第2話 英雄たちの実力
アシュリーは地面に手をつく。するとエミリーが使った召喚魔法のような紋様が一面に広がる。
「走っていられないわ!あたしが全員テレポートで送ってあげる!!」
地面に浮かぶ魔法陣が光り輝く。次の瞬間、英雄たちの姿が消えた。……アレクを除いて。
「なぜあなたは向かっていないんですか!?」
驚愕と困惑、エミリーはまだ英雄の力を完全に信用していた訳では無い。今回の魔族との戦いで英雄たちがどれほど強いのか、そして確実に生き残るように全員で行って欲しかったのにアレクだけはアシュリーの魔法から逃れていたのだ。だがアレクに意図が無いわけではなかった。
「それは......ここが1番面白そうだからだ。」
そういうとアレクは魔族の出現を伝えに来た兵士を殴り飛ばした。その姿に周りのものたちはさらに困惑する。それは殴られた兵士も同じだった。
「なぜ俺が魔族だってわかった?」
「ここにいる兵士は王族の護衛なんだろ?そんな護衛より圧倒的に強かったからな。」
鎧を纏っていた兵士の姿がだんだん変わっていく。ドロドロに溶けだし、形を保てていない。というか決まった形がないように思える。
「せっかく人類の長を殺せると思ったのに......まあ全員殺せば同じか。」
「……頼むぜ。この世界の魔族。俺を失望させるなよ。」
アレクが魔族と戦っている一方でアシュリーたちも戦場にたどり着く。この国の兵士たちだろうか。人々を守りながらオオカミや人型の何かと戦っている。
「あれは...ゴブリン。この世界にもいたのか。」
「なるほど。魔族というのは妖と似て非なるものなのですね。」
「なんなんだ!あの生物は!!見たことがない!」
英雄たちは各々反応を示す。自身の世界にも同じものがいたり、似た生物がいたり、そもそもいなかったりと。
だが誰もが理解する。おそらくあれは魔族ではない。上空を見てみると赤い翼が生えた人型の何かがいる。
人の骨に赤い皮膚をつけただけのような生物、だが尻尾と翼、そして邪悪なオーラを纏った姿、感覚で奴らが魔族だと言うのがわかる。
「敵は三体に加えて他の魔物たちも......。」
リーダーシップを発揮するライト、だが誰かの言葉で纏まるような人間は英雄に多くはない。
「レコード:
アルベルトは両手を広げ、宣言する。彼は淡い光を身に纏う。そして何も無かった空間に大量の兵器が生み出される。
アルベルトがいた世界は科学が発展した世界だった。世界を物理現象、そして緻密な計算で解き明かした彼はやがて世界に影響を与える。
アルベルトの世界で銃と呼ばれる武器が空に大量に浮かぶ。もちろん銃弾も込められている。そしてその銃弾は無限に生成される。
「一斉掃射」
アルベルトの指示とともに銃弾が放たれる。見事に仲間の兵士には当たらず、弱い魔物たちを蜂の巣にしていった。
あまりの出来事に兵士たちも開いた口が塞がらない。何が起きたのか素早く判断したのは魔族だった。
1匹の魔族はすぐさまアルベルトを攻撃する。
急降下からそのままアルベルトに殴りかかろうとするが、見えない壁が邪魔をする。
「大丈夫ですか?」
聞いたのはテレサ、テレサの魔法でアルベルトと魔族の間に障壁が展開されていた。その声はアルベルトに聞こえない。
この障壁、中にいるものに回復効果を与えるらしい。アルベルトの興奮が止まらない時だった。
「まずは1人目」
魔族の首が宙に舞う。そこで初めてジャックが魔族の後ろに立っていたことがわかった。
掴めぬ実体、それはあるように思え、ないように思える。彼は別世界1の暗殺者だった。
「異世界の魔族ども。下級と言ったところかのぉ。次は妾たちが働く番じゃな。お主と相性が良さそうじゃ、行くぞ。」
モネはハルアキを指さす。ハルアキは一礼すると懐から1枚の紙を出す。人差し指と中指で挟むと紙を額辺りに持っていく。
「頼むよ、青龍」
その一言、それだけで小さな紙から龍が生み出される。ハルアキを中心にとぐろを巻く。指示を出すと青龍は魔族に向かっていく。
危険を感じたのか、魔族たちは二手に別れる。彼らの中では徐々に突如現れた9人の危険度が上がっていく。だが倒せないほどでは無いとの見立てだった。
「おや?どこに向かっている?」
自分は逃げていると思っていた1匹の魔族、だが実際は何故かまっすぐ青龍の口に向かっていた。その出来事に魔族はわけも分からないまま、青龍に飲み込まれてしまった。
