第6話 倒すべき相手
赤黒い霧はまだ消えない。次に出てきたのは獅子の顔をした男だった。身には鎧を纏い、鋭い爪を持つ。鍛え抜かれた筋肉が敵の強さを象徴していた。
次に出てきたのはおそらく女性、胸に膨らみがあるが髪の毛や、手足はタコの吸盤のような触手が生えている。瞳も人間とは違い、全て白い。
次に出てきたのは黒いローブを纏った骸骨。しかし骨は黒く、闇のようなものがローブから溢れている。
もう1人は骸骨とは対称的で肌が白い。その肌の色が黒い瞳を際立たせる。着物を着ており、どこか神聖さを感じさせる。
今度は燃え盛る黒い炎のような男。髪が炎でできているのだろうか。上裸で手足にも黒い炎を纏う。
次に出てきたのはナマズのような顔をした人型。粘り気のある体液を流しているのか着物が湿っており、肌に張り付いているのがわかる。
今度は体長が10cmほどしかない小さな生物。人や魔族というより妖精と言った方が近い。黒い瞳に緑の蝶のような羽が生えている。
さらにもう1人、ボサボサの長い髪、肌が老けた老婆が出てくる。かろうじて老婆と認識できてはいるが顔の半分、右腕、左足が腐っており所々から骨が見える。
そして最後に赤黒い霧から種類の違う黒い霧が漂い始める。実体はないが意志を持ったような動きをしていた。
魔王を含めて10人の特級魔族が宙に浮いていた。
「城から出ている。もって5分だ。それまで貴様らは生き残れるのか?」
魔王から殺気が放たれる。それだけで普通の兵だったら気絶しているだろう。エミリーは歯を食いしばり、何とか意識を保つが瞳からは涙が流れている。エミリーは死を覚悟していた。それほどまでに目の前に現れた10人は恐ろしかった。
英雄たちもそう簡単に動けなかった。……1人を除いては。
「だったらちんたら出てきてんじゃねぇよ。」
アレクはエミリーを守るように前に出て発言する。魔族たちはアレクを睨みつける。まさかこの状態でそんな悪態をつけるような人間がいるとは思っていなかった。
その経験のなかった魔族たちは少し苛立ちを覚える。
「ほら、かかってこい。ほんとに5分だけならこの場の誰も死なない。お前らが弱くなかったらな。」
アレクの挑発、それではアレクの方が強いと言っているようなものだ。だがそのセリフは魔族には怒りを人類には希望を覚えさせた。
「それに僕らもいるしね。」
ライトが聖剣を構える。それを皮切りに英雄たちは戦いの準備をする。未だ恐怖は健在、ただ恐怖を打ち破ってきたものたちが英雄だった。
「貴様!!我々を誰だと思っている!!!」
獅子の顔を持つ獣の魔族が怒りを含みながら叫び、アレクに飛びかかる。いや飛び掛ろうとした。
「ただの魔族だろ?」
獣の魔族はアレクの動きに対応できない。いつの間にかアレクは横にいて、アレクの拳が顔面にめり込んだ。勢いよく地上に激突する。
「よせ。そいつは俺がやる。」
他の魔族がアレクを攻撃しようとしたが魔王の一言で静止する。その姿を見てアレクは笑う。
「ああ、俺もやるならあんただったよ。」
しかし、それは叶わなかった。突然、アレクは下に急降下、地面に叩きつけられた。何をされたか、攻撃かどうかすら感じ取ることができなかった。
「おい。俺は手を出すなと言ったはずだが。」
魔王は攻撃をしたであろう白い魔族を睨みつける。返答次第では殺すつもりだった。
「まずは我々を倒してからでないと......。そちらの方が貴方様も楽しめますよね?」
白い魔族は冷静に言葉を紡ぐ。もし返答を間違えれば自分なんて一瞬で殺されてしまう。それをわかっていたのだ。
「………何を見たか知らないが、貴様の忠誠心に免じて許してやる。最も、貴様ら程度に止められる相手とは思えないがな。」
魔王の後ろに黒い粒子が集まり、椅子の形を成す。退屈そうに魔王は座るとアレクの方を見た。
アレクは地面に落ちたがダメージは無い。
「全員でやる。奴は危険だ。」
「ハッ!何をひよっでやがる!!俺は勝手にやらせてもらうぜ!!!」
炎の魔族はそう叫ぶと、髪の炎を燃え上がらせる。大きく息を吸い、炎を口から放射する。アレクは避けようとするが、見えない壁に阻まれる。
「仕方ない。
闘力を両手に纏う。そしてアレクは炎に向かって跳んだ。本来なら炎に体が焼かれるはずだった。しかしアレクは炎を掻き分ける。
炎はアレク当たらず、別の方向に飛んでいく。やがて炎の魔族の首をアレクは掴んだ。
「馬鹿が!俺の体に触れやがったな!」
アレクが首を掴んだ瞬間、アレクの右手が黒い炎で燃え上がった。だが気にせず、アレクは炎の魔族の首を握りつぶした。炎の魔族は頭と体が離れているが笑っている。
「ああ、わかったぞ。ここだな?」
アレクは炎の魔族の体を捉える。おそらく首ではダメージがない。左の腹部辺りに命を感じる。アレクはそこに向かって貫手を放とうとしたがまたしても壁に阻まれる。
(厄介なのはあいつか。最初の変な攻撃もか?)
