第3話 力試し
「襲撃への対応ありがとうございました。」
ライトたちもアシュリーの魔法で王城に帰ってきた。エミリーは改めてお礼を言う。主にアレクに向けてだったが。
魔族に首を掴まれた時、彼女は死期を悟っていた。あの状態から助かるとは思ってもみなかったのだ。
「今後のことなのですが、皆さんにはダンジョンを攻略してもらいます。もちろんこの世界のものも微力ながら手伝ってもらい、ダンジョンを解放してください。」
特級以上の魔族が生成できるダンジョン。そこには中級以下の魔族や魔物たちが蔓延る。外に出ている時よりも力は強くなる。それも大幅にだ。ダンジョンを生成した魔族はダンジョンボスと呼ばれ、その力は特級魔族と同等になる。
ただ欠点としてダンジョンボスは魔族、魔物の生成ができるが、ダンジョンボスは外に出ることができない。
代わりに生み出された魔物たちがこちらに攻めてくる。ここを解放すれば土地を開拓することが容易になるのだ。
ただ、特級魔族との戦闘は必須、英雄たちも簡単には勝てないので3人でチームを組んでのダンジョン攻略になる。
「それなら俺は1人でいい。同時に4つのダンジョンを攻略しよう。」
先程のは上級、なら特級魔族はもっと強い。それならもっと楽しめそうだ。アレクはダンジョンを楽しみにしていたのだが、それを遮ったのはエミリーだった。
「それは行けません!確かにあなたは強いかもしれませんが、特級を舐めてると痛い目を見ることになります!特に上級に攻撃されてるようでは特級の攻撃に耐えられず死んでしまいます!!」
アレクの発言は魔族を舐めているようにしか思えない。怒りを込めながらアレクに訴えかける。最もそれだとアレクだけでは魔族に勝てないと言っているようなものだったが。
「別に死ぬのは怖くないさ。それより退屈な方がよっぽど恐ろしい。
俺は命をかけて戦いたいんだ。あんな雑魚なんかじゃ満足出来ない。それで死ぬなら本望だ。」
「ふざけるな!!そういった人間が何人死んだと思ってる!!!
平和な世界から色んな人を呼んで...!私のせいで何人死んだと思ってる!」
口調が荒く、感情のままエミリーは思ったことを口にする。エミリーは後悔しているのだ。別世界から自分たちのために呼び込み、その分犠牲になっていることを。
だから今度は10人という過去最高の人数の英雄を呼んだ。今度は誰も死なないように。
「第一、俺は魔王を倒した後人間に襲われてる。まあ1万人くらいなら撃退したんだけどな。
俺は人を信用してない。いつ牙を剥くか分からないからな。」
90年間、魔族を殺してきた。向こうは一体一を望むから戦える仲間がいなかったアレクにとって好都合だった。
戦えるものが自分しかいない。耐えることは出来ても殺すことができない人類に代わり全ての魔族を滅ぼした。
その結果、人間の裏切り、だったら魔族を少しでも生かして自分にとって障害となる魔族を待っていた方が退屈もせずにすんだのではないか?
アレクにとって人間なんて自分を都合よく使う取るにも足らない敵と一緒だった。
「落ち着いてください。用はアレクさんが英雄3人と同程度の力を証明出来ればいいんですよね?
