した。闘力を満遍なく使い、全ての効果を一定以上に保つ力、作ってみたはいいがいつしかこれを使わなくても勝てるようになってしまった。


練闘気れんとうき


 その時、全ての魔族が目の前の敵から視線を切り、アレクを見た。アレクはエミリーに近づくと、抱き抱える。


「え?」


「あんたは攻撃を受けたら死ぬからな。安心しろ、ここが一番安全だ。」


 何が何だか分からないエミリー、だがアレクは自信に満ち溢れていた。


「魔導王!合わせろ。」


「わかっておる!」


 時空王は老婆の魔族、魔導王に声をかける。魔導王は魔法で結界を、時空王は空間を閉じた。だがそれを蹴りだけで打ち破る。


「じゃあいくぞ。」


 スピードに耐えられず、エミリーはたまらずアレクにしがみつく。

 そこに追いついたのは獣の魔族、鋭い爪でアレクを貫こうとした。

 アレクはそれに対して頭突きをかます。獣の魔族の爪は砕け、手の骨さえ砕いた。


「くっ!痛てぇ。」


 痛みを感じた獣の魔族、次の瞬間、腹部にアレクの強烈な蹴りが放たれた。獣の魔族は地面をえぐりながら吹き飛ぶ。

 今度は炎王えんおうが炎を噴射する。アレクは大きく息を吸うと思い切り、吐き出した。炎はアレクの息で起動を変える。


「これならどうだ。」


 今度は骨の魔族が右手から黒い霧を発生させた。黒い霧に触れた植物が次々と枯れていく。平原だったはずなのに霧の通る部分には命を感じられない。


「しゃらくさい!」


 アレクは何も無い所に蹴りを放つ。誰に当たる訳でもない。ただその蹴りにより、死の霧が消え去った。

 今度は大地が牙を剥く。地面の形が変わり、アレクの足が大地に絡め取られる。


「おっけー!私に任せて!」


 妖精の魔族から鋭い風が無数に飛んでくる。かまいたちとなった風がアレクを襲う。アレクは切り裂かれたように思えた。

 しかし切り裂かれたはずのアレクとエミリーは霧散する。実際はアレクを捉えられておらず、残った質量のある残像を本人だと勘違いしていただけだった。


「どこだ!」


 慌てる時空王、まさか人間に対してここまで慌てるとは思ってもみなかった。時間を止めてアレクの姿を探すが、どこにも見当たらない。仕方なく、能力を解除する。攻撃する時はアレクを見つけられる。


「あんたが司令塔、能力も鬱陶しい。」


 時空王の後ろから声がする。振り向こうとしたがもう遅い。アレクのかかと落としが時空王の脳天に振り下ろされた。


(まずい!このダメージだと逆行が...)


 本当なら魔王とアレクは戦っていた。その時お互いに大きなダメージを負う。それを避けるために時空王は時を逆行し、自分たちで戦った。

 だがその結果がこれだとすると魔王とアレクの激突は避けられなかったのかもしれない。

 アレクは空中を蹴る。その勢いとともに魔王に向かって蹴りを放った。

 しかし、アレクの蹴りはいつの間にか盾の形に形成された黒い粒子に阻まれる。鈍い金属音がする。


練砲撃れんほうげき


 アレクは足の触れている部分から闘力を打ち出す。打ち出さた闘力は大きな衝撃となり、魔王の黒い粒子を打ち破った。


「やっと戦えるなぁ!」


「残念だ。時間が来た。」


 アレクの昂りは最高潮に達する。だが冷たい魔王の声がアレクの昂りを抑えてしまった。攻撃しても体をすり抜けるばかりになる。

 これは時間切れを意味した。魔王はダンジョンを生成している。故にダンジョンから出る場合、制約が課されてしまう。それが5分という時間だった。


「今回は貴様らに勝ちを譲ろう。


 次は我の城に来るといい。誰1人生き残ることは無いがな。」


 それだけ言うと魔王と他の魔族たちも煙のように消えていってしまった。アレクは落胆した。不完全燃焼もいい所だ。

 だが相手の強さを理解出来たのは良かった。いつの間にか腹部を貫かれていた。避けることも出来そうだったが、攻撃を優先した。アレクは傷を闘力で回復すると笑った。


「ああ、良かった。やっぱり魔王は強そうだ。」


 アレクの独り言を聞いたエミリー、その表情に狂気を感じた。

 そのエミリーは誰1人死ぬ事がなくて安心した。テレサのおかげで全員回復はできている。それに希望も見えてきた。アレクは強い。それも他の英雄たちに手が届かないほどだ。


「あの...下ろしてください......。」


「ああ、悪い。」


 ずっとエミリーはアレクに抱き抱えられたままだった。急に恥ずかしくなり、下ろしてもらう。アレクはなんとも思ってなさそうだったが、この戦いで少なくともアレクは人類の敵にはならないと考えた。


「それでは1度、王城に戻りましょう。今後の目処がある程度立ちそうですので情報を共有しながらある程度進めていきます。」


 敵に攻撃を与えられなかった後悔、敵の強さへの恐怖、戦いたかった好奇心、そして未来への希望を抱きながら。





 アレク達が到達すべき最凶のダンジョン、魔王の城に10人の魔族が話し合うように座っている。魔族たちには苦虫を噛み潰したような顔をしている者もいた。


黒王こくおう様!その傷は!!!」


 時空王が魔王、黒王に慌てたように聞く。黒王の頬には切り傷があった。そこから赤い血が流れている。


「フフ、フーハッハッハッ!!!


