退屈だった英雄、別世界で
カマキリキリ
第1章 英雄たち
第1話 英雄、別世界へ
空が割れ、大地が抉れ、燃え上がる戦場。そこにいるのは2人。1人は四肢がもげ、大量の血が流れている。角や翼が生え、人間とは思えない。それもそのはず、彼は今まで人間を殺してきた魔族の王である魔王だった。
対するは人間、右手には剣を持ち魔王の首に当てている。赤い髪は血を連想させる。服は所々破けており、そこから鍛え抜かれた筋肉が伺える。血も流れてはいるが致命傷ではなかった。
突如として現れた魔族という人類の敵はこの100年間、蹂躙を繰り返していた。だがそれも今日で終わる。人類の最高戦力にして英雄と呼ばれるアレク・カーマンの手によって。
「化け物め」
魔王は最後のセリフとしてアレクに吐き捨てる。四肢がもげても生き残っている魔王に化け物と呼ばれるのは心外だ。そしてアレクが右手に持つ剣で魔王の首をはねると人類に平和がもたらされたのだった。
———————1ヶ月後。
アレクは、魔王を倒した英雄として最初は祭り立てられた。しかし人々の目は不安にかられていた。
アレクは最強の国家戦力だった。複数人でないと戦いにすらならない魔族を一人で何千、何万と殺してきた。
それもあって褒美として与えられた家は人里離れた場所に立てられ定期的に食料が送られる。まるでこちらに来て欲しくないかのように。
だがそれが悲しいとは思わない。人と関わるのが嫌いとかそういう訳では無い。アレクは戦いが好きだった。強敵と戦うのが好きだった。そんな強敵と呼べる相手もいつしか居なくなってしまった。あの魔王ですらアレクの敵になり得なかったのだ。
酷く退屈だった時、王国は動き出した。理由はなんでも良かった。魔王の最後の力で催眠をかけられたとか、実は魔族だったとか、殺人鬼だったとか、そんな噂が広まり、アレクを抹殺するために総勢1万の軍隊が編成された。
「そうか...もう俺と戦える奴はいないのか。」
辺り一面が血の海になり、1万という死体の山の上に無傷のアレクがつぶやく。
人類は弱い。強かった魔族ももう滅ぼした。アレクにとってこの世界は退屈でまさに地獄だった。
なまじ体が強いから毒も効かない。アレクに傷をつけることができる人間もいない。
そんなアレクが選んだのは自害だった。もう世界に未練はない。右手で自身の心臓を貫いた。そこでアレクの意識は無くなった。この世界では...。
「目を覚ましてください」
暗闇の中に一筋の光が現れる。その光から声が聞こえた。何となくそちらの方に向かっていくと景色が開ける。というより目を開けたという感じだろうか。
目の前にはショートカットにウェーブのかかった白髪の少女がいた。少女の服装は貴族のような装い、それも明らかに地位が高そうだ。
足元には不思議な紋様が書かれており、周りに聖職者のような装いの人物達が何人かいる。
そしてアレクの他にも周りを見渡すものたちが9人いた。
「お待ちしておりました。私はこの国、デルタジアの王女、エミリー・デルタジアです。
この世界にあなたたちを呼んだのは私です。どうか私の国を、世界を救ってください。」
エミリーは深々とお辞儀をする。彼女の話を信じるのならここはアレクのいた世界ではない。そしてこの世界は危機に瀕している。そしてエミリーは自分を含め10人の英雄と呼ばれるものたちをこの世界に呼んだのだ。
たしかにアレクが呼ばれたであろう残り9人を見るとどの人も悪くは無い。
「なるほど......まずは事情を教えてくれませんか?」
整った顔、綺麗な金髪が目を奪う。中性的な顔立ちをしており、腰に剣を携えた青年が落ち着いた様子でエミリーに話す。困惑しているなりにも情報を得ようとしているらしい。
「わかりました。まずはこちらに来てください。」
そう言われて英雄たちはエミリーについて行く。そこには玉座に座るおそらく国王、その前に長い机と椅子があり各自が自然と座っていく。周りには兵士たちが緊張した様子で立っている。エミリーも座ると話が始まる。
この世界には人類と対立する魔族と呼ばれる種族があるらしい。集団で行動することがないが、その力は強大で何人かで戦わないと勝てなかった。
だが人類を滅亡に追いやるほどの力はなかったらしい。
人類は魔法と呼ばれる特殊な力で何とか魔族を駆除していた。だが1年前、集団行動などしていなかった魔族が魔王と呼ばれる個体が生まれたと同時に集団で人間を襲うようになった。
魔王は統率力に長けている上、実力も高い。魔族は着々と人類を追い詰めていったらしい。そんな中、この国の王女であるエミリーは召喚魔法と呼ばれる別世界から人間や道具、生き物を呼ぶ魔法を発動したらしい。
そこで呼ばれたのがこの10人だったと言う。エミリーはその10人に魔王を倒して欲しいらしい。
「それではまずはそれぞれの意志と名前、得意なことを聞かせてください。」
エミリーは英雄達に問いかける。たしかにもしこれから一緒に戦っていくとなったら自己紹介は必要だろう。最初に立ち上がったのは顔の整った剣を携える青年だった。
「僕はライト・パタルギア。この聖剣に誓って魔王を滅ぼそう!」
剣を掲げ、高らかに宣言する。聖剣といいまるで絵本の中の勇者のような存在だった。
「次は私ですね。私はテレサ・コール。回復と浄化が得意です。元の世界?では聖女と呼ばれていました。魔王が人に仇なすのなら倒しましょう。」
金髪の長い髪、杖を持ち、極力肌を露出させない服を着ている。聖女と言うくらいだ、おそらく聖職者なのだろう。
「面白い!実に面白いぞ!!魔王も魔法も別世界の英雄も!!