アレクは見えない壁に足を着くと白い魔族に向かおうとした。しかし、またしても謎の攻撃でアレクは吹き飛ばされた。
(なるほど。掴んだ。)
何かを察したアレク、吹き飛ばされた方向にもやはり見えない壁がある。これは英雄たちとアレクを分断するためのものだろう。むしろこれは好都合だった。エミリー達を守る必要も無くなった。
(さてと。どうしたもの......ほぅ。面白い奴らだ。認識を少し改めるべきだったな。)
「クソ人間!俺を忘れるなよ!!」
「な!俺もだ!!」
先程アレクが攻撃した獣の魔族がこちらに向かってくる。それを見た炎の魔族も追撃にかかる。
白い魔族の見えない壁は強力だった。こちらに向かってこられる可能性があるのは2人、1人はアルベルト、彼はこの見えない壁を解析しているらしい。同様にアシュリーもこの壁を探っている。
しかし、簡単に入れるもの、そして既にこの空間内に入っているものをアレクは感じ取った。
(ここまで近づかないと気づけないなんてな。英雄と呼ばれるだけはある。)
「僕たちも忘れるな!!」
見えない壁を切り裂いたライトはアレクを守るように前に来た。炎の魔族は確認すると火球を放つ。だがライトの聖剣には無意味、黒い火球は全てライトに切り捨てられていた。
一方の獣の魔族は背中を切りつけられていた。
「硬いな。次は首だ。」
「誰だぁ、てめぇは!!」
獣の魔族は腕を後ろに振るうが当たらない。背中を切った張本人であるジャックは気配を消し、またどこかに消えていく。
「
「チッ!指図すんな!!」
炎王と呼ばれた炎の魔族は獣の魔族を囲うように黒い炎を展開する。炎王は炎を手足のように扱う。故に炎が人に当たれば感覚でわかるのだが感触がない。
「速いな。だが話すなら近い方がいい。」
「なぜ俺が近くにいるってわかった。」
攻撃が来るとわかっていたジャックはすぐさまアレクたちの元に向かっていた。もちろん気配を消して。だがアレクにはそれが見破られてしまう。
「そろそろ他の奴らも合流出来そうだ。流石は英雄と言ったところか。」
アレクの予想通り、アシュリーたちも見えない壁を攻略したらしい。こちらに向かってきた。
「敵は10人、こちらも10人なら1人1体だ。俺はあの魔王をや━━━ガハッ!」
その瞬間だった。アレクは吐血していた。視界が赤く染る。何かしらの攻撃を受けたと考えるのが妥当だろう。
「
何も無い空間に白い魔族が話しかける。何も無いように見えてそこには確実にいるのだ。呪王と呼ばれる魔族が。
「普通なら即死、それを1分は保っている。しかも......外された。」
ライトは心配そうにアレクを見ていたがそれも杞憂に終わる。右手を胸に当てたアレクは笑っていた。
「気分がいい。敵の攻撃でわかったことを教えてやる!!」
アレクは大声でこの場にいない英雄達にも敵の情報を伝える。そうすれば自分は魔王相手に集中出来そうだったから。
「炎の魔族は本体が小さい。それ以外を攻撃してもダメージはない!
