第2話 疑わしき者

 20年前、放棄された魔族の拠点。そこには、予想外の収穫と言うべきか、はたまた最悪の展開と言うべきか、魔族のトップである8人、八星オクト・ステラの1人、ゲヘナ・タウ・ケーティがいた。


「あなたは?」

「わ、私は……リリウム・カンデラ」


 放つひと言ひと言が怖い。下手な事を言えば、僅かに残っているかもしれない助かる可能性が0になる。


「リリウム・カンデラ……」


 ゲヘナは何か思うところがあるのか、目をつぶって私の名前を繰り返す。


「そう、あなたがあの人の……」


 そして、少ししてからひと言、納得したように呟いた。


「それで、あなたは何をしにここへ?」

「……」


 さて、なんと答えようか。

 館の中を見せてもらうように頼む?いや、迷ったと嘘をついて帰らせてもらう?


 私が悩んでいると、ゲヘナが予想外の提案をしてきた。


「あなたが良ければだけど、上がってく?」

「へ?」


 まさかまさかの向こうから館の中に招き入れて来ようとするとは、一体誰が予想できただろうか。


 こちらとしては願ってもいない提案だが、罠の可能性もある。とはいえ、虎穴に入らずんば虎子を得ずというやつだ、覚悟を決めて行くしかない。


「そ、その……は、入ってもよろしいでしょうか……」

「ええ、どうぞ」


 おそるおそる中に入ると、そこには豪華な装飾の施された、荘厳な内装が広がっていた。

 まさにお偉いさんのお屋敷という感じで、古ぼけた外観とは裏腹に、中は新築と思えるほどに綺麗だった。

 私はゲヘナに連れられ、奥の部屋に案内された。


「そこに座って」

「は、はい!」


 とりあえず指示に従い、高そうなソファーに腰掛ける。


「紅茶入れてくるから待ってて」

「い、いえ!そんな!お構いなく!」


 部屋から出ようとするゲヘナを必死に引き止める。

 こんな所で1人になんてなりたくないし、紅茶だって何を入れられるかわかったもんじゃない。


「そう?でも、疲れてない?ここから人間が住んでいる所って遠いでしょ?それに、紅茶の腕には自信が……」

「いや、ほんと元気なんで!大丈夫です!」

「そう……」


 私がゲヘナの言葉を遮るように言うと、彼女は少し残念そうに俯いた。本当に毒殺する気だったのか?


 怯える私に追い打ちをかけるように、ゲヘナは私の対面に座った。

 俯きながら、たまにチラッとこちらを見てくるだけで、何も語らない。気まずい雰囲気が流れる。


 何か言いたそうで、何も言わないゲヘナ。私は変に刺激しても危険だからと、こちらから話をするつもりは無かったが、我慢できずに口を開いてしまう。


「「あ、あの!」」


 私とゲヘナの声が被る。


「あ、え、えと、そちらから、どうぞ」

「あ、い、いえいえ、全然大丈夫なんで、そちらからで……」


 2人で慌てふためき、譲り合いの攻防の末、何とか発言権を譲ることに成功する。


「え、えと……」


 モジモジしながら、彼女は言葉を紡いだ。


「あなたが持っている、その剣、それは何?」


 予想外の質問だった。てっきりここで何をしていたのか聞かれるのかと思っていた。


「これは、師匠から渡されました。母の……形見だそうです」

「やっぱり」

「え?」


 何がやっぱりなのか、私にはさっぱりわからなかった。


「あなた、サルビアの子でしょ?」


 サルビア。『秋桜』の創設者であり、私の母の名前だ。

 ある日、突然姿を消したと思ったら、傷だらけの遺体となって帰ってきた。

 そんな母のことを何故、ゲヘナが知っているのか。そんなの決まってる。


「お前が……お母さんを……」

「ま、待って!違うの!」

「何が違う!」


 何故、気が付かなかったのだろう。母の遺体には紅い花が添えられていた。この館の庭に咲いていた花だ。


 敵わない相手だと思い、あれほど戦いを避けようとしていたのに、気がつけば私はゲヘナに斬りかかろうとしていた。


「待って!話を聞いて!」


 湧き上がる怒りをどうにか抑える。剣を鞘に戻し、ソファーに腰を下ろす。

 怒りに身を任せたところで勝ち目はない。頭でわかっていても、自分を抑えるので必死だった。

 ゲヘナは、そんな私を見て視線を落とすと、歯切れ悪く話し始めた。


「その、信じてもらえないかもしれないけど……サルビアを、殺したのは……私じゃない……」


 本当に信じられない話だ。

 殺したと思える情報は揃っていても、殺していないと思える情報が1つも無い。


「なら、誰が殺したっていうの?」

「それは……わからない……」


 か細い声で言うゲヘナの様に、私は更に苛立った。


「何がしたいの……?」


 彼女の実力なら、いつだって私を殺せるはずだ。それなのに、こんなところに招き入れ、意味のない問答をしている。

 都合が悪いなら私を殺せばいい。なのに何故、弁解しようとするのか。私が取り乱す様を見て嘲笑っているのか?全くもって理解できない。


「私は、あなたの……力になりたい……サルビアに、頼まれたの」

「だから……信じられないって……」

「それなら……どうしたら、信じてくれる?」


 どうしたら?そう言われてもいい案が思い浮かばない。


「あ……そういえば……」


 私が悩んでいると、ゲヘナがなにか思い出したかのように呟いた。

 すると、彼女は私に1本の金色の鍵を渡した。


「これは?」

「サルビアが、信用して貰えなかったら渡してって……」


 受け取った鍵をまじまじと見つめるが、心当たりは無い。


「何の鍵なのかは聞いてないの?」

「聞いてないです……ごめんなさい……」


 呆れてため息が出た。

 信じてくれと言うわりには、肝心なところがわからない。むしろどうして、それで信用してもらえると思ったのだろうか。


「……もう、帰ってもいいですか?」

「え?え、えと、その……」

「帰らせてもらいます」


 慌てふためく彼女に苛立ち、私は帰るとキッパリ言い切った。


「で、でも……もうちょっと、ゆっくりしていかない?日も傾き始めてきたし……」

「結構です!」


 私は半ば強引に部屋を出て、玄関の扉を開ける。


「で、でも……夜の魔物は危険だし……泊まっていった方が……」

「そうやって私も殺す気?」

「ちが……」

「魔族なんかと一緒に過ごせるか!あんたらみたいな、人を殺すことをなんとも思わないやつなんかと!」


 感情のままに吐き捨てて、私は全力で走り去った。

 気に入らなかった。私なんて簡単に殺せるはずなのに、手を出してこなかったことが。

 いつでも殺せると、見下されているようで。


 でも、1番ムカつくのは、そんな相手に立ち向かえなかった自分の弱さだ。

 母の仇かもしれないのに、コケにされてるのに、剣を向けられなかった。


「くそっ……」


 そんな気持ちを忘れるかのように、闇雲に走り続けた。

 深い森の薄暗さが、自分を嘲笑っているようだった。
































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2024年12月22日 16:00

STELLA FLOS ユリアス @Yurias0228

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