だったら僕ら3人と模擬戦をすればいいんじゃないですか?」
どちらも譲らず、話が平行線になりそうだったことを感じ取り、ライトが提案する。確かにライトの話は一理ある。そしてそれに1番食いついたのはアレクだった。
「それがいい。だったら戦うのはあんたと...あんた。あとは......まああんたでいいや。」
そう言ってアレクは3人を指名する。指名されたのはライト、クルル、ハルアキだった。
「待ってください!なぜその3人なのですか?もしかして...なにかの能力であなたが勝てる3人を選んだのでは?」
「アホか。やるなら楽しくなきゃ意味ないだろ。
3人目は迷ったけど俺と相性が悪そうだから俺が選んだ強い相手に決まっているだろ。」
エミリーの抗議を軽くあしらう。まさか王女である自分に悪口を言うものが出てくるとは...エミリーは別の場所でショックを受けている。
「クルル、心外。クルルに勝てると思ってるの?クルル1人で十分。」
「僕は大丈夫ですが...本当に僕たちに勝てるんですか?はっきり言って僕は強いですよ?」
「ああ、だから3人を選んだ。ただ...流石にあの魔族とは別だから最初から0でいく。」
ハルアキとクルルは少し心外だった。挑んでくるということは少なくとも自分たちに勝てると思われているから。だがそんな甘い考えも捨てざる負えない。
アレクは闘力を解放する。この解放は使うという意味ではない。闘力を使って弱い状態にしていた。そしてその弱い状態で彼らはアレクと同等だと思っていた。
突然、ライトの聖剣は光り輝き、ハルアキの前に赤く燃え上がる鳥が現れる。クルルはアレクに襲いかかった。魔族の時とは違い本気の一撃、はっきり言ってアレクを殺しにかかっていた。
だがクルルが気づいた時には視界に天井が映っていた。
「そう急ぐな。ちゃんと戦ってやるから。」
そう言ってアレクは王城の窓を開け、兵士たちが訓練していた場所に飛び降りたのだった。
しばらくして全員がアレクのいる兵士たちの訓練場に集合した。クルル、ライト、ハルアキは前に出る。アレクはもう準備は出来ている。
「私が結界を貼ります。そうすれば誰も死なないと思うので。」
テレサはそういうと杖を地面に着く。訓練場全体を覆う結界が出来上がる。この結界内では傷が回復するのだろう、感覚でわかる。
「じゃあいつでも来い。」
アレクは人差し指で3人を煽る。最初に来たのはライトだった。聖剣が輝き、そのまま切りつけてきた。
(これは...触れられなさそう、本気出さなきゃ)
体を傾け、剣を避けると返しに右手からパンチが繰り出される。だが素早く右腕を戻した。いつの間にか拳の軌道に聖剣がある。もし触れていたら右手は使い物にならなくなっていた可能性が高い。
「やるなぁ。いや、その剣が特殊なのか?」
アレクは攻撃を出そうとしては引っ込める。剣が勝手に動いているように思える。ライトは防戦一方だが不利にはなっていない。
(これは...体が重くなってきた...)
今でも十分ライトに通じてはいるが、体に気だるさを感じ始める。ハルアキを見ると、何やら手を合わせてブツブツと唱えている。
おそらく彼の力で力が弱まってきている。ライトの剣を避けるとすぐさまハルアキに向かう。そのまま蹴りを入れようとする。だがそれより先にハルアキは紙を取り出す。
「守れ。玄武。」
アレクの蹴りは突如現れた亀に受け止められる。割と力を入れて放った蹴りは簡単に防がれてしまう。この亀、普通の生物とは違いだいぶ硬い。
横からクルルが息を大きく吸い込んでいた。吐き出された激しい炎がアレクを襲う。腕で頭を隠すように防ぐがそのまま吹き飛ばされる。
体は焼け焦げるが何とか倒れずに吹き飛ばされた場所に立っている。
追撃はやむことがない。すぐさまライトがアレクに切りかかる。
「これで最後だ!!」
攻撃はバレバレ、アレクは少し後ろに下がって避けた。避けたはずだった...体が何故か肩から腹部にかけて切り裂かれていた。
大量の血が切り傷から流れ出している。
(今のを避けられていない?多少弱体化していても避けられないほどではなかった。
気づいたら攻撃を受けていた......いや斬られた結果だけが残ったのか?
