STELLA FLOS

ユリアス

第1話 邂逅

 今から500年前。人間達は突如、魔界から侵攻してきた魔族に支配された。

 世界は四つに分断され、八帝遥か昔、私が生まれるよりもずっとずっと昔の話。人間達は魔界から侵攻してきた魔族に支配された。

 世界は四つに分断され、八星オクト・ステラと呼ばれる八人の大魔族によって統治されている。


 私の知っている限りではあるが、魔族による統治はとてもいいものとは言えない。当然、人々の反感は大きく、各地でレジスタンスが発足している。

 しかし、魔族と人間の力の差は大きく、新たに発足してもすぐに制圧されてしまい、一向に勢力は大きくならない。


 そんな中、私にレジスタンス『秋桜あきざくら』のリーダー、アリスさんから任務があると呼び出された。そう、かくいう私もレジスタンス組織の一員。任務の内容は直接話すとのことで、いつもアリスさんがいる酒場へ向かう。

 酒場といえども営業はしていない。というのも、レジスタンスが拠点としているのは私が生まれる前に滅んだ廃村。

 街や村は基本的に魔族に支配されている。レジスタンスの存在を隠すために廃村を選んだのだろう——たぶん。


 そんなこんなで酒場に着く。廃村らしいボロ屋ではあるが、仮にもリーダーがいる家屋。瓦礫を利用し、廃村の雰囲気を損なわないようにしつつ、壁や屋根の穴は修繕され、拠点内で宿舎の次に綺麗な建物だ。

 軋む扉を開き、中に入る。


「待っていたよ、リリウム」


 カウンターでグラスを拭いている大男——ではなく、テーブル席にいる女性。燃えるように紅く、毛先の方は黄色い派手な色の髪を後ろに纏めてしばっていて、大人の女性というような落ち着いた雰囲気を放っている。彼女が『秋桜』のリーダー、アリスタータ・ガイラルディアだ。


「いつも思うんだけど、リーダーなのに護衛がいないのは危ないんじゃないですか?」


「そこにでかいのがいるでしょ」


 そう言ってカウンターにいる岩のような大男を指差す。

 彼の名はベア・グラス。物静かで口数が少なく、緑色の髪で顔も隠れてしまっている為、表情もわからない、謎の多い人。そのミステリアスさと類を見ない巨体から、怖がられがちだが、実際は気配りができて面倒見のいい人。実際私も最初は怖かった。


「それに、私もここで指揮を執ることが多くはなったけど、まだまだ腕は鈍っちゃいないよ」

「そんなこと言って、油断してると私以外にも抜かれちゃうよ」

「むしろ、お前以外にも抜かして欲しいものだな」


 そういうと、アリスさんはテーブルに地図を広げ、ある一点を指差した。


「本題だ。南西の森にある館を捜索してきてもらいたい」


 南西の森の館。あそこはたしか——


「昔、八星オクト・ステラのゲヘナ・タウ・ケーティが拠点としていた場所だ」

「思ったよりもヤバそうな依頼ね」


 直接話すというから何かあるとは思っていたが、想像以上の危険度だ。

 20年前まで敵の本拠地だった場所。20年なんて魔族たちにとってほんの少しの短い時間。未だに何かに利用していてもおかしくない。


「最近、スタルトスのとこに魔族が来たらしい」


 スタルトス・ブレイク。20年前に姿を消した八星オクト・ステラのゲヘナ・タウ・ケーティに変わり、この地を支配している妖魔だ。

 妖魔は人型の偉業の事であり、人と魔族と同じく知性を持つ、魔族のしもべのような種族だ。


「その魔族が、手柄を上げれば自分ではなく、スタルトスを新たな八星にすると言ったらしくてな」

「なるほど、それで張り切っちゃってるわけね」


 最近、スタルトスのレジスタンス制圧への動きが活発化していた。あまりにも突然の事だったので疑問に思っていたが、どうやらそういうことらしい。


「このまま息を潜めていても、制圧されるのは時間の問題だ。そこで、何かできないかと思って、今回の件が私の元に上がって来た」

「何かね……随分と抽象的な言い方だけど、その様子だと何かあてがあるってわけでもないんでしょ?」

「ああ。それでいながら危険度は高い」

「なるほどね……それで私に頼んだわけだ」


 リーダーのアリスさんを除けば、秋桜の最高戦力は私。この任務が来る理由も頷ける。


「わかった。受けるわ、この任務」



 鳥の囀りも、虫の囁きも聞こえない薄暗い森の中を進む。

 任務を受けてから一週間が経った。成果は未だ無し。例の拠点と思わしき建造物も見つからない。


「嫌だけどもっと奥に進むしかないか……」


 ここの魔物はそこそこ手ごわいし、妖魔や魔族もいるかもしれないと思うと精神がすり減る。加えて木々が茂った森の中。視界は悪く、同じような景色が広がっている為、道に迷いそうになる。


「本当に八星の拠点なんてあったの~?」


 むしろこのまま何も見つからず、この任務から解放されないかと思い始めたリリウムの前に、見慣れない景色が広がった。


「ここは……」


 一面に赤い花が広がる花畑。その先に見える館。館の壁にはツタが絡み、窓ガラスは所々割れていて、壁は汚れ古ぼけた雰囲気を放っている。

 間違いない、ここが探していた八星の前の拠点。


 苦労の末に見つけた達成感と、敵地かもしれないという緊張感で心臓が飛び出しそうになる。


 深呼吸をし、ゆっくりと館に向かって歩を進め、扉の前に立つ。大した距離ではないはずなのに、妙に時間が掛かった気がする。

 もう一度深呼吸をし、震える手で扉を開こうと手を伸ばすと、触れていないのに扉が開いた。


 予想外のことに、一歩後ずさる。

 開いた扉の隙間から姿を現したのは一人の女性。


「綺麗……」


 思わず口からこぼれてしまった。

 絹のように輝く白銀の長い髪。宝石のような紅い瞳。透き通るような白い肌。お人形のような、整った容姿に私は思わず見とれてしまった。


 次の瞬間、全身の血が抜けるような感覚と、全身が凍ってしまったかのような寒気に襲われ、汗が噴き出した。


 忘れていた、ここがどこなのか。

 すぐに彼女から離れ、腰に携えた剣に手を伸ばす。

 頭の形に添うように、前に曲がりながら伸びる黒い角。間違いない、魔族だ。



「お前は!何者だ!」


 今まであった魔族からは感じたことのない異様な雰囲気。ただの魔族じゃない、そう思わせる何かが彼女にはあった。


「私?私は……」


 間違いない、彼女は——


「ゲヘナ・タウ・ケーティ」





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