私の知的好奇心を満たしてくれたまえ!!」
今度は白衣をきた男性が興奮しながら立ち上がる。この中では最年長なのか年齢が高く見える。髪の量も少なく側頭部にしか髪がない。
「これは行けない。私はアルベルト・ストラトス。科学者だ。戦いは好きではないが魔王を解剖はしてみたい。」
自己紹介が終わると座って何やら独り言をブツブツと言っている。自分の考えが盛れ出しているようだ。その集中力は凄まじい。
「…クルル。よろしく。魔王を倒すのはよく分からない。でもクルルの敵なら容赦しない。」
人間の形、言葉を話すがその翼と所々に生えた赤い鱗からただの人間ではないことが分かる。まるでドラゴンと人間のハーフのような存在だ。
「次は俺かな。タイチです。苗字はスズキって言います。よろしくお願いします。魔王に関しては自信ないですけど精一杯頑張ります。」
見た目は普通の男の子、黒い髪で特徴的な部分はあまりない。ただどこか不思議な力を感じる。
「順番的にあたしかしら?あたしはアシュリー・インテント。賢者よ!
魔王なんてあたしがいれば何とかなるわ!!」
黒髪にツインテール、幼い見た目の女の子は自信満々に答えてみせた。ブカブカの帽子にスカートに何冊もの本が取り付けられている。おそらく魔法を使うのだろう。
「僕はハルアキ・カガシモ。元の世界では陰陽師をしていました。まあ魔法?みたいなものだと思います。魔王に効くかは分かりませんが。」
白い服、長い帽子、長い黒髪だが男だ。とても礼儀正しい印象を受ける。彼はどこか掴めない強さを持っている気がする。
「…ジャック・ザルリルト。依頼なら魔王を殺すのもやぶさかではない。」
白髪の少年、前髪が長く目が隠れて見えない。だがその雰囲気から只者では無いことはわかる。おそらく何人もの人間を殺している。そんな雰囲気が漂っている。
「おや?お主は最後か?なら妾から自己紹介しよう。妾はモネ・ツクモ。魔王とやらにははっきり言って興味が無い。まあ妾の邪魔をするなら別じゃがな。」
妖艶な美女は持っている扇子で口元を隠す。その瞳は細くうっすら笑っているようにも見える。彼女はどこか掴めない様子がある。
「………どうしました?あなたが最後ですよ?」
エミリーが首を傾げてアレクに問いかける。アレクは考え事をして自己紹介が遅れていたのだ。
そもそもこの話は本当なのか。エミリーを信じてもいいのだろうか。そして...この世界の魔王は果たしてアレクが満足するくらい強いのだろうか。
「アレク・カーマン。別に特別な力はない。
......もし、もしその魔王が俺を満足させることが出来るのなら。戦ってもいい。」
これで全員の意志と名前は聞けた。エミリーは少し不安になりながらも希望が見えた気がした。
「大変です!!魔族が攻めてきました!」
慌てた様子で兵士が1人、部屋の中に入ってくる。たしかに少し遠くで爆発したような音がしている。
「それは.....ちょうどいいです。皆さんの実力を見せてください。」
エミリーの言葉を聞き、英雄たちは立ち上がり、戦場に向かうのだった。
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