残る魔族はあと1匹になった。
「ああ、わかってます。僕たちがやんなきゃですよね。はぁ。嫌だ。」
ため息をついているのはタイチだった。心底嫌そうにあろうことかその場に寝っ転がる。どう考えてもやる気があるように見えない。しかし、それが狙いであった。
「スキル発動、怠惰」
タイチの世界では魔族や人は魔法を使うのではなく、スキルを発動して戦っていた。タイチのスキルは大罪系と呼ばれており、強力だがデメリットのあるものになっている。
最も人1人にスキルは3個で多い方なのにタイチは7つのスキルを持っているのだが。
タイチのスキルで影響を受けたのはクルルだった。身体中に今まで以上の力が漲るのが分かる。
「オマエ、クルルになにした?」
「力があるだけ。俺は動けないから代わりに倒してくれ。」
クルルは命令されるのが嫌で舌打ちをする。だが自分に不利益なことは起こっていない。それに魔族の動きがどこかぎこちなくなっている。
クルルは自身の翼をはためかせ魔族に急接近、そのまま手を組むと魔族の頭に思い切り振り下ろす。
クルルのいた世界では多種多様な人類との交流があった。その中でも彼女はドラゴンの王と人間の中で最強と謳われた女性との間に生まれた子供だった。
本気ではないにしてもその攻撃は凄まじく、魔族の頭蓋骨が割れ、そのまま地面に激突する。巨大なクレーターができ、砂煙が上がる。
だが攻撃が終わらない。クルルは大きく息を吸い込む。胸が膨らみ、赤くなると、強力なブレスが放たれる。魔族は塵一つ残らず、地面には巨大な穴がぽっかりと空いたのだった。
「案外、呆気ないものだったね。」
自分の出番がなかったライトは少し残念そうに、だが人々を守れて安心したような顔をしている。だがこの程度だったら、英雄を呼ぶ必要などなかっただろう。
この魔族たちは3匹で動く。理由は単純、1匹では弱いままだったからだ。この魔族は死んでからその真価を発揮する。肉体の無くなった3つの魂が融合し、やがて新たな肉体が生み出される。
骨格や翼は変わらない。ただ、明らかに筋肉の量が増え、大きく力強い姿に生まれ変わったのだ。
「グギャァァァァァ!!!」
大きな咆哮、空気が揺れ、その場にいた兵士たちに恐怖が伝染した。
これが本当に最後なのだろう。ライトは1歩前に出ると聖剣を抜く。
ライトの世界ではとある伝承があった。
世界に危機が訪れた時、どこかに聖剣が現れる。聖剣はその時代の勇者を選び、強力な力を与えるだろう。
ライトはその聖剣に選ばれ、世界を救った勇者だった。聖剣は掲げられると、神々しく光り輝いた。
全てを切り裂く聖剣の切れ味がその光に集約され、放たれる。しかもその効果はライトが選んだものにしか害を及ぼさない。
「これで最後だよ。
その光は悪神の命にさえ届きうる。魔族に防ぐ術はなく、光に包まれ消滅した。これで本当に戦いは終わったのだった。この場では...。
場所はアレクたちのいる王城に戻る。不定形の魔族は体を凝縮、体が細い線のようになり、高圧高速で噴射される。
アレクはその攻撃を受けると体が斜めに切られ、血が流れる。だがアレクの体は非常に硬い。本来なら真っ二つのところを血が流れるくらいに抑える。
だが魔族にはこれで十分だった。
「教えてやるよ人間。俺はな、そいつの血を吸うと同じ姿に変身出来るんだよ。もちろん力も同じようにな!」
魔族の姿がアレクと同じになる。アレクはなんとも思っていないが、周りにいるものたちは違かった。
「アレク様!気をつけてください!!彼は上級魔族です!!油断していると死んでしまいますよ!!」
この世界では魔族に階級がある。下から下級、中級、上級そして特級だった。
召喚魔法は今回だけではない。魔族に人類がおされる度に召喚している。下級、中級魔族は問題ないが、上級魔族となると話が変わる。上級魔族の力は英雄の命に届きうるのだ。
最も特級魔族は英雄3人でかかるのが普通なのだが...。
「へぇ、それは少し気をつけるとしよう。」
気をつけるという言葉と裏腹にアレクは笑っている。次の瞬間、アレクと魔族の拳が激突した。力は互角、アレクは何度も拳を振るうがその度同じ角度、同じ威力の拳が魔族から放たれる。
(これがこの世界の魔族...面白い!!)