あの女は火を噴くし力が強い。あの男は搦手ばかりか...。)
面白い。アレクは笑う。やはり各世界の英雄は強い。そしてこの英雄たちでさえ死ぬことのある特級魔族とはどれほどだろう。アレクは楽しみで笑う。
だからこそ1人で戦いたい。彼らがいると自分の力だけで勝ったとは言えないから。
「さてと......こっからギアをあげていこう。お前らも本気を出すといい。…じゃないとついて来れないぞ?」
アレクはこの世界に来て初めて闘力により体を強化する。その瞬間、焼け焦げた肌も、斬りつけられた体も回復した。
まずはハルアキ、凄まじい速度でハルアキに迫る。その速さに玄武も対応する。ハルアキを守るようにアレクの前に立ちはだかるが、アレクの拳に甲羅が打ち砕かれた。
「玄武!!」
心配する間もなく、アレクの手刀がハルアキの後頭部に振り落とされ、ハルアキは意識を失った。
(それは...今のままじゃ少しやばいな。)
クルルが全力で跳び、そのままアレクを殴りつけようとした。本気だったら気にしないがクルルの全力はそう簡単に防げるものでは無かった。
クルルの拳にアレクは右手で触れた。その時、今まで跳んできた力、拳に込めた力、その全てがクルルから奪われ、静止する。
奪われた全ての力がアレクの右手に乗り、そのまま一回転して裏拳がクルルの顔面に直撃する。
クルルの防御力にしても自身の全力を防ぐ術はなかった。直撃したクルルはそのまま吹き飛ぶ。それもテレサの結界を破壊するほどに。クルルの意識はそれで途絶えた。
「くっ...!!やるな!!」
ライトは歯噛みしながらアレクに迫る。彼らも弱い訳ではなかった、ただアレクが強すぎるだけだ。それも全てを切り裂く聖剣すら掴めるように...。
「な、なんで聖剣に触れる!?」
ライトの聖剣は刃もそうだが、その腹ですら触れたもの全て切り裂く力を持っている。というのに指で押さえつけたアレクの右手は傷1つ付いていない。
「これなら俺の攻撃も当たるか?」
右手で聖剣を抑えたまま、残りの左手でライトを殴ろうとした。しかし、いつの間にか右手から抜け出した聖剣がアレクの左手を防いでいた。
「く、クハハハハ!!!これでこそだ!これでこそここまで来たかいがあった!!」
不思議な力を持つ聖剣、この程度では倒れない。かつて戦った魔王ならこの段階で3撃は貰ってたというのに今は一撃も与えられていない。
アレクは思う存分殴りつける。先程とは違いライトは防戦一方になる。速度も力も次第に強くなる。
(この人...強すぎ!!)
ライトは焦る。だが終わりはくるもの、聖剣にヒビが入る。ヒビはだんだん大きくなり、やがて聖剣が真っ二つに折れてしまった。
「お前の強さは聖剣依存なんだろ?お前は弱い。」
最大限手加減してアレクはライトを殴った。そうしてライトも意識を失うのだった。
少しは楽しめたが満足感はない。英雄たちがあまり強くなかったのもそうだがまだ力を隠しているようにも思えた。
生死がかかっていないので彼らも本気では無いのだろう。まあ本気になったところで相手を殺さないギリギリの力も出せないようではアレクの足元にも及ばないのだが。
「……認めません。」
この後に及んでエミリーが拳を震わせながら呟いた。五感も優れているアレクには呟いた声も聞こえてはいたが聞かなかった振りをする。
「絶対に認めません!!」
今度は聞こえるように大声で言ってきた。こちらを睨みつけ、大粒の涙を流している。ただ、約束は約束、アレクはエミリーを気にしない...ただ泣かせたのは少し悪かったかもとは思っている。
「はぁ......わかった。1人では行かない。その代わり残り3人の英雄を連れていく。そうしたら俺が戦闘不能になっても残り3人で何とかできるだろ?それまでは手を出さない。それが条件だ。
もしこれすら呑めないって言うなら俺はこの国を出ていって勝手に魔族を殺していく。」
これが最大限の譲歩だった。エミリーはそれならと首を縦に振る。
(はぁ。なんで俺が言う事聞かなきゃいけないのかね。)
少し疑問に思いながらアレクは元の状態に戻るのだった。
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