獣の魔族は攻撃を受けてもダメージを一切感じられない、おそらく何か秘密がある!
最初の霧とは別の黒い煙も魔族の1人、奴はこちらに状態異常をつけてくる!
厄介なのは白い魔族!奴は空間と時間を操ってやがる!見えない壁と突拍子の無い攻撃は奴の仕業だ!」
この短時間で敵の能力に目星をつける。その力に英雄たちは驚く。それと同時に魔族たち全員がやっとアレクを危険だと認識した。
「まさか
骨の魔族は白い魔族、時空王に話しかける。時空王の顔は怒りに歪んでいる。まさか時間を停めていることに気づかれてるとは思ってもなかった。
「なら私が守ります!」
テレサは杖を地面に強く打つ。彼女を中心に強い光が放たれる。アレクたちは体から疲労がなくなっていくのがわかる。
「あの女...私の天敵か!」
呪王の狙いはテレサに定まった。
「なら俺もいこう。」
骨の魔族もテレサに向かう。だがそれを突如現れた龍が行く手を阻む。その上にはハルアキが乗っている。
「骸の相手は慣れていますから。」
「じゃあクルル、あの美味しそうなの!」
そう言ってクルルはヨダレを垂らしながら獣の魔族に向かっていった。
「じゃあ妾はあの女を貰うぞ。」
モネは触手の髪を持つ女の魔族を指さす。それを見て魔族はにっこり、まるでそちらに合わせて戦うと言わんばかりに地に降りる。
「ひっひっひ。私はあの小娘にしようかね。」
半分腐った老婆の魔族はそう言うと手を叩いた。その音に合わせて老婆の魔族とアシュリーの姿が消えてしまった。
「私たちだけで4人は少し荷が重い。」
「流石にそれは...あの一番強そうなのはどうせアレクさんがやりたがってるんでしょ?
炎の魔族はライトさんかジャックさんのどちらか。片方がこっちに来てくれます。……そのはず。」
アルベルトの発言にタイチが答える。だが魔族側は違かった。ナマズの魔族と妖精の魔族だけが地上に降りてくる。
時空王は魔王を守るため、その場に残るらしい。
「じゃあ俺はあの二人を貰う。お前らはこの炎を何とかしろ。」
「待って!!時を操るやつなんだろ!?君一人では──────」
ライトの静止を無視してアレクは地上を駆ける。時空王の攻撃は吹き飛ばされるが、受けた後の対応でダメージを無くしていた。
もっと防御を上げて、さらに重くなれば時空王の攻撃は脅威ではない。
「
アレクが1歩踏みしめるたびに、地面が沈む。大地が沈む音とともにアレクは時空王に向かう。その間に何回か攻撃を食らうが予想通りダメージはない。
(ここ......ここ、ここ。)
アレクは段々と時空王の攻撃に慣れてきた。タイミングを掴み始める。そして重さと硬さに使っていた闘力を今度は速さに注ぐ。
空中に浮かんでいる時空王の目の前にアレクは立つ。
時空王は先程と同じように時間を止めてアレクを攻撃しようとした。
「
アレクの拳は光を超えた速さに到達する。それが時空王の顔にヒットする。それが時空王にとって生まれて2度目に受けた攻撃だった。
「き、きさ────」
何度も時間を止めようとする。だがそれよりも先にアレクの攻撃が時空王に届いていた。
「もうよい。」
危険を察知したアレクは攻撃の手を止める。今の発言をしたのは魔王だった。その声には怒気を孕んでいる。
「残り時間も僅かだと言うのに......興が削がれた。全員死ね。」
アレクの脳に警鐘が鳴る。危険な攻撃が来る。しかも、エミリーにまで。アレクは一瞬本気を出す。エミリーの元に素早く駆けつけると、エミリーを押した。
次の瞬間、エミリー以外の英雄の体に数本の黒い槍が突き刺さっていたのだった。
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