だんだんヒートアップしていく両者、辺りが拳との衝撃で揺れている。同じ体、同じ実力であるはずなのに何故か魔族の方が押されている。
(おかしい!この人間!!能力は同じのはずなのに体が保てない!!!
力を隠していた?だがその隠した力も俺は模倣できるはず...!!
一体何が起きている!?)
数百回程度の激突、そこで魔族の右拳が崩れた。アレクはその隙を逃さず、腹部に思い一撃を入れる。それが決定打となり、魔族はアレクの姿を保てなくなってしまった。
魔族は危機を感じ、アレクとの距離をとる。アレクはそれを許した。
「殴った時に思った。あの一般兵程度ならあの攻撃で殺してたんだ。だけどお前は死ななかった。
能力をコピーできるけど体の硬さはある程度お前の元の姿の肉体が影響しているんだろう?
コピーの限界は良くて八割程度、お前、俺の力をその八割の体で再現できると思っていたのか?」
魔族にとって初めての出来事だった。まさか自分の力が足りなかったせいで体を維持できなかったとは。
コピーしても攻撃を受けることはある。そこでコピーが解けてしまうことはあるが...。
魔族はアレクという存在に恐怖する。そして勝てないことを悟ってしまった。そんな魔族がとった行動は......。
「動くな!!!貴様が動けばここにいる王女たちの命はないぞ!」
人質だった。体を細く伸ばし、エミリーや兵士たちの首に纏わりつく。エミリーたちは動けない。いくら細いとはいえ上級魔族の体を破壊できると思っていないからだ。だがそれは明らかに悪手だった。
アレクの世界の魔族は実力もさることながらプライドも高かった。1体1を望み、乱戦になっても人質をとったり、奇襲したり、逃げたりしなかった。
それほど1人1人がとても強かった。
アレクは落胆してため息を着く。人質をとったのだ。相手にはもう楽しめそうな点がない。だがその姿に魔族は怒りが湧く。こんなに舐められたことは初めてだ。それも下等な人間に。
「萎えた。もういい。闘力解放。」
アレクの世界では人々は闘力と呼ばれる力を使うことが出来た。魔法とは別で自身の肉体に影響を及ぼす。肉体をより強固に、より柔軟に、体重を変えたり、攻撃力を上げたりと自身の体に関してなら様々なことが出来る。
戦いが好きなアレクはこの闘力を使って自身の肉体に制限をかけていた。
それもそのはず、何せ闘力を極め、肉体の年齢を最高潮で止めてから90年が経とうとしているのだから。
「手加減はやめだ。お前はもう必要ない。潔く死ね。」
明らかにやばい。魔族は力を込めて人質を全員殺そうとした。体の一部なので動かすことは自由自在、そのため感覚が無くなったこともすぐさま察知する。
「探してるのはこれか?」
アレクの両手に液体のような何かがある。紛れもなく魔族の体だった。自分が力を込めようとした一瞬の隙でアレクは人質を全て解放したのだった。
(こいつはやばい!!速く魔王様に連絡しなければ!!!)
魔族のプライドが邪魔をしていたが、やっと魔族はアレクへの恐怖が上回った。だがもう遅いのだが...。
アレクに背を向け、逃げ出そうとした。しかし、いつの間にかアレクが目の前にいる。回り込まれてしまった。そして両手に持っていた体の一部が別のものに変わっていた。
「これに命を感じる。体は簡単に変えられるけど心臓部分は変えられないらしいな。」
「やめ━━━。」
魔族の透明な心臓、アレクはそれを握り潰すと、魔族の体が溶け、その場に透明な液体だけが残った。
「上級魔族...あまり面白いものでもなかったな。まああっちに行ってもそれは変わらないか。」
ライトたちが戦っている方を見る。最ももう戦いは終わっていそうだったが。アレクはひとつため息を着くと元いた席に座るのだった。
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