 待ちわびたぞ!やっと我の力を存分に使えそうだ!!」


 黒王とアレクは似ている。そしてそれを実感しているのもこの2人だった。最後に相対した時、2人は笑っていた。それは同じ想いを持っていたことを意味する。


 無価値な戦いを続けてきた。自分を弱くしないと戦いに意味をなさないものばかりだった。彼らは死に場所を探している。思う存分戦ってそれでも相手に届かない、そんな戦いの中で命を終えたい。


 それを知っている魔族たちは不安を感じる。絶対的な力を持つ自分たちの長が、居なくなってしまうのではないか。


「無駄だぞ。奴は強い。それも我と同様にな。本気を出した奴は貴様らが束になっても敵わん。


 よって貴様らにはダンジョン解放を命ずる。我の護衛はもう要らん。いても意味をなさんからな。


 ここから本格的に人類への攻撃を開始する。人類を滅ぼす気で構わん。奴がいたらどうせ滅びない。」


「って奴らなら考えるだろうな。」


 王城にて、アレクが敵の考えを言い当てていた。アレクの考えにエミリーは困惑する。それは今までよりも敵の攻撃が激しくなるということだった。


「そもそもそんなに強い魔族に英雄を召喚できるとはいえ簡単に耐えられるようなものじゃない。

 さっきの魔王たちに俺以外対応が遅れてたからな。普通だったら人類はとっくに滅んでる。


 ・・・だが幸運なことに魔王以外の魔族は束になっても俺が殺せる。其れは向こうもわかっているから本気を出すんだ。本気を出してもおもちゃが壊れないことを知っているからな。」


 アレクの言葉はこの場の誰もが信じられない、信じたくないことだが、あの魔王を見てからは嘘だと言えなくなってしまった。


「とはいえ、向こうが本気で来た場合、こちらの戦力が無さすぎる。いくら俺がいるからって一瞬で長距離を移動できない。被害を抑えるには全員が強くなることが必要だ。


 ダンジョン攻略はまだ先だな。」


「待ってくれ。」


 アレクの言葉を遮ったのはライトだった。ライトの表情は悔しさや怒りに満ちていた。


「アレクが強いのは知っています。だけどダンジョンは魔族の拠点の役割を担っているんですよね?

 人類を守るためならダンジョン攻略は必須では?」


「だからそれじゃあ攻略中に魔族に責められたら終わりだろ?

 足りねぇんだよ、実力が。あの時空王とか呼ばれててた白い魔族、あれはナンバー2だろ?

 だがあいつだけでお前らは殺される。」


「僕はまだ本気を出してない!本気を出したら魔王までは行かなくてもあんなやつくらい!」


「その本気をさっき出せなかったんだろ?その判断の甘さでよく勝てると言えたな。」


 ライトは怒りのあまり、机を力いっぱい叩く。机にヒビが入るがアレクは気にしない。ライトに遮られてしまったがアレクの話は続く。


「まずは戦力の増強だ。英雄達にはあの魔王の側近?レベルの力がいる。

 それにこの国の兵士もだ。少なくとも中級魔族は倒せるようになってもらわないと厳しい。


 じゃないと倒した後に人類は全員死にそうだからな。」


 魔王との戦いでおそらくアレクは動けなくなる。負けたら死ぬし、勝っても満身創痍だろう。その時に生き残りの魔族が攻めてきたら...最悪の状況を考えている。


「無理です...私たちが強くなるのは無理なんです。


 それが神に与えられた条件なのですから...。」


 アレクの考えに異を唱えるのはエミリーだった。エミリーは悲しそうに俯いており、その声は震えている。


「私たち人類は大きく分けて4つに分けられます。


 まず精霊族、自然と調和して、大気中の魔素を利用することで魔法を発生させることが出来る一族。


 次に幽霊族。超常的な力を持ち肉体を持たない一族。


 そして宇宙族。彼らは神々への反逆者、魔族からの侵略を受けて宇宙に逃げ、そこで進化した一族。


 最後に私たち人族。繁殖と召喚魔法を授かった人類です。人類は神から力を与えられています。そして私たち人族が最弱であり、強くなれないのです...。」


 裏を返せば他の人類は魔族に対抗できる手段を持っているということ、それを聞いてアレクは笑う。

 まだ他にも強そうな奴は沢山居そうだ。それに...アレクが思ったよりも早くダンジョン攻略に迎えそうだった。


「だったら話は早いだろ。同じ人類なら魔族は敵だ。彼らの力を借りることが出来ればもっと簡単になる。」


「無理です!それは何度も試しました!ですが他の国のものたちは自分たちのためにしか動きません!」


「いいや。今度は俺らが行く。英雄を4チームに分けよう。3チームが他国に協力、残りがこの国を守ればいい。その過程で各々が力をつければ目的は達成できるだろう。」


 エミリーはまだアレクの言葉に反対している。だがアレクは自信に満ちている。それなら...少しの希望にかけるのもいいのかもしれない。


「あなたがいれば魔族を滅ぼせるんですよね?」


「ああ、だが人類を生き残らせるなら協力がいる。滅ぼしても俺しか生き残らなかったら意味は無いからな。」


 アレクは即答、エミリーもアレクのことを信じてみることにした。


「わかりました。それなら信じてみましょう。」


 エミリーは一縷の希望をアレクの策に託すのだった。

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